レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.159 在日外国人コミュニティのCOVID-19感染拡大に備えるための情報ネットワーク調査(1)
「在日外国人労働者とコロナ対策」

佐藤 寛

2022年3月30日発行

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  • 在日外国人は人口の2%を超えているが、新型コロナ感染症下で十分な予防・治療情報を獲得することが困難。行政システム全体が在日外国人の存在を前提にしていないことが問題。
  • 行政情報の多言語化という一方的な流れはほとんど効果がない。発信内容を外国人コミュニティとの協働で作成することが必要。
  • 外国人のみをターゲットにするのではなく、周囲の日本人に対する普及啓発が必要。

2019年末まで、日本国内の外国人人口は急激に増加していた。新型コロナ感染症流行によってペースは落ちているものの2021年10月現在280万人の外国人が日本に居住している。そのうち150万人が労働市場に参入しており、特に技能実習生・特定技能、留学生30万人計画で増加した留学生のアルバイトなどの増加が目立つ。サービス業、製造業、農林漁業分野では、外国人労働力の存在なしには日本企業が事業を継続できない状況となっている。

アジア経済研究所では、国立国際医療研究センターと連携して2020-21年度にわたり「在日外国人コミュニティのCOVID-19感染拡大に備えるための情報ネットワーク調査」を実施した。今回、研究会参加メンバーが二年間の研究成果を踏まえて七つのポリシー・ブリーフ(No.159佐藤寛、No160岩本あずさ・藤田雅美、No.161新居みどり、No.162崔洙連、No.163田中雅子、No.164加藤丈太郎、No165人見泰弘)を発表するにあたり、本稿では全体の概要を紹介したい。

コロナ感染症のインパクトは外国人に大きい

コロナウィルスは日本人と外国人の区別なく感染するが、日本にいる外国人労働者には、日本人以上の甚大なインパクトを与えた。
なぜなら感染予防に関する「三密回避」などの基礎的な情報が言葉の壁などもあって外国人には伝わりにくく、家賃を節約するためのルームシェアなどの住環境によってクラスターが発生しやすいため、感染リスクが日本人より高いからである。そして感染した場合、検査・治療にアクセスしようとしても言葉や制度の壁があり医療機関にたどり着かなかったり、医療機関で十分なサービスが受けられなかったりする可能性がある。

保険証不所持・非正規滞在のケース

PCR検査や感染疑いに関し外国人が保健所に連絡すると、「かかりつけ医に相談して下さい」と言われる。かかりつけ医などおらず、保険にすら入っていない外国人は山ほどいるが、外国人からのこうした相談に初めて接した自治体や保健所の窓口では、戸惑いもあって杓子定規な対応をしがちである。ただし、感染拡大の局面では、行政の窓口や保健所は日本人の対応だけでパンク寸前であり、翻訳など追加的な手間のかかる外国人に対応する余裕がなかったのは事実であり、こうした対応を一方的に非難することはできない。

このような場合には、外国人の置かれている立場についての基礎知識を有した人が、何らかの形で仲立ちをして、窓口職員の判断を補佐することが有効である。ポリシー・ブリーフNo.160、No.161で紹介されているように、外国人支援NPOが中心となって立ち上げた外国人ワクチン相談センター(COVIC)では、こうした基礎情報の提供と、他の自治体での好事例の紹介により外国人のワクチンへのアクセスを促進した。

図1 COVICのポスター

図1 COVICのポスター

(出所)COVIC

また、非正規滞在者に対する治療、ワクチン接種の権利と「公務員の通報義務」をめぐる課題、さらに自治体の柔軟な対応の重要性と長期的な移民政策の必要性についてはポリシー・ブリーフNo.160、No.161、No.162で論じている。

情報発信――外国人コミュニティの実態に対する理解が不可欠――

政府機関や自治体は、ホームページで行政情報を多言語翻訳している場合が多く、16言語対応などもみられる。しかし外国人労働者はコロナ関連でこうしたホームページにアクセスすることはほとんどないことが様々な聞き取りから明らかとなった。機械的翻訳による多言語情報提供だけでは、情報は伝わらないのである(誤訳が多いことも指摘される)。必要なのは、外国人コミュニティの実態を理解することであり、生活者としての外国人のニーズを把握することの重要性についてはポリシー・ブリーフNo.163、No.164、No.165で論じている。

医療・生活情報を外国人コミュニティに適切に届けるためには、外国人コミュニティのキーパーソンを通じて発信するのみならず、No.161で紹介されているような外国人コミュニティと共に行う「対話型情報発信」が重要である。

周囲の日本人アクターの重要性

図2 外国人住民の周囲の日本人アクター

図2 外国人住民の周囲の日本人アクター

(出所)筆者作成

外国人コミュニティに情報を届けるために重要なもう一つの鍵は「周囲の日本人」に対する啓発活動である。言語、文化、社会的な壁により、自ら情報を収集することが困難な外国人も、日本人社会のなかに生きている。職場の雇用主、同僚、地元の日本語教室のボランティア教師、世話好きな隣人、子どもがいれば保育園のママ友パパ友、さらには監理団体の社会保険労務士、産業医、行政書士など、より多くのアクターをターゲットにして、外国人が置かれている状況に関する基礎的な情報を提供することで、「周囲の日本人を経由した情報伝達」を可能にする。

まとめ

今後も増加することが予想される在日外国人は、新型コロナ感染症下で十分な情報を獲得できず、医療サービスへのアクセスが困難な状況にある。それは行政システム全体が、在日外国人の存在を前提にしていないことに起因しており、中長期的には、マクロな政策課題としての多文化共生のありかた、出入国管理政策、難民申請者・仮放免者の人権に関する議論が必要である。一方短期的には、非正規滞在者を含めた外国人に対して、人権としての医療アクセスを保証することが急務であり、そのためには自治体窓口や周囲の日本人が、外国人住民に関する適切な情報を持つことが不可欠で、各地の国際交流協会、外国人コミュニティ、支援団体などが連携した普及啓発活動が求められる。

(さとう かん/研究推進部)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。