2018年の中東地域――2年目のトランプ政権と中東政治 Middle East in 2018: The 2nd Year of Trump Administration

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.124

鈴木 均

2019年4月25日発行(2019年5月7日 更新)

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  • 米トランプ政権は2年目を迎えたが、中東情勢は引き続き混沌として先行き不透明であった。
  • 米国はJCPOA離脱やイラン産原油の取引規制などで対イラン強硬策を打ち出したが、その政治的な着地点は不透明であり、必ずしもその所期の目標を達成しつつあるとはいえない。
  • 5月の米国大使館エルサレム移転発表は戦後の中東政治の転換を象徴する事件であった。
はじめに

トランプ政権が2年目を迎えた2018年は中間選挙の年でもあり、米国の対中東外交はその内政に引っ張られる形で事態が進展した一面がある。だがその一方で、トランプ政権のメディア効果を強く意識した派手なパフォーマンスの背後で、米国の中東政治からの撤退と影響力の縮小が加速度的に進行したのが2018年のもう一つの基調であった。

本稿ではトランプ政権の対イラン強硬策に始まり、シリア・アフガニスタンからの米軍の撤退表明で終わった2018年の中東地域における内外の政治動向を概観する。

イラン: 直面する内外の脅威

2017年末にマシュハドで始まり2018年の年頭にかけてイラン国内各都市で起こった抗議デモは、2008年頃から抗議運動の主流になったソーシャルメディア(イランではTelegramが主流)を活用しての動員が背景にあるとはいえ、トランプ大統領自身が当初からデモへの支持をツイッターで表明するなど、自然発生的とは言い難い点が少なからずあった。その後トランプ政権は、3月13日にティラーソン国務長官を解任して対イラン強硬派のマイク・ポンペオ元CIA長官を後任に据え、さらに4月9日にはブッシュ政権期のイラク戦争開戦時に国連大使であったネオコンのジョン・ボルトンを大統領補佐官に任ずるに及び、同政権の対イラン政策のその後の過激化は決定的なものとなった。  

事実トランプ政権は5月8日にはイラン核合意(JCPOA)からの離脱を表明、その直後の12日(イスラエル建国70年の記念日)には米大使館のエルサレム移転を発表して、その志向する中東政策のタカ派的な性格を明確にした。同時にこのエルサレム移転発表は、イスラエル・パレスチナをめぐる戦後の中東政治の転換点を象徴する意味合いすら帯びてきている。イランではボルトン補佐官の任命をきっかけに通貨リヤルが暴落し、その後も6月21日以降のトランプ政権のイラン産原油禁輸措置によりリヤルの為替レートはさらに急落、テヘランのバーザールでの抗議デモや一部閉鎖が伝えられた。  

だが11月の米国中間選挙直前の経済制裁再開で頂点に達した感のあるトランプ政権のこうした対イラン強硬策も、オバマ大統領の時とは異なりEU主要国を含む国際社会からの支持を全く得られておらず、米国内の支持者へのアピールを別とすれば実際上の政治的効果は限定的とみられる。事実ポンペオ国務長官は一連の対イラン政策がイランの体制転換を目指したものではない旨を繰り返しており、その目標がイランとのより包括的な核交渉にあると表明しているが、現時点でイラン側がそのような交渉に応じるという兆候は皆無である。

サウジアラビア: 統治システムの抱える矛盾

中東域内で現在米国の対イラン政策を明確に支持しているのは、イスラエル、サウジアラビア、UAEなどに限定されるが、これらの国々にしてもトランプ政権と状況認識をどの程度共有しているかは不明である。特にサウジアラビアは2015年1月にサルマン国王が王位に就いて以来、次の王位後継者として弱冠33歳のムハンマド・ビン・サルマン皇太子が国内の要職をほぼ独占して国政を主導する役割を担っているものの、その政治的な資質については不確実な点があまりに多い。米国がこと対イラン政策でムハンマド皇太子と今後どの程度緊密に連携しうるかについて、引き続き注目する必要があろう。  

ムハンマド皇太子は、元々サウジ国内では伝統的な社会的弊害を打破する改革の旗手として若年層を中心に圧倒的な支持を得ており、6月の女性の自動車運転の解禁に象徴される近代化策を打ち出してきた。だが2017年11月の反汚職委員会による王族や閣僚経験者などを含む381人の一斉逮捕は、ムハンマド皇太子に批判的な対抗勢力の封じ込めが目的であったとされ、また2018年10月にイスタンブルのサウジ領事館で発覚した米在住のサウジ人ジャーナリスト、ジャマール・カショギのサウジ当局による殺害事件は、米国CIAの調査でもムハンマド皇太子の関与が確実視されるなど、サウジアラビアの政治体制とサルマン皇太子の資質に対する国際的な信頼は大いに揺らいでいると言わなければならない。  

サウジアラビアにとっての最大の問題は、旧来の世襲による権力継承のシステムが王室内でのさまざまな疑心暗鬼と確執を生むに至っていることに加え、近年急速に導入されたSNSなどのネットワーク環境がサウジ社会の隅々にまで強力な監視システムを行き渡らせており、これが時に暴走してカショギ事件のような予想外の帰結をもたらすということである。

イスラエル: 激変する内外の環境

他方でイスラエルに目を転じると、独・仏・英を含むEU主要各国が、トランプ政権の対イラン政策をはじめとする中東政策と距離を取っている中で、イスラエルのネタニエフ首相はこれまでトランプ大統領と同調してイラン脅威論の急先鋒を演じてきた。だが2019年2月にイスラエル検察が汚職疑惑での起訴を発表したことで、13年間にわたった長期政権も2019年4月9日の総選挙で交代する可能性が高まっていた。  

ところが野党の中道統一会派「青と白」を率いるガンツ元参謀総長のスマートフォンでのプライベート音声がハッキングされて流出。これにより総選挙の帰趨は再び不透明な情勢となり、結果的にネタニエフ首相の側が僅差で勝利した。これには米国トランプ政権によるゴラン高原の帰属をめぐるイスラエル支持表明も少なからず影響したものといえよう。さらにトランプ政権は投票日直前にイランの革命防衛隊をテロ組織に指定すると表明した。

だがイスラエルにとって2018年を通じて国家安全保障上の最大の脅威は、2011年末以来内戦状態におかれていた隣国シリアにおいてバッシャール・アサド大統領側がほぼ勝利を確実にし、その結果としてアサド体制側を一貫して支えてきたイランが、ゴラン高原を挟んだイスラエル国境の北側に革命防衛隊組織やヒズブッラーの軍事拠点を半永久的に維持する可能性が濃厚になったことであろう。それを象徴しているのが2月25日のバッシャール・アサド大統領による電撃的なイラン訪問であり、イスラエルにとってはトランプ大統領が期待していた展開とは全く別の意味で、イランとの軍事的な対峙を迫られている。  

こうした中でトランプ政権が2018年末にシリアおよびアフガニスタンからの兵力撤退の意向を発表した。これは国内向けには膨大な軍事支出を削減する効果があるとはいえ、米国の中東地域における影響力をさらに縮小させ、結果的に米国自身が望まない形での新たな政治的バランスを中東域内にもたらすことになるとの政権内部の懸念があり、ボルトン大統領補佐官の進言などによって早期の完全撤退の可能性はなくなっている。

まとめ

このような状況下で日本として選択可能な対中東政策はどのようなものだろうか。先ず中東の不安定要因を作り出しているトランプ政権の対イラン強硬政策からある程度の距離を置き、JCPOAの維持のために出来るだけの外交努力をすること。イランとサウジアラビアの関係改善のために必要ならば仲介役を任じること。そして中東各国の社会開発のための協力を惜しまないこと。以上であろう。

(すずき ひとし/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。