「一帯一路」構想の経済的成果と課題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.110

大西 康雄

2018年3月22日発行

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  • 「一帯一路」構想は、「建設段階」に入り、陸海の輸送ルート整備やAIIBなどによる資金供給、工業団地による産業集積創出等の成果を上げている。
  • 一方で中国とホスト国の思惑の食い違いや、構想と既存の多国間協力枠組みをどう調整するのかといった課題も明らかになってきた。
  • 構想に対する日本政府の姿勢は積極化しており、今後は企業レベルでの提携も増加しよう。

中国では、2017年5月に北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」以後、「一帯一路」構想(以下、構想)は「建設段階に入った」とされている。一方、日本では、17年後半に日本政府の構想に対するスタンスに変化が見られ、各界においても構想への関心が高まってきている。「『一帯一路』と中国経済への影響評価」研究会では、経済的観点から構想実施の現状を把握すると同時に、明らかになってきた課題について分析した。

構想実施の現状

頭記したサミット後の構想実施の現状を見る場合のポイントの第1は、経済協力の基礎としてFTA(自由貿易協定)締結が重視されていることである。FTA網構築の動きは加速しており、今後中国が主唱するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの多国間FTAにもつながるとみられる。第2は、中国が従来から展開してきた経済協力の枠組みを保持しつつ構想を推進しようとしていることである。中国の経済協力はOECD諸国のODAとは異なる。資金提供において国家財政からの援助資金部分は小さく、「対外経済合作」(プロジェクトの建設請負、労務提供、設計コンサルティングを主内容とする)カテゴリーが大部分を占める。事実上のタイド方式で中国企業が受注し、中国政府が提供する優遇借款等を使って実施される。第3は、AIIB(アジアインフラ投資銀行)など、新規の融資ルートが果たす役割である。当初、同銀行は、WB(世界銀行)、ADB(アジア開発銀行)等従来の国際金融機関と対抗して中国外交を側面から支える動きをとるのではないか、との懸念もあったが、実際の融資案件では、既存金融機関との協調融資が多く、そうした懸念は当たらなかったようだ。第4は、政府が関わる領域以外で活発な商行為が展開されていることである。研究会メンバーの現地調査や日本貿易振興機構海外事務所による構想関連プロジェクト実態調査によれば、多数の中国民間企業が、政府の特段の支援のないまま海外進出している。

構想実施の成果

次に、構想実施がもたらした成果を見ておこう。第1は、輸送インフラの整備に伴い中国と関係国間の輸送効率が向上したことだ。中国=欧州直通貨物列車を例にとると、発着回数の急増や輸送時間の短縮によって輸送コストが低減している。2017年には往復2800列車で25万TEU(標準コンテナ)が輸送された。海上輸送はさらに先行している。すでに全世界の10大コンテナ港のうち6港が中国大陸部と香港に位置するが、これらと欧州・中東・アフリカを結ぶ航路上において中国の港湾投資が実施されてきた。イギリスの研究機関とFinancial Timesの共同研究によると、2010年以来、中国企業・香港企業が関与し、あるいは関与を公表している港湾プロジェクトは少なくとも40あり、総投資額は456億ドル。全世界の海上コンテナ輸送の67%が、中国が所有ないし出資している港湾を経由していると見られる。第2には、国際金融機関の創設でインフラ建設の資金手当てが拡大したことである。AIIB(資金規模1000億ドル見込み)のほか、新開発銀行(同500億ドル、2022年には1000億ドル)、中国独自の基金であるシルクロード基金(同553億ドル)を合計すると、WB(同2830億ドル)、ADB(1635億ドル)に比肩する。第3は、新たな産業集積の創出である。この効果は第1の輸送効率向上によってももたらされ得るが、現段階では、新規輸送・物流ルート上にはこうした集積はまだ観察されず、中国版工業団地である「域外経済貿易合作区」で起きている。商務部の統計によると同区は2016年末時点で36カ国・77カ所あり、約242億ドルの投資を吸収している。うち構想関係国では20カ国、56カ所に企業1082社により約186億ドルが投資されている。第4は、自由貿易試験区措置との統合運用による効果である。16年9月から構想の中国=欧州直通列車のチャイナランドブリッジ起点都市のうち5つ(鄭州、西安、武漢、重慶、成都)と大連、舟山に自由貿易試験区が設立され、内外企業は試験区の規制緩和措置と構想のメリットを同時に享受できる。こうして構想対象地域内の経済関係が深化拡大し人民元の流通が増大すれば、人民元通貨圏の基礎となろう。

明らかになってきた課題

次に、構想実施の中で明らかになってきた課題を見ておく。第1は、中国と関係国の思惑の食い違いである。全体として構想関連プロジェクトは外交政策との関連性が強く、外交関係によって両者の思惑が食い違うことは避けがたい。第2は、既存の多国間枠組みとの関係調整である。たとえば、中央アジアにはロシアが構築してきた経済上、安全保障上の多国間機構が存在する。前者の代表はEAEU(ユーラシア経済連合;ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギス。候補国タジキスタン)、後者の代表はCSTO(集団安全保障条約機構;ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)である。中国はロシアを含むSCO(上海協力機構;ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン)を重視してきたが、構想はその範囲を超えている。各機構の加盟国、特にロシアとの関係調整が必要である。第3は、第2と関連するが、構想で二国間、多国間に跨るプロジェクトを実施する場合の調整機構が不在であることだ。中国自身、こうした課題を自覚し、外交努力を開始している。たとえば、習国家主席がロシアを訪問した際(2017年7月)の共同声明において、「一帯一路とユーラシア経済連合との連携」が謳われた 。ただし、連携の実現には年数を要する。改めて中国の外交力が問われよう。

構想の日本への示唆

構想に対して、どちらかというと否定的だった日本政府の姿勢は転換した。2017年12月、内閣府、外務、財務、経産、国交の各省庁が、日中経済協会の会議席上で共同説明の場を設け、構想を念頭に「第三国における日中民間経済協力」推進という方針を表明した。例示としては、①省エネ・環境協力、②産業高度化、③アジア・欧州横断での物流活用、等が挙げられた。①については、日中経済協会など複数のルートの活用が可能である。②については、たとえばタイの東部経済回廊などの工業団地近代化への協力、発電・産業近代化に日本が高効率ガス・石炭火力発電技術を提供することが想定できる。③については、前述した中国=欧州直通貨物列車ルートの利用が考えられ、これは既に複数の日系物流企業が構想し、顧客に提案できる段階になっている。いずれも実現可能性が高く、今後は企業レベルの協力・提携が進むものと思われる。

今後の展望

構想は自由貿易試験区と並んで、中国の対外経済政策の重要な二本柱を形成しており、第2期の政権基盤を固めた習近平政権により、中長期的に継続されると予想できる。その実施によって関係国間の貿易・投資が増加し、次第に中国を中心とする経済圏(人民元圏)が形成されていく可能性が強い。アメリカのTPP離脱宣言など、国際経済環境の先行きは不透明さを増しているが、中国による経済圏形成の動きは継続しよう。日本としても、それを前提として対中国経済政策のみならず、構想関係国への政策を構築していく必要がある。

(おおにし やすお/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。