レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.175 欧州サステナビリティデューディリジェンス指令案の動向

木下 由香子

2023年4月21日発行

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  • 欧州サステナビリティデューディリジェンス指令案(CS3D)の審議は山場を迎えている。
  • 議論の最も厳しい方向性を将来の姿と想定し、企業は今から準備が必要である。
  • 多様化するアプローチ収斂のためにも国際スタンダードがますます重要になるため、日本からの貢献にも期待。

人権および環境デューディリジェンス(DD)を義務化する欧州サステナビリティデューディリジェンス指令案(CS3D)は、2年間の激しい議論の後、2022年2月23日に発案された。同法案は執筆現在、法律策定過程上の山場を迎えている。欧州委員会の発案に対し欧州議会、理事会(加盟国)がそれぞれ修正案を議論しているからだ。今後は欧州議会のリード委員会が意見を集約し、欧州議会総会で議会としての修正案を可決する。その後、理事会が修正案をまとめ、議会、理事会および欧州委員会による三者協議(トライローグ)へと進む。法案が最終的に合意されるのは早くて2023年末となる見込みだ。

法案の議論のポイント

現在、議論の中心は欧州議会のリード委員会である法務委員会にある。ここでの議論が欧州議会修正案の基礎を構築するためだ。様々な政策に横串を指す同法案の性質上、議会内の関心は非常に高く、修正案に関与する委員会は異例の14委員会となった。うち5つの委員会には条項別に責任が付与されたが、その決定にもかなりの時間を要した。2023年3月2日に全委員会の修正案がまとまり、修正項目の合計は6900を超えた。法務委員会の修正案採択は4月24~25日、欧州議会総会での投票は5月30日に予定されている。一方、理事会は既に昨年12月に修正案の第一案をまとめ上げており、さらに欧州議会総会後、議論を再開する予定である。

ではどのような点が議論の中心となっているのか。まず、欧州議会、理事会ともに修正の方向で動いているのは、リスクベースアプローチを導入すること、そして「確立したビジネス関係(EBR)」を削除することである。リスクベースアプローチは、リスクの高いものから優先順位に従い対応することを認めるものだ。またEBRは、国際スタンダードにはない欧州独自の定義であるという理由に加え、「確立したビジネス関係」がDD義務と法的責任の適用範囲を定める基準となることから、企業が短期的な商取引先を優先するようになり、責任ある企業行動の促進に貢献しないとの批判が多くみられる。

一方、意見が分かれている重要項目は、適用範囲、バリューチェーンの定義、民事責任、域内調和、取締役の義務、気候変動に関する義務などである。欧州議会のなかでも「保守派」と「進歩派」の間で意見が分かれ、市民社会、産業界などのロビー活動も活発になっている。

適用範囲は、拡大の方向にある。リスクセクターについて欧州理事会は飲料の追加案を示し、議会内では、繊維小売、衣料品製造、食料・飲料、畜産物の卸売、エネルギー、輸送、建設、金融サービス、ICTなどの追加が提案されている。また域外企業への適用については、全体の売上高の閾値を下げる提案や売上高の範囲をEU域内に限定せずに欧州企業同様、全世界売上高とするなど、拡大の方向で動いている。

バリューチェーンの定義は、EBSを削除した場合にDDの範囲と関係するため極めて重要である。議会の中道右派はバリューチェーンの定義をサプライチェーンに狭め、特に下流の活動を除外することを強く求めている。一方、中道左派は川下活動を含む広範な定義を擁護している。理事会は上流と下流に向けた企業活動を細かく定義し、DDの範囲を明確にしている。市民社会は強く川下をDDの対象に含めることを求め、一方企業側からはサプライチェーン以外のDDの実施は事実上難しいという意見が出ており、今後議論が継続される点である。川下を対象から外すべきではない理由としては、ICT産業や小売業に加え、金融セクターの重要な役割が指摘されている。

民事責任については、DD義務を怠ったために悪影響が発生し、実際の損害につながった場合には損害賠償責任を負うものの、契約で保証を得ており適切な検証措置を講じている場合は免除されると法案に記されている。議会の中道右派は企業が直接的に引き起こした、あるいは助長した損害にのみ民事責任を限定することを提案しており、理事会の提案も自社以外が引き起こした損害には責任を負わないとしている。このように国際スタンダードに準拠した、引き起こし・助長・つながりの3つの概念は、修正案に明記される方向で動いている。

法律の義務内容の域内調和は、法案が生まれる前から企業側が強く求めたものであり、同指令の目的の一つとして明記されている。しかし本法案は域内におけるミニマムスタンダートを定める「指令」であり、各加盟国の法制制度に導入される際に27とおりの違いが生まれる可能性を残す。義務内容の域内調和は業種を問わず企業側が最も要望するポイントであり、既に複数の産業団体による合同ポジションペーパが発出されている。議会内でも中道右派によって、域内市場で統一できる「規則」に変更するか、義務内容を最大限調和する案が議論されている。

取締役の義務の導入は、コーポレートガバナンスとの関係から企業側からは違和感が伝えられてきた。しかし、すべての企業行動の責任の所在は明確にすべきとの考えもある。議会内の中道右派からは、この項目は削除すべきという意見が示されたが、中道左派はパリ協定に基づく「1.5 度目標」達成の計画と実施は取締役の義務であると考えており、議論は平行線である。加盟国側は昨年12月に取締役の義務を定める条項は削除すべきとの考えを示している。

上述のとおりDDの義務は人権のみならず、環境も含むというのが今回の法案の特徴である。対応すべき環境分野は法案の付属書にまとめられており、主に生物多様性、水銀、化学物質、オゾン層破壊、廃棄物移動の5分野が提案されているが、議会では範囲拡大の方向で議論が進んでいる模様だ。気候変動デューディリジェンスに関しては法案に導入すべきではないという考えと、付属書に気候変動を追加し規定を強化、さらに被害者の救済へのアクセスを容易にする必要があるという考えが混在している。

まとめ

CS3Dの最終合意にはまだ時間がかかるが、企業は最終的な法律の内容如何にかかわらず、現在の議論が今後の方向を示すと捉え対策を始めるべきというのが筆者の考えである。DDの範囲をサプライチェーンよりも広くする点は、現在改訂が進んでいるOECDの多国籍企業ガイドラインにおいても明確である。また、CS3D案が既に日頃の商取引に様々な影響を与え始めていることも忘れてはならない。将来の義務を考え、既にサプライヤへの要請が強化され始めているからだ。また、CS3Dの議論により、DDの実施が責任ある企業行動の一部と捉えられるようになった。EUでは電池規則、強制労働関連製品の上市禁止規則案、森林破壊対策規則案などDDの要素を要件として含む法律が次々に発表されている。DD実施義務に加え、コモディティ別のDDとトレーサビリティの担保、強制労働への対応など企業への要請も範囲が広がり多様化しているのだ。CS3Dの決着を前に改めて考えたいのは、目的に合致した意味のあるアプローチである。多様な要請に個別対応するだけではなく、効率的かつ効果的に使う方法を考えたい。そのためには政策も企業の対応もアプローチを収斂させることが重要であり、したがって国際スタンダードの役割が今まで以上に重要となる。とりわけOECDの加盟国としての日本の役割は重要でありガイドラインの策定等には今後も積極的に貢献すべきである。対応に追われ、何のためのDDであるか本来の目的を見失わないためにも、DDに関する国際的な議論、社内の議論、そして個人としての価値観の距離をできるだけ縮めていくための教育に日頃から注力することが究極的な近道となると考える。

(きのした ゆかこ/在欧日系ビジネス協議会)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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