米中関税合戦の行方

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.122

2019年4月18日発行

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  • 2018年に勃発した「米中間の関税引き上げ合戦」。それはGDP規模で世界第一位と第二位の国による行動であり、当事者二か国だけでなく広範囲に影響を及ぼすと考えられる。
  • 米中の関税引き上げが当事国に及ぼす影響のほか、周辺各国は得をするのか、損をするのか?
  • そしてその後の行方はどう占われるのか?

米中関税合戦。「東アジア貿易リンクモデル」はこのような事態に対し、貿易を通じて当事国のみならず東南・南アジア等第三国への影響も含めた分析が可能となっている。

例えば米国が中国製品に課税し、中国から見ると米国向け輸出がしづらくなる状況というのは、他の競合国にとってはそこに入り込む隙ができることに映る。一方で大国同士の貿易の滞りは周辺国経済への悪影響として現れるかもしれない。こうした効果を総合的に把握するために必要なシナリオとその背景、分析結果の概要を示す。

米中の貿易構造

「関税合戦」というものの、両国の貿易の絶対量から見ると米国有利の構図は動きそうもない。両国の相互からの輸入構造を見てみよう。

図1.中国の輸入構造

図1.中国の輸入構造

(出所)国連Comtradeより作成

図2.米国の輸入構造

図2.米国の輸入構造

(出所)国連Comtradeより作成

2017年で見ると米国は総額2.4兆ドルのうち中国からの輸入が2割強であるのに対し、中国は総額1.8兆ドルのうち米国からは1割に満たない。これは米国の方が中国よりも相手国に対する関税措置の余地を大きく有していることを意味する。

さらに輸入財種シェアをみると、米国の中国からの輸入では最終財が7割弱と大半であるのに対し、中国は米国からの素材(2割弱)・中間財(4割強)と特に中間財の割合が高い(2017年)。仮に全財種に一律の高関税をかけあうとすると、この非対称性は中国にとっては「将来的な生産性の低下」につながりかねない。この点を見てもこの関税合戦が中長期的には中国側に不利であることを示唆している。

関税合戦の概要

このような中、2018年夏ごろに激化した関税合戦は、第1段階(7、8月)では両国ともほぼ同額の品目を対象として発動している(500億ドル)。しかし9月に入り米国が第2段階として2000億ドル分の品目に課税したのに対し、中国の報復関税は600億ドル分にとどまる。さらに現時点(2019.4.18)で未発動である分は米国が2700億ドル分程度あるのに対し中国は500億ドル分程度しかその余地がない。

分析にあたり~シナリオ~

モデルに与える条件は互いからの輸入シェアの大きい順に関税を徐々に引き上げる、という単純なものとする。第I~V段階(特に年や四半期を意味するものではない)として以下のシナリオで関税を上乗せ及び維持する。

表1.関税上乗せシナリオ(%)

表1.関税上乗せシナリオ(%)

分析結果~当事国とその他の国~

米国の輸出減は第III段階あたりで好転し、さらに輸入減もあるためGDPは上昇する一方で中国は輸出減が継続しGDPも下落する。

図3.米国の動向

図3.米国の動向

他の国への波及を見ても米国を除く多くの国で悪影響が計測される。中国は直接の当事国であり下げ幅が大きい。

図4.中国の動向

図4.中国の動向

東南アジアではインドネシアやタイが悪影響を受ける一方で、マレーシアは横ばいとなっている。これはその貿易構造による関税合戦からの「あおり」の受け方の差にかかっている。

図5.周辺国への影響(GDP)

図5.周辺国への影響(GDP)

(出所)表1、図3~5・筆者作成
まとめ

大まかな想定に基づく分析ではあるが米中関税合戦から受ける影響が各国の財種別貿易構造である程度分類されることが確認される。貿易面で一時的に得をする(米中の貿易減を埋め合わせる)と見られる国についても、全体的には関税合戦による停滞が引き起こす悪影響の方を強く受けてしまうことも併せて確認される。  

現時点(2019.4.18)で保留となっている「第3弾」も米国が持つ余地は中国に比べはるかに大きく、仮に米国の第3弾発動と対する中国の報復があっても実効面では中国側の利益は期待されないどころかさらに悪影響を受けるだろう。こうした事態がもたらす周辺国への悪影響をも考え合わせると、これ以上の関税合戦を繰り広げることで得られる利益はないといってよい。

(うえむら じんいち/開発研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。