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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.170 ビジネスと人権への取組みを加速する ――指導原則のこれからの10年に向けて問われる日本のリーダーシップ

山田 美和

2022年3月31日発行

PDF (640KB)

  • 政策の一貫性の確保が指導原則の実行性、実効性を高める。
  • 政府は紛争影響地域における人権侵害リスクに関与しないよう企業を支援すべき。
  • 指導原則に合致した人権ガイドラインで次の10年に向けたリーダーシップを。

「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下、指導原則)は成立から10年余り、政府、企業、市民社会組織の共通基盤となっている。日本では2021年12月に、「ビジネスと人権に関する行動計画」(以下、NAP)の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議の第一回会合が開催され、政府として引き続き、NAPを着実に実施し、企業による人権デューディリジェンス(DD)の導入促進に取り組んでいく考えである。ビジネスと人権をめぐるグローバルな動きのなかで、NAPの重要性は高まり、政府の取組みの実行性と実効性が問われている。

指導原則はこれからの10年へ

指導原則は、人権を保護する国家の義務と人権を尊重する企業の責任という、異なる、しかし補完的な役割を明確にし、経済活動における人権の尊重を促進してきた。ビジネスと人権国連作業部会は、2021年6月に各国の政策や企業の取組みを分析した報告書「ビジネスと人権に関する国連指導原則――最初の10年の棚卸し」を公表し、それを基に同年11月の第10回ビジネスと人権国連フォーラムでは、各国政府、関係機関、企業、市民社会組織、労働組合、アカデミアなどからのインプットを得た、指導原則のさらなる実行のための「ビジネスと人権の次の10年へのロードマップ」を発表した。持続可能な発展、公正なグリーン経済への移行、コロナ危機からの責任ある回復というグローバルチャレンジの指針として指導原則が明示され、国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、救済へのアクセス、ステークホルダーエンゲージメント、レバレッジとなる金融、進捗の追跡、国際協力においてとるべき行動が示された。

政策の一貫性を確保する

ロードマップでは国家の保護義務(行動分野2)として、「政府のより効果的な行動を強化するために政策の一貫性を向上させる」とある。企業が人権尊重を経営方針に組み込み、事業活動全体において人権DDの実施が求められるように、政府は「ビジネスと人権対応」ではなく、すべての政策に人権保護義務を組み込む一貫性が求められている。企業の人権尊重責任を促す方向と合致しない政策はあってはならない。政府は経済アクターとして垂範となる行動が求められ、政府予算やリソースを使ううえで、経済活動における人権尊重を促すしくみを組み込む必要がある。政府には、企業が人権尊重の責任を果たすための人権DDを実施できる環境や制度の構築が求められる。開発援助、貿易協定、経済連携等を通じた相手国への働きかけに人権保護を組み込むこと、人権外交と呼ばれるものとの一貫性が重要であろう。

紛争影響地の高リスクと人権活動家の保護

国家の人権保護義務の履行は、NAPに列挙された事項に限定されるものではない。NAPが不作為の口実になるのではなく、変化への触媒になることが重要である。現在のNAPには、紛争影響地域における企業の人権尊重の支援、そして人権活動家の保護が含まれていない。

指導原則7は、重大な人権侵害のリスクは紛争に影響を受けた地域で高まるため、国家はかかる状況で活動する企業が侵害に関与しないよう支援すべきと規定し、次の事項を挙げる。a)企業がその活動及び取引関係によって関わる人権関連リスクを特定し、防止し、そして軽減するよう、できるだけ早い段階で企業に関わっていくこと。b)ジェンダーに基づく暴力や性的暴力の双方に特別な注意を払いながら、侵害リスクの高まりを評価しこれに対処するよう、適切な支援を企業に提供すること。c)重大な人権侵害に関与し、またその状況に対処するための協力を拒否する企業に対して、公的な支援やサービスへのアクセスを拒否すること。d)重大な人権侵害に企業が関与するリスクに対処するために、国の現行の政策、法令、規則および執行措置が有効であることを確保すること。

この原則にもとづく政策の重要性は、現在日本企業が進出しているいくつかの国々での状況において明らかであろう。指導原則23は、事業環境によっては、紛争影響地域のように他のアクター(例えば、治安部隊など)による重大な人権侵害に企業が加担するというリスクを高めるものがあると解説する。企業は、投資母国である自国政府による適切な支援や施策がない場合、最低限のセーフガードがなく、自らの企業活動について説明責任がより求められるだろう。

そして人権活動家の保護が重要である。複数の国において国内法が人権活動家(労働組合を含む)に対する悪意ある訴追を可能にし、市民の集まりを抑圧し、平和的抗議を犯罪行為としている。これはもちろん当該国の問題であると同時に、かかる状況で貿易や投資を促進していることになる投資母国の問題でもある。国連作業部会は2021年6月の報告書で、人権活動家に対する攻撃が増え続けていることに警鐘をならし、人権活動家は指導原則の柱を支える存在であり、人権活動家の保護を政策として実施すべきであると勧告した。人権DDの実施にはステークホルダーとの対話が不可欠であり、権利保持者との直接の協議が難しい場合、人権活動家の役割は大きい。そして救済へのアクセスの確保には、人権活動家の正当で平和的な活動が阻害されないことが重要である。国内はもとより第三国における人権活動家の活動が阻害されていることを座視することは、当該国において自国企業が適切に人権DDを実施できない状態を放置することになる。人権活動家に対する日本政府の適切な支援、施策が求められている。

指導原則にもとづく人権DDガイドラインを

2021年10月のG7貿易大臣会合コミュニケでは、自由で公正な貿易という政策課題の付属文書として強制労働に関する声明が出され、G7各国の企業に対し、指導原則にもとづく、サプライチェーンにおける人権DDの実施を促している。日本では2022年2月の関係府省庁施策推進・連絡会議で、経済産業省が主導して業種横断的な人権DDに関するガイドラインを作成していくことが合意された。

NAPのフォローアップとして実施された「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」の公表結果によると、回答企業760社のうち、指導原則を知っていると回答した企業数(493社)より、人権DDを知っていると回答した企業数(534社)が多い。指導原則を知らずに人権DDを知っている企業は、人権DDをどのように理解しているのか。外務省が公表している指導原則の仮訳は、指導原則の一部であり、人権DDを理解するのに必須である解説部分を除いている。指導原則に合致するガイドラインを作成すると同時に、指導原則の完全な文書を普及させ、政府内外における理解を促進することが肝要であろう。

人権DDは企業が人権尊重責任をはたすための方法であって目的ではない。DDの実施が企業にとって形式に留まるならば、企業が人権尊重の責任をはたすことにはならない。人権DDの要であるステークホルダーエンゲージメントを促し、取引先との建設的な関係構築に導き、救済へのアクセスを可能にする方向性を示すガイドラインが望まれる。

まとめ

グローバル市場のあり方が変容しつつある今こそ、人権を尊重する経済活動を維持することがますます重要になっている。企業の人権尊重責任をいかに果たさせるか、果たせるようにするかは、いかなる市場を構築するのかという経済活動に関するルール形成に等しい。これは民主的な社会、法の支配、人権の価値を是とする市場の構築であり、本質的には企業が存在すること自体を可能にさせる持続可能な社会を維持することである。ビジネスと人権の次の10年のロードマップを実現すべく、日本のリーダーシップが問われている。

(やまだ みわ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。©2022年 執筆者