レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.221 気候変動対策の目標と実際──インドネシアの土地利用と再生可能エネルギー

道田 悦代

2025年3月10日発行

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  • 森林破壊や森林火災の減少がみられるが、エネルギー部門の温室効果ガス排出量が増加。
  • バイオディーゼルの導入が進んでいるが、バイオエタノール導入は停滞。
  • 気候変動政策より産業政策が優先される場合、温室効果ガス排出量が増加する可能性大。

インドネシアは日本の国土の2~3倍にあたる9600万ヘクタールの森林面積を有し、生物多様性の宝庫でもある熱帯の原生林を残している。さらに、カリマンタン島やスマトラ島を中心に2000万ヘクタールの泥炭地が賦存している。泥炭地は炭素を貯蔵し、エコシステムを担う役割を果たしている。そのためこれらの土地利用が気候変動政策に影響を与えている。また、石炭火力発電に代わり、バイオマスを含む再生可能エネルギー開発を進めている。インドネシアは気候変動政策において国際的にも重要な役割を果たすと考えられてきた。一方、各国の気候変動政策は必ずしも目標どおりに進んでいないことも明らかになっている。インドネシアの土地利用と森林、再生可能エネルギー分野の気候変動対策の目標と実際について概観する。

森林破壊と土地利用変化

2010年代半ばまでインドネシアの温室効果ガス排出量の半分程度は森林面積の減少と土地利用変化(森林の農地への転換など)によるものであった。1990年には国土の64%あった森林面積(生産林を含む)は2021年には48%に低下している。しかし森林破壊面積は減少しており、また森林破壊の原因の一つとなってきた森林・泥炭地火災の件数も、大規模なヘイズ(煙害)被害を出した2015年をピークに減少傾向にある。

森林破壊を食い止める国際的な取り組みにREDD+がある。対象地域の天然林と泥炭地のコンセッション(利用権)を一定期間停止することで森林保全により二酸化炭素排出が抑制されれば、相当のカーボンクレジットに対し、支援主体がインドネシア政府に対し支払いを行う仕組みである。すでに実施済みのREDD+は成功しているともいえるが、課題もある。温室効果ガスの削減量は用いる計算方法によっては変化すること、また対象が限界的な土地の温室効果ガス削減効果は少ない可能性があるなど、実際の削減につながっているかは継続的に検討していく必要がある。ただし、森林保全が国際資金を獲得する手段となることは施策の後押しになっている。2015年に採択されたパリ協定を受け、2022年インドネシア政府は、2030年までに森林を温室効果ガスの吸収源とし、ネットシンク(温室効果ガスの吸収量が排出量を上回る状態)を目指すことを宣言した。現地では様々な森林保全プロジェクトが検討されており、ビジネスチャンスと捉えられている。

森林破壊にブレーキがかかってきたとはいえ、温室効果ガス排出量全体の削減につながっているとは限らない。土地利用変化や森林破壊を原因とする温室効果ガス排出量が全体の排出量に占める割合は、1990年には6割程度であったが、2021年には3割に低下している。代わって増加しているのがエネルギー部門である。石炭を含む化石燃料への依存もその背景にある。世界銀行のデータによると、土地利用変化や森林破壊を除き、温室効果ガス排出量の全体では増加トレンドが続いている。

再生可能エネルギー

インドネシア政府にとって、エネルギー部門からの温室効果ガスの排出削減は喫緊の課題であり、再生可能エネルギー開発を積極的に推し進めてきた。インドネシアは、2015年に、2025年までの輸送、鉱業、電力部門でのバイオディーゼル比率を30%に、輸送、工業部門のバイオエタノール比率を20%にする目標を設定した。2020年にはディーゼルにパーム油由来のバイオディーゼルを30%混ぜたB30 が導入され、2022年にB40を達成する目標を設定した。バイオディーゼル政策は強力に推進されてきたといえる。インドネシアは原料となるパーム油の世界最大の生産国であることから、原料調達が容易であること、欧州のバイオ燃料向けのパーム油輸出が規制されるようになり、パーム油の代替的な需要喚起策が必要となったこと、バイオ燃料補助金が支給されていることにも起因する。一方、ガソリンに混ぜるバイオエタノールの導入についてはあまり進捗がみられない。大統領令No.40/2023では120万キロリットルのバイオエタノール生産を目指すが、原料となるさとうきびの生産拡大が進んでいない。

バイオマスのエネルギー利用では、森林破壊の原因となる土地利用変化と新規の農園開拓とのトレードオフが課題である。パーム油は食用油、さとうきびは砂糖の原料であることから、エネルギーと食料の競合の問題もある。温室効果ガス削減のための再生可能エネルギー増加の目標達成が、他の分野で悪影響をもたらさないよう注意が必要である。

電気自動車(EV

気候変動政策の一つにも数えられる電気自動車(EV)振興策は、産業政策として大統領肝いりで強力に進められた。大統領令でローカルコンテント率が設定され、電池の原料となるニッケルの輸出も規制された。また補助金やEV投資へのタックスホリデー適用など、政策を総動員してEV産業のエコシステムを国内に構築する努力が行われた。しかし誘致をめざした米国テスラ社はインドネシアのローカルコンテントや合弁規制、そしてニッケル産業にかかわる労働や環境課題の問題もあり、インドネシアではなくマレーシアを拠点に選択した。  

中国企業を含むEVメーカーはインドネシア国内への生産拠点の投資を進めるが、同時に中国からインドネシア向けに完成車の輸出も行っている。気候変動政策としてのEV振興策が産業政策として成功するかは予断を許さない。  

また2022年、インドネシアはG20の公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)で気候変動対策として200億ドルの公的・民間資金を得ることになり、石炭火力発電所の早期閉鎖を実施することになっていた。しかし、EV振興策の一部でもあるニッケル工場は、広域の電力系統に接続せず、工業団地のみに供給する発電所から電力供給を受けることができる。独立の発電所で石炭を利用する場合は、閉鎖対象に含まれないことになっている。このため、生産工程を含めたライフサイクルを考慮した場合、気候変動対策であるEV産業振興策が温室効果ガスの削減につながるのか、疑問が生じている。

フードエステート・プログラム

2020年、ジョコウィ大統領はフードエステート・プログラムという食料増産プログラムを開始した。カリマンタン、スマトラ、ジャワ等で唐辛子、米、キャッサバなどの農園拡大を目指している。米やとうもろこしの輸入依存を脱し、食料安全保障にも資することを目的にしている。しかし、森林破壊による温室効果ガス排出の問題や農産物の生育に適さない土地の利用で環境に悪影響を与え、失敗するケースが複数報告された。

このように、気候変動対策以外の政策が、土地利用変化を通じて温室効果ガス排出を増やす可能性がある。

まとめ

インドネシアの気候変動政策には、効果があがっているもの、課題に直面しているものが混在している。森林減少には歯止めがかかっても、全体としては温室効果ガスの排出が増加している現状がある。気候変動政策としてのEV振興は、産業政策として推進される。車両を利用する際には温室効果ガスを排出しないが、原材料であるニッケル生産の過程では化石燃料の使用による温室効果ガス排出が続き、削減目標の対象にされていないなど、全体でみたときに気候変動対策としての効果が不明である。産業政策が気候変動政策に優先される場合に起こりうる帰結であると考えられよう。また気候変動対策以外でも配慮が必要である。気候変動対策として国際的な支援を行う際には、効果が得られる対象を選んでいくべきであろう。

(みちだ えつよ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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