欧州で活発化するデューディリジェンス義務化の動き

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.142

木下 由香子

2021年2月12日発行

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  • バリューチェーンに国境はない。欧州における義務化は日本企業に確実に影響を与える
  • 法案の議論のポイントは、法的責任の範囲、充分なDDの定義、環境DDと法律の一貫性
  • 日本企業と日本政府は国際的な議論に積極的に参加し、それぞれの役割を果たすことが重要

欧州委員会は2020年10月26日から2021年2月8日までデューディリジェンス(以下DD)の義務化を含むサステナブルコーポレートガバナンスに関するパブリックコンサルテーションを実施した。同文書では、1)EUにおける法規制の必要性、2)取締役の義務、3)DDの義務、4)その他の施策、5)インパクトの測定について意見を広く集め、現在結果の精査中だ。

デューディリジェンス義務化議論がスタート

2020年4月、欧州議会内の「責任あるビジネス行動ワーキンググループ(RBCWG)」が主催したウェブ会議において、Didier Reynders司法担当欧州委員は人権および環境のDD義務化に関する法案を2021年に提出すると発言した。同委員は、コロナ危機を経てサプライチェーンの脆弱性や多くの社会的不平等など既存の問題がさらに明らかになったことを理由に、欧州復興計画の一部に位置づけた法案の策定が必要と明言した。さらに、目指す法案の要素について、EU域内で活動する幅広いセクターの企業を対象とし、バリューチェーンにおける人権と環境の分野のDDを義務化し、法の実効性の担保および被害者の救済へのアクセスの確保のために、罰則が必要との考えを伝えた。

なぜ今デューディリジェンス義務化なのか

背景としてまず理解すべきは、ビジネスと人権の分野におけるEU加盟国の積極性である。ビジネスと人権に関する国連指導原則(UNGP)は今年採択から10年を迎えるが、欧州委員会の呼びかけもありEU加盟国は実践のための国別行動計画(NAP)策定に早くから着手した。現在15カ国にNAPが存在する。さらにフランスやオランダなど、DDに関する自国の法律を策定する国(例)も増加している。次に市民の声を代表する欧州議会によってRBCWGが発足し、2019年にはUNGPを実践するためのシャドーアクションプランを発表し、市民社会を巻き込む形で政策議論を活発化させた。しかし欧州委員会が法律の策定に踏み切った最大の根拠は、企業がEUレベルの法律を求めるようになったことである。2020年2月に欧州委員会が発表した調査によると、回答した企業の約7割がEUレベルのDD義務化に賛成した。また、9月にはAdidas、H&M、Unileverを含む26のグローバル企業が義務化を求める合同提言を発表している。

企業側が義務化を望む主な理由は、第一にEU域内の統一ルールを導入することで国レベルの法律が存在するパッチワーク状態をなくすことである。第二にレベルプレイングフィールド(Level Playing Field)、つまり操業する条件をみな同じにするためである。DDにはコストがかかる。既にDDを行っている企業はDDを行わずにEU域内に上市する企業とコスト面で闘うことは難しい。またDDを実施しない企業がサプライチェーン上に存在するのは自らを危険にさらすことにもなりかねない。そして第三は法的確実性と予見性の確保である。サプライチェーン上で発生する人権および環境への侵害に対し、企業の責任を問う訴訟が近年増加している。リスクから身を守るために、予測できる法的確実性が欲しいというものだ。ここで義務化を望む企業は、DDの体制を時間かけて作り上げてきた、いわば「準備のできている」先進企業であることを忘れてはならない。

デューディリジェンス義務化と取締役の責任

2018年に3月に発表されたサステナブルファイナンス行動計画には、サプライチェーンにおけるDDの現状把握と、長期的でサステナブルな考えがどの程度取締役会に浸透しているかという現状把握の実施が含まれている。この計画に従い、欧州委員会は2つの調査を行い結果発表した。一つ目の調査(既述)では、企業個社回答の約7割がEUレベルのDDの義務化に賛成するという結果になり、二つ目の取締役の義務に関する調査から、企業の短期志向経営が明らかになったため、取締役は今まで以上に長期的な視点で環境および社会的なインパクトを経営に加味する必要があるという結論が導き出された。後者の調査に関してはその方法論に対して疑問の声が集まったが、欧州委員会はこれら二つの調査結果から、今般のサステナブルコーポレートガバナンスと題した上掲のパブリックコンサルテーションの実施に踏み切ったのである。法案は、コンサルテーション結果の精査ののち、2021年第2四半期に発表となる予定だが、取締役の責任とDDに関する法案が一つになるのか、別建てになるのかは今のところわかっていない。一方欧州議会は、法案を待たずにDDの義務化について独自の立法報告書案(INL)を昨年9月に発表した。同文書の採択(3月予定)を目指し議会内での意見形成に取り組むなど、前例のないスピードでDD義務化の議論が加速化している。

今後の議論のポイント

現時点において法律の内容は明らかになっていないが、より効果的で意味のある法律を作るために議論が必要と思われるポイントを挙げたいと思う。EU域内で操業する企業が対象となることはほぼ確実といわれているため、日本企業もしっかりと議論に参加すべきと思われる。

まず、企業の視点から最も重要な「法的責任(Liability)の範囲」である。法的責任の範囲はUNGPで定める企業の人権を尊重する責任(Responsibility)よりも狭いものになるというのが一般的な考え方だ。ではどのような方法で法的責任の範囲を決めるのが妥当なのだろうか。UNGPの定義する人権侵害に対するcause(引き起こす)/contribute(助長する)/directly linked(関与する)の区別が有効なのだろうか。何のためのDD義務化なのかという目的を見失わず、実態に沿った議論が必要だ。

二つ目は「充分なDD」とは何かである。UNGPの原則17には「人権侵害への関与を回避するためにしかるべき手段をすべて講じてきたことを示すことが、自社に対する訴訟リスクに対処する助けとなるはず」(下線、筆者)と書かれている。「充分なDD」の姿が明確になっていれば、万が一人権侵害が生じた場合にも対策の充分性を判断する基準とすることができるだろう。「充分なDD」の姿を議論することは、DDを単なるコンプライアンスとしてではなく、企業のリスク管理の視点から前向きに取り組ませることにも貢献する。

三つ目は環境DDである。今までDDの議論は人権の分野で多く行われてきた。しかし欧州委員(前述)は法制化するDDの対象を人権と環境とした。UNGPにおいて尊重すべき人権の範囲は明確だが、EUの環境規制は一つではない。電池規則案など個別の規則にDDの義務が含まれる傾向にあり、既存の規制と将来できる規制を含んだ法律の一貫性の担保も議論されるべきである。

そして最後にこれらのすべてに対する取締役、さらには親会社の責任の拡大は、大変重要なポイントだ。

まとめ

新型コロナウィルスの勢いが衰えない欧州において、政策関係者、企業、そして市民は持続可能な社会を作る必要性をより強く認識している。日本は昨年10月にNAPを発表したばかりだが、気候変動政策同様、DDの義務化においても企業と政府が積極的に国際的な議論に参加し、それぞれの役割を認識し効果的にそして着実に果たすことが重要だ。バリューチェーンに国境はないので、影響を受けることは必至である。何のためのDDなのか、目的を見失わずに現実的な議論を広く行い、国内のみならずEUの議論にも積極的に参加することがすべてのステークホルダに求められている。

(きのした ゆかこ/在欧日系ビジネス協議会CSR委員会委員長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。