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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.183 責任ある鉱物調達をめぐる議論のトレンド
──公正な移行、環境デュー・ディリジェンス、デュー・ディリジェンス・スキームの信用性

猪口 絢子

2024年3月19日発行

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  • 公正な移行や環境デュー・ディリジェンス(DD)が、責任ある鉱物調達における重要な論点となってきた一方で、民間のDDスキームの信用性に関する議論が継続中。
  • 企業はDDスキームのみに依存せず、NGOやアカデミアなど複数の情報源を持つべき。
  • 政府は生産国との協働を通じ企業のDDや現地の人権状況の改善に向けて支援を行うべき。

責任ある鉱物調達の議論は、今や武力紛争との関係だけでなく、より広範な人権や環境の課題に焦点を当てている。本稿は2023年に注目された3つの論点を取り上げることを通じて、政府と企業に対する提言を行う。

公正な移行と鉱物調達

一つ目の論点は、気候変動対策を念頭に置いた持続可能なエネルギーへの公正な移行との関係である。国連ビジネスと人権作業部会(以下、国連WG)は、7月に報告書「採取産業、公正な移行、そして人権」(A/78/155)を発表した。

公正な移行のために必要とされるバッテリーなどの製造には、特定の鉱物が用いられる。WG報告書は銅、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルト、黒鉛、リン鉱石、亜鉛、レアアース、バルサ、砂、骨材を挙げ、これらの需要はこれまでの5倍になると見積もっている。報告書は、これら鉱物の需要がひっ迫するなか、その採掘過程で人権侵害が起きることを防止する必要があると主張する。土地収奪、強制移住、現代奴隷、差別、環境破壊、児童労働など、従来から問題視されてきた人権侵害である。

報告書は、特に次のテーマを喫緊の課題としている。まず、気候変動と公正な移行に関する明確な国際枠組みの不在、そして影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントの不足、影響を受けるステークホルダーの救済や情報へのアクセスの不足である。特に情報へのアクセスの不足は、汚職や腐敗、グリーンウォッシングなど、さらなる問題を招きうる。

11月のビジネスと人権国連フォーラムでは、この報告書を受ける形で、「エネルギーと採取産業における公正な移行」と題されたセッションが設けられた。パネリストたちからは上掲の論点以外に、ビジネスと人権に関する国連指導原則(UNGP)の掲げたDo No Harm(人権を侵害しない)の原則を超えて、資源から得られる利益をいかに現地コミュニティと共有するかという議論を深めていくべきだという意見も示された。

環境DDと鉱物調達

二つ目の論点は、環境DDとの関係である。 6月のOECD多国籍企業行動指針の改訂や、12月に暫定合意されたEU企業持続可能性DD指令と同様に、8月に施行されたEUバッテリー規則は、環境DDを企業に求めている。

バッテリー規則は、従来から問題視されてきたバッテリーの環境社会負荷や、バッテリー需要の拡大、欧州の市場競争力や戦略的資源の確保の必要性などを背景として成立した。EU域内で販売されるすべてのバッテリーに対して、カーボンフットプリントや、リサイクル済み原材料の使用割合の開示義務、廃バッテリーの回収率の目標値の導入、原材料(リチウム、コバルト、ニッケル、黒鉛)の調達における人権および環境DD義務などを、早くて2025年以降段階的に課していく。環境DDでは、大気・水・土壌の汚染、生物多様性、有害物質、騒音や振動などが対象となる。

採取産業における環境DDの必要性を強調するのはEUだけではない。OECDは、多国籍企業行動指針、責任ある企業行動のためのDDガイダンス、紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのDDガイダンス(OECD Minerals Guidance)に基づく手引きとして、9月に鉱物サプライチェーンのための環境DDハンドブックを発表した。

DDスキームの信用性

三つ目の論点は、政府や民間などマルチステークホルダーが提供するDDスキームの信用性の問題である。これらは企業のDDを支援するもので、その信用性の担保は重要である。OECDは2016年と2018年に、業界団体による主要な5つのDDスキームとOECD Mineral Guidanceとの整合性評価を行うパイロットプロジェクトを実施した。また、EUは紛争鉱物規則とバッテリー規則において、DDスキームを欧州委員会が審査し認定する仕組みを取り入れている。

4月のOECD責任ある鉱物調達フォーラムでは、国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチが、エチオピアの金鉱山における長年にわたる鉱害に伴う人権侵害に対し、関係企業が適切な措置をとってこなかったことを指摘し、フォーラム当日に報告書「Ethiopia: Companies Long Ignored Gold Mine Pollution」を発表した。報告書によれば、当該鉱山から金を調達していたスイスの精錬所は、RJC(責任あるジュエリー協議会)とLBMA(ロンドン貴金属市場協会)のDDスキームに参画していた。フォーラムでは報告書で名指しされた企業が、RJCやLBMA、国内法の基準に準拠し、当該事案発覚後は取引を停止したと反論した一方で、参加者からは業界によるDDスキームに対する懐疑的な声が上がった。

RJCとLBMAは、前年のOECDフォーラムで同種の批判を受けたITSCI(国際錫サプライチェーンイニシアティブ)とともに、先述のOECDによる整合性評価の対象であった。2018年の評価を示した報告書「Alignment Assessment of Industry Programmes with the OECD Minerals Guidance」では、これら3つを含む全てのプログラムが「部分的に整合」の評価を受けていた。

DDとは、リスクが存在しないことを担保するものではなく、リスクをマネジメントする取り組みである。そのため、DDスキームで負の影響が改善できなかった一事例の存在だけで、DDスキーム全体に問題があると見なすことは、現実的ではない。とはいえ、責任ある鉱物調達を目指す企業は、OECDやEUの認定を受けたDDスキームに参画するだけでなく、それらだけに依存せず、自らのサプライチェーンについて直接情報を得るための複数の手段を確保するべきである。例えば、地域と人権イシューに詳しいNGOやジャーナリスト、研究者などとの協働や、ステークホルダーエンゲージメントなどである。

責任ある鉱物調達における政府の役割

2017年の成立後2021年に施行されたEU紛争鉱物規則は、2023年内に改訂が予定されていたが、2024年3月現在動きは見られない。バッテリー規則を含む関連する他の規制との調和と、実施の担保が、改訂のポイントと見られる。

来る改訂に向けて、同規則の成果の検証が行われている。例えば、International Peace Information Service(IPIS)とオランダの平和団体PAXが10月に発表した報告書「The EU Conflict Minerals Regulation: High Stakes, Disappointing Results」は、同規則とその実施上の問題点を様々な角度から指摘している。

例えば、サプライチェーンのチョークポイントとして重要視されている製錬・精製業者の多くが、原産国情報の提供に協力的でない。EUへの鉱物輸入業者はEUが規則に基づいて指定する紛争地域および高リスク地域(CAHRA)から鉱物を購入している場合、原産地情報を報告に含める必要があるが、多くはEU域外の製錬・精製業者より川上の情報を報告できていない。

一方IPISとPAXは、企業のCAHRA地域離れを防ぎCAHRA地域の人権状況を改善するために、EU政府に対して、川下企業にCAHRA地域とのエンゲージメントを促すとともに、EU基準の遵守へと川上の生産者を支援することを求めている。前者は合法的な取引へのインセンティブの設定、後者は生産国政府を含むマルチステークホルダーとの協働などを通じた実施が想定されている。つまり、EU政府がより積極的に介入すべきと主張しているのだ。

この指摘は日本政府に対しても重要な示唆を持つ。日本政府は生産国との協働などを通じて、日系企業のDDの支援や、ひいては生産国の人権状況の改善に貢献し、自らの義務を果たすべきである。

(いのくち あやこ/法・制度研究グループ)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2024年 執筆者