「一帯一路」構想の展開と日本の対応

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.123

大西 康雄

2019年4月24日発行

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  • 一帯一路構想の影響力は、大規模インフラの建設、自由貿易協定ネットワークの拡大、海外投資の増加と中国技術標準の浸透により着実に拡大している。
  • 他方、国際社会や援助受け入れ国との軋轢といった問題点も顕在化し、構想の見直しが進められている。
  • 2019年4月のハイレベル国際会議で示される構想見直しの結果は、日本の今後の対応を議論する上でも重要である。
「一帯一路」構想(以下、「構想」)が提起されてから5年が経過し、構想関連のプロジェクトが実現して成果を挙げると同時に、その問題点が国際的に様々に議論されている。中国自身、こうした議論を意識し、構想を見直そうとしている兆候がある。一方、日本政府は、安倍首相の訪中(2018年10月)時に「第三国における民間経済協力」を具現化すべく民間企業を主体とするフォーラムを開催し、52件、総額180億ドルともされる各種の協議書を締結した。以下は、こうした中国内外の新しい動向を踏まえた構想の現状分析と今後の展望である。
引き続き構想の影響力が拡大

構想の影響力は着実に拡大している。影響力拡大が見て取れる分野の第1は、大規模インフラの建設である。中国は、世界のコンテナ港湾40余に投資し、現在、それらを経由しているコンテナ輸送量は全世界総輸送量の7割近くに達している。また、中国自身が構想の代表例として挙げるパキスタンへの援助・投資は、コミットメントベースで620億ドルで、発電所、鉄道、道路、工業団地の建設を含み、完成すれば同国のインフラは面目を一新する規模を有する。

第2は、中国を軸とする自由貿易協定(FTA)ネットワークの拡大である。現況は、締結済み13カヵ国・地域、交渉中9カ国・地域、検討中6カ国で、交渉中のうち77つ、検討中のうち3つは構想「沿線国」(関係国)が相手である。

第3は、中国の海外直接投資の拡大である。2017年末累計額は1兆8090億ドルでアメリカに次ぐ世界第2位、同年フロー額1583億ドルでも世界第3位と、すでに投資大国の地位を占めている。なお、累計額の8.5%、フロー額の15.8%が構想「沿線国」向けである。

第4は、中国の技術標準の浸透である。浸透のルートは、鉄道レール幅(実例はケニア等)や都市管理システム(アフリカの複数国)等のインフラから、携帯電話規格(アフリカ、東南アジア、南アジア等)や携帯アプリ(東南アジア等)まで幅広い。このうちソフト規格の浸透は、ハード以上にその影響が大きく深いものになる可能性を秘めている。

問題点も顕在化

構想が進展する一方で、その問題点が顕在化してきていることも見ておく必要がある。第1に、構想に代表される中国の対外政策に対して国際的に広範な疑念が表明されていることである。疑念の内容は、(1)中国の対外援助の理念・方針に透明性が不足していること、(2)援助プロジェクトの実施に当たり、中国企業以外の参入が難しいなど公平性に欠けること、である。

第2に、構想関連の援助資金の受け入れ国において、債務超過問題や構想関連プロジェクトをめぐる社会的軋轢などの具体的問題が発生していることである。前者については、(1)中国が意図的に相手国に過大な債務を負わせたこと、(2)その上で債務の担保として相手国の主権を侵害していること、が批判されている。こうしたマイナス例として挙げられているのは、スリランカ、モルディブ、ラオス、ジブチなど小国が多いが、構想の重点国であるパキスタンも債務超過から国際通貨基金(IMF)の支援を要請した事実があり、要注意である。後者については、ラオスの高速鉄道建設において、用地取得をめぐり住民デモが発生したほか、モルディブでも中国が債務の担保に土地を占有しているとの批判が行われている。

上述したような構想に対する疑念がすべて当たっているとは言えないだろう。しかし、上記の諸国の例からもわかるように、中国が構想関連のプロジェクトを推進する際に、そのフィージビリティスタディに不備、ないし問題があったことは否めないといえよう。

進む構想の再評価・見直し

中国自身、国際社会からの疑念や批判を踏まえ、構想の今後の推進を見直そうとしている兆候がある。兆候の第1は、構想関連の重要会議における指導者の発言内容である。2018年8月の「一帯一路建設任務5周年座談会」で習近平国家主席は、構想が成果を挙げたとしつつ、構想が「中国クラブ」(排他的な枠組み)ではないことを強調した。また今後は、現地住民向け民生プロジェクトを実施するよう促し、進出した中国企業が投資・経営に関する法律を遵守すること、環境保護や社会的責任を果たすように求めた。同座談会後の記者会見で一帯一路建設指導グループ弁公室副主任は、より率直に、構想が少なからぬリスクに直面していること、特に一部の国に中国に対する疑念が存在していることに加え、中国企業が投資・経営面で困難に直面していることを認める発言をしている。また同年9月の中国アフリカ協力フォーラムでは、構想が透明性を欠くとの批判を意識して、2019~21年に提供するとした600億ドルの内容が明示された。無償援助・無利息借款・優遇借款が150億ドル、貸付限度額設定200億ドル、中国アフリカ開発金融特別基金支援100億ドルが4分の3を占め、援助の性格が強まった。  

第2は、国内のシンクタンク、大学等に対して一斉に構想の評価研究が指示されたことである(筆者ヒヤリングによる)。2018年に入ると、順次その成果が公刊されている。その分析手法を見ると、(1)政策・制度の交流、インフラ連結、貿易交流などを指数化したビッグデータによる総合評価、(2)各国のカントリー・リスク評価、(3)海外投資のケーススタディ、(4)海外投資園区の客観評価、等多岐にわたる。  

以上で見たように、中国が、政策レベルにおいても、民間投資レベルにおいても構想の見直しを進めていることは間違いない。そして、タイミング的には、これらの見直しは、第2回一帯一路国際ハイレベルフォーラムの開催(2019年4月下旬)準備の動きとみることができる。

今後の展望と日本の対応

冒頭に記したとおり、安倍首相訪中に際して企業・機関を集めた大規模交流会が開かれた。そこで締結された「協議書」「意向書」等のうち直ちに具体的プロジェクトに繋がるものは少ないが、それでも新エネルギー自動車関連での充電規格や水素ステーション建設での協力、東南アジアにおける液化天然ガスプラント建設協力などの有望なプロジェクトが含まれている。

最後に、構想の影響力が拡大している分野毎にあり得る日本の対応につき検討しておこう。(1)大規模インフラ建設の分野では、直接的参入は難しいが、建設受注の中国企業に対して設備や技術・ノウハウの提供等を行うことは可能である。また、(2)FTA分野においては、日本を含む多国間FTA(東アジア経済連携協定=RCEP等)の内容の高度化を促す形での関与が考えられる。さらに(3)直接投資分野では、日中両国企業の投資先は東南アジアなどで重なっており、提携のチャンスは多いと考えられる。ただし、(4)中国の技術標準への対応如何は、軽々には論じられない。中米経済摩擦が技術摩擦に発展しつつあり、日中協力の可否を超えた安全保障上の問題になっているためだ。加えて、情勢の予測は困難である。本格的議論は今後に残すしかないであろう。

2017年11月の第19回中国共産党大会において、一帯一路構想は改めて「全面的対外開放」の第一の柱とされた。本稿で論じたように、現在、その見直しが進められているが、構想はそれを踏まえ、継続して推進されるであろう。日本としても、その動向を注視する必要がある。

(おおにし やすお/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。