中継貿易地域・国の再輸出を支える広域FTA――ASEAN・香港FTA、星・スリランカFTAの考察――

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.135

椎野 幸平
2020年5月1日発行

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  • アジアではシンガポール・スリランカFTAが2018年5月に、ASEAN・香港FTAが2019年6月に発効した。
  • 両FTAはアジア域内のFTAネットワークを拡大する上で意義がある。中継貿易地域・国ではより数多くの国が参加する広域FTAに加盟する方が、再輸出を促進し、貿易面での効果は大きい。
アジアでは、2018年5月にシンガポール・スリランカFTAが、2019年6月にASEAN・香港FTA(ただし、香港貿易産業局によるとインドネシア、ブルネイ、カンボジアは未批准)が相次いで発効した。香港はアジアにおいて、中国(04年発効)、ニュージーランド(11年発効)、マカオ(17年発効)の3カ国・地域とのみFTAを締結しているに過ぎず、FTAの空白的な地域となっていたなか、ASEAN全体とFTAを発効させたことは意義がある。シンガポール・スリランカFTAは、東アジアと南アジアを接続するFTAとして意義が見いだせる。一方で、香港は再輸出を主体とする中継貿易地域であり、スリランカも将来的には中継貿易国として成長する可能性を秘めている国だ。中継貿易地域・国にとっては、より広域的なFTAへの加盟の方が貿易面での効果を一段と高めることを期待できる。
伝統的な内容のASEAN・香港FTA

ASEAN・香港FTA の協定内容を概観しよう。同FTAは物品貿易、原産地規則、税関手続き・貿易円滑化、衛生植物検疫(SPS)、基準・適合性審査、貿易救済、サービス貿易、経済・技術協力、知的財産、紛争解決などから成っている。また、投資については、FTAと別枠で、投資協定を締結した。TPPのような21世紀型FTAの特徴である電子商取引、労働、国有企業・競争、環境は含まれておらず、ルール分野については伝統的なFTAと位置付けられる。

物品分野については、香港は協定発効と同時にすべての関税を撤廃することを約束している。ただし、自由貿易港である香港は一般関税がそもそも無税であり、関税撤廃の恒久化を約束したことに意義があるが、追加的な関税撤廃は生まれない。

ASEAN側は、4段階に分けられている。第1に、シンガポールは、協定発効と同時にすべての関税を撤廃する(シンガポールではビール・薬用酒のみに課税)。第2に、タイ、マレーシア、フィリピン、ブルネイは品目総数の約85%の品目を10年以内に関税撤廃、約10%の品目を14年以内に関税削減する。第3に、インドネシア、ベトナムは約75%の品目を10年以内に関税撤廃、約10%の品目を14年以内に関税削減する。最後に、カンボジア、ラオス、ミャンマーについては約65%の品目について15年以内に関税撤廃、約20%の品目を20年以内に関税削減する。ASEAN側の関税撤廃は、シンガポールを除き、無税化率がいずれも9割を下回っており、質の高い自由化とまでは言えない内容である。

シンガポール・スリランカFTAの中身は?

次にシンガポール・スリランカFTA を概観する。スリランカにとってはインド・スリランカ(00年発効)、パキスタン・スリランカ(05年発効)、南アジア自由貿易地域(06年発効)に続く、4件目のFTAで、東アジア諸国と初めて締結するFTAである。

同FTAは物品貿易、原産地規則、税関手続き・貿易円滑化、衛生植物検疫(SPS)、貿易の技術的障害(TBT)、貿易救済、サービス貿易、通信、投資、電子商取引、政府調達、競争、知的財産、経済・技術協力などが含まれており、包括的な章立てとなっている。スリランカにとっては、政府調達、電子商取引などを含むFTAの締結は初めてであり、今後のスリランカの諸外国とのFTA締結に弾みがつく内容と指摘できる。

物品分野では、シンガポールは協定発効とともにすべての関税を撤廃することを約束している。スリランカは、最大15年で品目総数の80%の品目で関税を撤廃することを約束している。スリランカ側資料によると、発効と同時に50%の品目で関税撤廃、1~6年で15%の品目で、7~12年で15%の品目で関税を撤廃する。一方、スリランカ政府がセンシティブ品目と位置付ける石油製品、たばこ、アルコール飲料は関税撤廃・削減の対象外としている。シンガポール政府によると、毎年、1,000万ドル程度の関税削減効果が期待できるとしている。

中継貿易地域・国は広域FTAで大きな利用価値

両FTAの発効は、これまでFTAの締結が少なかった香港、スリランカが新たにアジアのFTAネットワークに本格的に参画する動きであり、それ自体に意義がある。

一方、香港は、中継貿易地域であることが特徴である。中継貿易地域では、自国で生産された物品の輸出とともに、第三国で生産された物品を一旦輸入し、その後、異なる第三国へ再輸出することも多いことが特徴だ。香港では、第三国で生産された物品を在庫し、異なる第三国の需要に応じて在庫を切り分けて輸出する在庫分割が広く行われている。例えば、中国で生産した物品を香港で在庫し、在庫の一部を分割してベトナムやフィリピンに輸出するケースなどが該当する。実際に香港の輸出総額に占める再輸出の比率は実に98.8%(2019年)に及ぶ。

スリランカは、再輸出比率については3%程度と低いものの、将来的には地理的優位性を活かし、再輸出国として成長する可能性を秘めている。東南アジアで生産された物品をスリランカで在庫し、在庫の一部を分割してインドなどに再輸出するケースなどが想定される。

ASEAN・香港FTA、シンガポール・スリランカFTAではともに、原産地証明手続きとして第三者証明制度が採用されている。第三者証明制度のもと、在庫分割を行うと、FTAで規定される直送基準に違反することとなるため、中継貿易地域・国が連続する(2枚目の)原産地証明書を発行することで、最終輸入国においてFTAの特恵関税が適用されることとなる。しかし、連続する原産地証明書は輸出国が発行する(1枚目の)原産地証明書に基づいて、中継貿易地域・国が発行するため、輸出国、中継貿易地域・国、最終輸入国が同一のFTAに加入して初めて可能になる仕組みである。

そのため、前述の中国で生産された物品を香港で在庫分割し、ベトナムとフィリピンに再輸出するケースでは、中国とベトナム・フィリピン間にはASEAN・中国FTAが発効しているものの、香港は加盟していないため、ASEAN・香港FTA発効後も、香港で在庫分割を行うとASEAN・中国FTAの特恵関税を享受できないこととなる。

同様に、ASEANで生産された物品をスリランカで在庫分割し、インドに輸出するケースでは、ASEANとインド間ではASEAN・インドFTAが発効しているが、スリランカは同FTAに加盟していないため、スリランカで在庫分割を行うと当該FTAが利用できないこととなる。

香港はASEANと中国の結節点、スリランカは東アジアと南アジアの結節点としての役割がある。そのため、中継貿易地域・国は二国間FTAよりも多数の近隣諸国が加盟する広域FTAに加盟する方が、再輸出を促進し、貿易面での効果は大きい。ASEAN・香港FTAは広域FTAではあるが、中国が加盟していないため、ASEAN各国と中国間で物品の在庫分割を香港で行う場合に、同FTAが利用できない点が課題となる(ASEAN各国間で物品の在庫分割を香港で行うことは可能)。ASEAN・香港FTAではなく、ASEAN・中国FTAに香港が加盟したならば、より大きな貿易面での効果を得られると指摘できる。

香港、スリランカがアジアのFTAネットワークに積極的に参画してきたことの意義は大きい。一方で、中継貿易地域・国は数多くの国が参加する広域FTAに加盟してこそ利用価値が高まることから、ASEAN・香港FTA やシンガポール・スリランカFTA をビルデイング・ブロックとして、今後、香港とスリランカはRCEPなど地域大のFTAに加入していくことが求められる。

(しいの こうへい/拓殖大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。