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レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.171 アフリカ農村部で農業投資を行う企業にとってのライツホルダーと責任の範囲とは

井上 直美

2022年3月31日発行

PDF (530KB)

  • 極度の貧困にあるアフリカ農村部では、社会保障の欠如や生活水準が上がらないことが一因となり、企業とコミュニティの間で紛争が勃発する。
  • 土地取得や借地を伴う事業投資を行う企業のライツホルダーは村人全員に広がり得る。企業は自社の事業が誰に対してどのような影響を及ぼすか、密な対話を通じて正しく把握すべき。
  • 日本国政府は、日本企業が進出する土地の社会背景や課題を適切に理解し人権を尊重した事業を行えるように、進出先国での政府開発援助や海外投資支援を行うべき。 

近年アフリカ農村部で報告されている土地取得や借地を伴う大規模農業投資を行う企業とコミュニティ間の紛争の原因は、企業の活動による人権に対する負の影響の範囲には留まらない。投資受け入れ後も住民の社会保障や生活水準が改善しないことが一因となっている。紛争は企業と地域社会の持続的発展を妨げる。アフリカ農村部で活動する企業は、誰に対するどのような人権尊重の責任を、どうやって果たすのかについての熟考が必要である。

企業の責任の範囲とは

EU市場への輸出を目的にシエラレオネ北部の農村部でサトウキビ燃料の生産と加工を行ったスイス資本のAddax Bioenergy Sierra Leone社の事業は、「土地収奪」だと国際NGOのActionAidから批判された。彼らがウェブ上に公開する報告書(2013)は、コミュニティの貧困と食料安全保障の問題、効果の薄い農民の技術支援事業、聞き入れられなかった女性の声、改善しない住民の生活水準等を指摘する。一方で認証機関は、同社が国内法よりも高い国際基準に則り社会環境影響評価を行い、地権者、女性、若者等とステークホルダー・エンゲージメント(以下、SHE)を行った点を高く評価した。

コミュニティが主張する企業の責任の範囲は、企業の想定より広い。住民が基本的人権を享受できないことは企業の責任の範囲外なのか。

SHEは、人権デューディリジェンス(以下、人権DD)の構成要素の一つである。国連『ビジネスと人権に関する指導原則』は、ステークホルダーを、事業を行う組織の活動や商品やサービスに影響を与える、または影響を受ける可能性のあるあらゆる個人で、脆弱な人々を含む個人またはグループであると定義する。特に企業活動から人権に影響を受ける個人は、「ライツホルダー(権利保持者)」と呼ばれる。人権DDの実践においては、ライツホルダーのなかでも人権が脅かされやすい力の弱い人の声に耳を傾け、人権リスクを特定することが重要である。

大規模農業のように土地取得や借地を伴う事業の一番のライツホルダーは土地所有者だが、すべてのライツホルダーの特定は難しい。シエラレオネの農村部を例にその理由を挙げると、第1には、同国の地方の土地の多くは家族保有権によって管理されており、企業は権利保有者のすべてではなく家族代表者と交渉する点にある。家族には、30人から50人の構成員がおり、全員がライツホルダーになり得る。第2には、慣習法に基づく複雑な土地管理システムである。一般法は主に西部州で運用される。それ以外の州では、土地は慣習法によって管理されている。伝統的に慣習法で管理されている土地の権利は、文書化されておらず記録から権利者を特定することはできない。第3には、土地保有権を持たない住民もライツホルダーになり得る点である。雇われ農夫としてパーム油畑やキャッサバ畑で働き土地の権利を持たない「アウトサイダー」も、畑が無くなれば働けなくなるためライツホルダーになり得る。しかし、村と企業の交渉に彼らの代表者は現れず、特定するのは難しい。

直接対話の難しさ

企業は、ライツホルダーと直接対話する際に、様々な困難に直面する。第1に、農村部に根付く首長制による伝統的な社会統治と意思決定プロセスは、必ずしも民主的なものではなく、企業とライツホルダーの直接対話を制限する。例えば女性はコミュニティにおける協議の場から排除される傾向にある。企業は、代表者がどのライツホルダーを代表するか、女性や脆弱な人々の声を聞き逃していないかを慎重に確認しなければならない。第2に、村人の多くは読み書きができず、例えば企業と対話した内容を文書に記録し、管理する方法が適さない場合がある。企業は、村人との対話の方法を工夫する必要がある。第3に、企業と政府および地域社会との間の不均衡な力関係は対話を妨げる原因となる。資本を持つ企業と資本に乏しい政府とコミュニティの間では、企業が有利な立場にある。外資企業は、農村部でライツホルダーと対話する際には、人権向上に理解を有する中立的な立場にあるアクターと協働し、ライツホルダーの真の声を引き出す努力を行うことが必須である。

国土政策に組み込まれる人権尊重

シエラレオネ政府は、土地、漁業、森林の権利等に関する制度についての国際的ガイドラインである”Voluntary Guidelines on the Responsible Governance of Tenure of Land, Fisheries and Forestry(VGGT)”を支持し、2015年に改定した国土政策に組み込んだ。VGGTは、企業の責任として国の食料安全保障の範囲内で国の政策目標に貢献することを求めている。本文書は、すべての人権は普遍的、不可分、かつ相互依存的しているため、企業は、土地、漁業、森林の保有権に関連する権利だけを考慮するのではなく、すべての市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利に配慮すべきであると示す。具体的には、企業に広範囲の人権課題の解決に資する支援プロジェクト等の実施を求めている。

近く議会承認が見込まれる土地管理法の改訂にVGGTが反映される予定である。同国の農村部で借地を伴う事業を行う企業は、地域社会の社会保障や生活水準の改善に関しても一定の責任を持つことが期待される。企業は、住民との丁寧な対話を行い、住民の合意の下に開発の利益と機会を提供することが必要である。

日本政府は進出先国への政策支援の検討を

住民は社会保障や生活水準の向上を主張する形で人権の実現を訴えるが、政府は必要な資源を十分に持たない。そのためシエラレオネに投資する日本企業には、コミュニティからの要望と政策による要請の両方においてより広い人権向上への貢献が求められる。しかし、同国の複雑で広範囲にわたる人権課題の解決には、包括的な支援が必要であり、個社で対処することは難しい。同国の人権の実現のために日本企業は、我が国の政府機関等と協力することが有効である。

ドイツ政府は、自国企業の人権尊重と進出先国の両方を支援し、人権尊重の土壌を作っている。シエラレオネの『ビジネスと人権に関するガイドライン』は、ドイツ政府の資金援助とデンマーク人権研究所の協力を得て国内人権委員会が作成した。VGGTのシエラレオネへの導入は、ドイツ政府の資金提供を受けた国連食糧農業機関(FAO)と政府が協働して進めたものだ。

我が国政府にも、日本企業が進出先で人権尊重の責任を果たすために必要な土壌作りを、多面的に支援することが期待されている。

まとめ

極度の貧困層が住民の大半を占めるシエラレオネの農村部のような環境で事業を行う企業は、事業からの影響を受けるライツホルダーは村全体に及ぶと意識してSHEを行うことが必要である。SHEで住民が提示する関心事には、企業の進出前から続く人権課題が多く含まれる。企業は、基本的人権の課題は自社の影響に拠らないと切り捨ててしまうのではなく、進出先国の人権向上に貢献する能動的で革新的な行動を、進出先国政府の関係機関、我が国の政府開発援助機関、市民社会、学術界の専門家等と連携して行うことが望まれる。

(いのうえ なおみ/東京外国語大学・アジア経済研究所連携研究員)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。©2022年 執筆者