発展途上国のマクロ経済分析序説

調査研究報告書

梅﨑 創  編

2006年3月発行

目次 (11KB)
総論
マクロ経済学の研究対象は、経済成長、景気変動、インフレーショ
ン、失業、国際収支といった一国経済全体を特徴づける経済現象である。しかし、途上国を対象としたマクロ経済分析は、ルーカス批判以降に動学的一般均衡モデルとして再構築されてきたマクロ経済学の理論面での発展を十分に取り込んできているとは言い難い。本総論は以上のような問題意識と各章の概要を要約したものである。

第1章
はじめに
第1節 成長・所得回帰分析
第2節 エピソード分析
第3節 シミュレーション分析の可能性
おわりに


途上国の経済成長・経済発展において経済政策はどのような役割を果たしうるのであろうか。本論文では、この問題についてこれまでになされた実証研究を概観し、これからの研究の展望を示す。まず1990年代以降の成長・所得回帰分析およびエピソード分析を概観し、経済政策と経済成長・経済発展との関係について何が明らかにされたかを整理する。その上で既存の実証分析手法の限界を指摘し、それらを補完する分析手法としてシミュレーションが潜在的に有用であることを主張する。そしてどのようなモデルを構築すべきかというシミュレーション分析において最も重要となる問題について考察する。特に標準的な成長モデル(新古典派成長モデルといくつかの内生的成長モデル)の政策効果に関する含意を実証結果と比較し、シミュレーション分析に標準的モデルを適用する際にどのように修正される必要があるのかを検討する。

第2章
はじめに
第1節 マレーシアにおける経済成長と所得分配
第2節 先行研究
おわりに


経済成長と所得分配の平等化(あるいは過度の不平等化の回避)は先進国も含む多くの国で重大な関心事となっている。本稿は、高度経済成長と所得分配の平等化を両立させてきたマレーシアの開発経験を整理したものである。特に1970年~1990年にかけてはこの両立が顕著であり、伝統的なクズネッツの逆U字仮説はマレーシアには当てはまらない。政府は両者に影響を及ぼす様々な政策ツールを持っており、それらは先験的に排他的なものではないため、その組み合わせによって、経済成長と所得分配の平等化を同時に追求することも可能である。マレーシアでは、ブミプトラ政策と通称される広義の再分配政策が所得分配の改善に寄与する一方で、積極的な外資導入政策が経済成長を支えてきたと考えられる。

第3章
はじめに
第1節 経験法則にもとづく考え方
第2節 供給サイドに着目したモデル: 二重経済モデル
第3節 二重経済モデルの拡張: 需要サイドの重要性
第4節 開放経済における産業構造変化
おわりに


本稿では、近年の動学一般均衡論をベースとしたマクロ経済分析の潮流に沿い、開発途上国における特徴的なイシューである産業構造変化に関する分析をレビューした。そこでは産業構造変化を理解するための必要な視座として、経験法則から一般均衡分析にいたる先行研究を、二重経済モデルを中心としたひとつの系譜の中で明示することを試みている。特に、段階的嗜好や非相似拡大的選好等、需要サイドの構造変化に着目した分析のレビューとインプリケーションを考察し、そうした視点の重要性を強調している。またこのような一連の分析により、開発途上国の特徴的なイシューにとどまらず、マクロ経済分析において有用なアイディアを提供できる可能性を指摘している。

第4章
ASEAN4か国の生産構造 (313KB) / 樹神昌弘
はじめに
第1節 アジアの途上国の「途上国的」経済構造
第2節 ASEAN4の生産構造
おわりに


本稿では、ASEAN のいくつかの国々の経済構造を分析する。マクロ経済モデルを構築する際には、対象とする国の経済構造を的確に表現することがまず必要となるような状況にしばしば直面する。本稿では、このような観点から、特に、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンについて、国民所得統計、I/O 表、労働統計を用いることにより分析を行った。その結果、以下のような点が明らかになった。(1) 付加価値の大きさにおいて、先進国と比較すると一次産品部門が大きな経済になっている。(2) 輸入中間財が輸入の大きな部分を占めており、また生産活動においても大きな影響力を持っている。(3) 資本財は、国産および輸入非一次産品であり、その投入先は国内非一次産品部門である。(4) 労働人口は依然として一次産品部門に集中している。

第5章
はじめに
第1節 為替投機の理論
第2節 伝染の理論
第3節 群衆行動の理論
結語: 通貨危機の理論と、ルーカス批判、途上国市場の不完全性、代表的個人の仮定


本稿では、マクロ経済学の潮流の変遷と対応づけて通貨危機の理論を紹介する。通貨危機の理論を大きく3つに分類し、(1)為替投機の理論、(2)伝染の理論、(3)群衆行動の理論、の順番で解説している。

以下に、本稿における主な主張を列挙する。(1) 通貨危機の理論は、最も初期の理論から合理的期待形成仮説を踏まえたモデル構造となっている。(2) とくに、自己実現的な複数均衡を導くモデルにおいては、人々の抱く将来予想が、極めて重要な役割を果たしている。(3) また、伝染の理論や群衆行動の理論の一部では、「代表的個人の仮定」から離れて、個々の市場参加者同士の間における戦略的関係を分析するようになった。(4) 一部のモデルでは、金融市場におけるなんらかの不完全性に焦点を当てた考察が行われている。