エジプトの経済改革 -金融政策と為替レート政策を中心に-

調査研究報告書

山田 俊一 著

2008年10月発行

序 章 
エジプトの経済改革を主に金融政策と為替レート政策の視点から分析する。そこでは、特にIMFとの関係を再検討したが、エジプト政府の政治目標とIMFの機能にはミスマッチがあったことを重視した。途上国政府が、IMFの勧告する政策を実行する意思(willingness)と能力(ability)を持つのか、政治経済的な障害は何であったかなども議論している。

第1章 
はじめに
第1節 エジプトとIMFとの関係
第2節 門戸開放政策と経済改革
おわりに


エジプトの経済改革とIMFとの関係を政治、経済の視点から分析する。エジプトとIMFとの関係を1960年代のナーセルの頃まで遡り、歴史的に概観し、両者間の目的や機能の違いを明らかにする。1970年代からのエジプト経済改革は門戸開放政策と同じ方向性を持つと考えられたが、実際にはそれは不十分であった。IMFが勧告したマクロ経済政策は忠実には実行されなかった。累積債務問題がエジプトの制御可能なレベルを超えたからであった。

第2章 
はじめに
第1節 エジプトと米国
第2節 経済改革と債務削減
おわりに


エジプトは、1970年代に門戸開放政策を取った。野心的な開発政策と積極的な対外借り入れ政策を実行した結果、1980年代末には制御不能な不意席債務問題を起こした。マクロ経済調整を実行したが、国際収支危機は解決できず、リスケジュールを繰り返すばかりであった。特に、高金利時代に締結した対米軍事債務は大きな負担となった。

エジプトの債務削減は、1990年に起きた湾岸危機と1989年のプレイディ提案により展望が開け、エジプトは経済改革のための本格的な経済改革の協定を1991年にIMFと締結した。

第3章 
はじめに
第1節 イスラーム投資会社の起源
第2節 シャリカートと金融抑圧
第3節 シャリカートの破綻
おわりに


1970年代から80年代にかけてエジプトで起きたイスラミック投資会社の問題を分析する。これらはイスラームの金融方式を標榜する非合法の金融仲介機関であり、公式の金融市場の発展を脅かした。その実態を明らかにしながら、金融抑圧の問題や為替レートの調整の問題と関連して分析する。そして、その破綻がエジプト経済に与えた影響を再検討する。

第4章 
はじめに
第1節 経済改革・構造調整プログラム(ERSAP)の内容
第2節 改革の成果
まとめ


1991年から1997年ごろまでのIMFの勧告による包括的な経済改革である経済改革・構造調整プログラム(ERSAP)におけるマクロ経済政策が成功した過程とその要因を、金融政策、為替レート政策、そして財政調整を中心に分析する。特に、名目為替レートをアンカーとしたこと、不胎化性策の内容、ドル化が逆転したこと、などを中心に分析する。

第5章 
はじめに
第1節 財政の役割と貨幣的混乱
第2節 為替レートと金融政策
おわりに


1990年代後半から起きた新たな外貨危機の原因とそれに対する調整、そして、その後の課題について分析する。特に、為替レートと金利との関係、フロート制までの経緯、最後にフロート化の残された問題に関して分析する。フロート化後のエジプト経済不況に関しては、民間部門の不良債権問題から要約するとともに、エジプトの銀行部門の問題を整理する。

終 章 (892KB)
参考文献