2017年の中東地域 Middle East in 2017: A Political Overview

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.111

鈴木 均

2018年3月22日発行

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  • トランプ政権発足から1年、中東は幾つかの新たな不安定要因が加わった。
  • イラン・トルコ・サウジなど域内の主要各国はそれぞれ独自の論理で活路を模索しつつある。
  • 日本としてはこれらに注目するともに、潜在する長期的な問題群にも目を向ける必要がある。

米トランプ政権の1年目となった2017年は、中東地域にとって新たな不安定要因が加わった年でもある。現在中東政治は全体としてどのような方向に展開しようとしているのであろうか。これを2017年初めから2018年3月までにおけるこの地域の主要なイシューの幾つかを振り返ることで見ていくことにしよう。

顕在化している諸問題

まずイランでは5月の第12回大統領選挙でロウハーニー大統領が再選された。ロウハーニーは2015年7月に合意し12月に確認・実行段階に入った核合意(JCPOA)を受け、その確実な履行と制裁解除後の欧米を中心とする投資の拡大によるイラン経済の改善を国民に約束していたが、それは米国のトランプ政権の登場で半ば裏切られる形になっていた。再選後も対米関係で大きな変化が期待できない中で、特に若年層の現状に対する不満と将来に対する不安の鬱積が、12月28日以降の全国的な抗議デモに繋がった一因として考えられ、恐らく今後においてもイラン国内はある程度不安定な社会状況が続くことが懸念される。

次に注目すべきは、昨年12月の大統領宣言以来の米国のエルサレム首都承認問題である。その後パレスチナ側の猛反発が伝えられたにも拘らず、1月のペンス副大統領の中東歴訪時に米国大使館の2018年度中のエルサレム移転が表明され、さらに2月23日には大使館の移転予定が5月に前倒しされた。トランプ大統領はこの政策転換によって国内の支持基盤の強化を狙ったものと考えられるが、他方でイスラエルがサウジアラビアと連携してイランを包囲するシナリオは当面機能し難くなった。現在中東における日本の投資先はイスラエルとサウジアラビアに集中しつつあるが、リスク管理的には懸念が残るところである。

次に現在混迷を極めるシリア情勢をみると、2017年に入ってからロシアの主導で8回にわたるアスタナ和平会合が開かれたが、本年1月のソチでの国民対話会議には反政府側は不参加であった。その後ロシアと共同歩調を取っていたトルコはシリア領内のクルド地域への軍事的関与を強め、1月20日以降はクルド人民防衛部隊(YPG)排除を目的にシリア北西部のアフリーンで軍事行動に出た。一方イランの支援を受けたアサド政権側は2月18日以降ダマスカス近郊の東グータを攻略、市民に多数の死傷者を出しながら同地を制圧しつつある。さらにシリアではイランとイスラエルの軍事的な衝突の危険が高まっており、2月にはイランのドローン機がシリアからイスラエル領内に侵入、イスラエル側はこれを撃墜したもののF-16戦闘機が撃墜され、パイロット2名が重傷を負った。イスラエルはこれへの報復としてシリア領内のイラン軍事施設12カ所を空爆している。

2017年はアラブ各国とりわけGCC(Gulf Cooperation Council)構成国にとっても大きな転機の年となった。それを象徴するのがカタールを巡る動きであり、サウジアラビアとUEAのアブダビのほか、バーレーンやエジプトが相次いで同国との断交を発表した。この動きの背景には同国の親イラン的な外交政策や衛星テレビ局アルジャジーラの報道内容、ムスリム同胞団との関係などがあったとされるが、5月のイラン大統領選挙と同時期にトランプ大統領が中東歴訪を行った際のサウジ寄りの姿勢がこうした展開の引き金になった感は否めない。

そのサウジアラビアが現在直面している最も深刻な問題のひとつがイエメン情勢の深刻化である。イエメンでは「アラブの春」の時期にサーレハ大統領(1990年の南北イエメンの統一以来在任)を辞任に追い込み、民主化への期待が一時高まった。だがその後ハーディー暫定政権と敵対するフーシー派へのイランの支援を理由に2015年3月にサウジ主導による軍事介入がおこなわれた。だが世界保健機関によると2017年8月には国内でコレラが蔓延して深刻な人道危機になっており、こうした中12月4日にはサウジが仲介役を期待したサーレハ元大統領をフーシー派が首都サヌアの郊外で殺害した。その後サウジ側による報復攻撃が行われたが国内は武装勢力の割拠による四分五裂の状態にあるといわれ、近い将来に和平が実現する見通しは全く立っていない。

内向化する危機

以上のように今後も折々にメディアの注目を集めるであろう主要な諸問題とは別に、中東地域には長期的に潜在している地域共通の問題群が存在している。ここではその幾つかについて現状を俯瞰しておくことにしよう。

2017年9月25日にイラクのクルディスターン地域で史上初となる住民投票が実施されたが、周辺関係国をはじめ国際的な支持を得られなかったこともあってクルド地域の独立に向けた動きは頓挫した感がある。だがその後潜在化しているとはいえ、クルド問題がこの地域の政治的動向に与える影響の大きさは引き続き無視できぬものがあり、例えば2018年5月に予定されているイラクの国民議会選挙の動向はひとつの注目点となるであろう。

世界的な気候変動と地球温暖化の影響は西暦2000年頃から中東各地における環境問題・水問題および砂漠化を深刻化させるに十分なものであった。イランを例に取れば、全国各都市・農村部における人口の長期的な増大と近年の砂漠化を背景に、農業用水・生活用水を含む水不足の問題は近年とみに深刻化している。筆者が継続的に調査を行っているイラン高原中央部の農村都市ヴァルザネも例外ではない。この町はイラン第三の都市であるエスファハーンを歴史的に成立させてきたザーヤンデルード川の最末端に位置するが、1万2000人の人口の多くは農業に従事しているだけに水不足の生活に与える影響は深刻である。2018年はとりわけ同河川の水量の不足が心配されており、同市における3月の騒擾(警察との衝突で数十人が負傷)もこうした不安の中で発生したもので、砂漠化に対する抜本的な対策が各国で早急に取られなければならない。米国によるイランへの厳しい制裁が続く中、環境問題や水問題、都市問題は日本なども比較的進出しやすい領域であり、今後とも注目していくべき分野であろうと考えられる。

さてJCPOAによる制裁の解除を米国トランプ政権が拒絶している中、イランとして今後4年間に米国との関係が劇的に転換する可能性は限りなくゼロに近い。こうした現状認識のもとイランは国内開発のパートナーを広くアジアに求めたものと思われ、インドの投資を呼び込んでのチャーバハール港の開発が緒についている。  

他方でサウジアラビアは開発の中心軸をペルシャ湾側から紅海側にシフトする動きが顕著であり、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導する大規模開発プロジェクトの目玉になっている。現在のサウジアラビアの動きは、1990年代以降の長期的な中東秩序の再編の中で既存の経済的地位をどう維持していくかという深刻な課題への彼らなりの挑戦という側面がある。2015年頃からのイランとサウジアラビアの両国関係の緊張を、サウジアラビアの大多数がイスラーム教のスンナ派であるのに対してイランがシーア派を奉じる国であるという宗派的な相違から説明する試みがよくなされる。だがこうした観点からの説明は便利ではあるものの政治的な背景の説明として限界も大きいという事は改めて言うまでもない。

まとめ

中東域内の主要各国はそれぞれに独自の域内の論理で活路を模索しつつある。エルドアンが主導するトルコは安全保障上の最優先課題であるシリア領クルド地域でアメリカと距離を取りつつシリア和平交渉ではロシアとの連携を模索してきた。イランは米国トランプ政権との関係で経済関係の強化に踏み出せない欧米・日本との関係よりも当面アジア外交を重視、インドの投資を呼び込んでチャーバハール開発に踏み出そうとしている。イスラエルにおける中国・インド等アジア諸国との経済・外交関係の重視もこれと同様の文脈で位置づけうるのかも知れない。サウジアラビアがトランプ政権の不安定な中東政策にどこまでついて行くか、地域内的なパワーバランスの論理にいつ復帰するのかは今後の注目点の一つとなるだろう。

(すずき ひとし/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。