小農民をマーケットにつなぐICTイノベーション――ウガンダとケニアの事例から

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.131

井上 直美

2020年1月6日発行

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  • ICTイノベーションは、サブサハラ・アフリカの農村部の住民をマーケットにつなぐ仕組みを提供している。
  • ウガンダにおける取引情報の電子化によるコーヒー豆取引の効率性・透明性の向上は、小農民の所得向上や生産量・品質向上に貢献している。
  • ケニアにおけるソーラーコイン・マイニングが実用化されると、未電化地域に住む住民に電力を提供するだけでなく、電力売買マーケットへのアクセスを可能にする。
農業は、アフリカの労働人口の6割強を占める重要な産業である。これまでは、小農民は技術革新による恩恵を受けるために必要な一定レベルの教育や技術を持たないため、ICTイノベーションから恩恵を受けることは難しいと考えられてきた。しかし、そうした認識を変える事象が東アフリカで起きている。本稿では、ウガンダとケニアにおいて、農村部に住む小農民をマーケットにつなげることで、彼らが恩恵を受けられる仕組みを提供するICTイノベーションの事例を紹介し、そうした恩恵を受ける小農民が増加することによって、国の経済を向上させる可能性があることを示す。
小農民にマーケットアクセスを

ウガンダにおいては、TradeMark East Africa(TMEA)によるコーヒー取引情報の電子化が進む。TMEAは貿易を通じた東アフリカ地域経済の成長を目的に、開発プロジェクトを行う非営利の企業として2010年に組織された。ベルギー、英国、米国の開発援助機関や、デンマーク、カナダ、オランダ等の政府から出資や援助を受ける。TMEAは元々、東アフリカ地域の国々が地域内外の国々と貿易を行う際の様々な業務の改善に取り組み、域内各国ビジネスの市場アクセスの簡易化・効率化に取り組んでいた。例えば、東アフリカ地域内で国境を越えて貿易に関連するデータを共有できる電子プラットフォームを構築し、貿易の効率化を図っている。

TMEAは貿易の効率化を推進するなかで貿易の質と量を向上させるためには、貿易サプライチェーンの川上にいる生産者の流通を支援する必要があると考え、国内生産物の流通システムの簡易化・効率化に取り組み始めた。具体的には、TMEAは、コーヒーの品質管理、関連法の施行、市場情報の管理を行うウガンダ・コーヒー開発局(the Uganda Coffee Development Authority: UCDA)と協力し、コーヒーを栽培する小農民から市場のせりまでの取引情報をワンストップで管理する一括管理システム(Single Agency System: SAS)を構築した。ウガンダ・コーヒー開発局は、国内におけるコーヒー開発の地方分権と地方自治体の能力開発を進めており、これを推進することにもつながるSASを各県・自治体で採用した。

SASは、携帯電話のSMS(ショートメッセージサービス)機能を使うプラットフォームサービスであり、小農民からウガンダ・コーヒー開発局までの間の手続きを電子化した。このSASはTMEAがウガンダ政府を支援し構築した、通関電子化を通じたウガンダ・シングルウィンドウ(The Uganda Electronic Single Window: UESW)につながる。これによって、小農民からはじまるコーヒー貿易が透明かつ効率的になるのを支援している。

「貿易」から恩恵を受ける女性小農民

小農民は、SASのプラットフォームから受け取るSMSの情報から、自分が農民組織を介して販売したコーヒー豆の販売価格やコーヒーのマーケット価格を知ることができる。その結果彼らは、仲買人に買い取られる豆の価格と、農民組織を介して販売する豆の価格に差があり、仲買人が買い取る豆の値段が安いことを知った。そして、農民組織を通じてコーヒー豆を売ることのメリットに気づき、農民組織経由で豆を販売するようになった。また小農民は、互いにコーヒーの流通の仕組みやコーヒーの生産方法を学ぶようになり、次第に彼らが栽培するコーヒーの品質や生産量が上がった。

この活動は、女性のエンパワーメントにもつながっている。例えばウガンダ西部、コンゴ民主共和国との国境沿いのルウェンゾリ山(Mt. Rwenzori)の麓で、自らコーヒー農家としてコーヒー栽培を行うTeddy Ithungu氏は、女性農民協同組合を運営し、組合員に対する様々な研修を行う。今ではTeddy氏以外の組合員も講師を務めることができるようになった(写真)。農村部では女性の活動に対する男性や夫からの理解を得づらく、彼女たちの活動範囲は限られる。しかし活動を通じて豆の品質が上がり、女性の現金収入が増えたことによって、その活動に対する評価が上がり、彼女たちがグループで活動することへの理解が得やすくなった。

写真:研修を行うPesikezia Mutikwa氏

研修を行うPesikezia Mutikwa氏 (出所)Ms. Teddy Ithungu 氏提供
上述の例は、ウガンダ国内ではコーヒー流通の仕組みがすでに存在していたが適切に活用されていないという課題を、ICTを活用したインフラ整備により解決したものである。政府組織のTMEAの活動に対する理解と協力があったことで、流通の仕組みを改善することができた。
ソーラーコイン・マイニング

ケニアにおいては、BitHub Africaがソーラーコイン・マイニングを活用し、未電化の農村部に住む小農民に、太陽光発電システムの設置とこれの運営資金の提供を行い、村に電気を届ける事業の検証を行っている。

太陽光発電システムは、システム・ベンダー(ベンダー)が所有権を持ち、各村人の屋根や庭に設置する。村人は自宅で発電した電力のうち、余った電力をベンダーや他の家に売る。ベンダーは村人から購入した電力を、別の利用者へ販売することができる。またベンダーは、ソーラーコイン・マイニングによって仮想通貨のソーラーコインを受け取り、これを仮想取引所で売買することで利益を得ることも可能である。

この仕組みを利用すれば、小農民は、自らの家や敷地に設置する太陽光発電システムから得る収入を太陽光の利用料に充てることができる。ソーラーコインは、銀行口座や信用履歴を持たない小農民でも、太陽光発電で得た余剰電力を売買できる画期的な仕組みだ。ベンダーにとっても、ソーラーコインによる収益を見込めるためシステム設置および運営費用の未回収リスクが低く、参入しやすいというメリットがある。

先進国では実用化されている方法だが、ケニアでは、様々な制約があるためにまだ実験段階である。実用化すれば、未電化地域に住む小農民へ電気を提供しつつ、余剰電力の売買履歴をブロックチェーン上に保管し、蓄積された取引履歴情報を、銀行口座を持たない小農民の与信情報として、将来的に活用できる可能性もある。

透明性をもって「つなぐ」

本稿で紹介した2つの事例はいずれもICTイノベーションによって、小農民をマーケットにつなげようとするものである。ウガンダのコーヒー小農民はSASを利用し、これまで自分たちが仲買人にどの程度搾取されていたかに気づき、適切なマーケットへのアクセスを選ぶようになった。ソーラーコイン・マイニングは、公共サービスが行き届かない地域での電力マーケットを創造し、ケニアの農村部に住む村人へ電気を届けようとしている。各国の政府関係機関がICTイノベーションを活用した開発援助を行う際には、小農民とマーケットを「つなぐ」視点を取り入れることが重要ではないだろうか。

(いのうえ なおみ/東京外国語大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。