クルドに対する軍事行動をなぜ止められないか

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.103

勝又 郁子

2018年2月22日発行

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  • イラクでクルドの独立を問う住民投票に端を発した軍事作戦が遂行され、シリアではトルコによる対クルド軍事作戦が続く。
  • 当事国だけでなく国際社会はポスト「イスラム国」における利害が相反するため、クルドに対する軍事行動を止める仲介者としての役目を果たせずにいる。
イラクの対クルド軍事行動

イラク連邦政府の強い反対を押し切って2017年9月25日に行われたクルド独立を問う住民投票から3週間後、イラク軍と、シーア派中心の人民動員部隊がクルディスタン地域政府(KRG=連邦区に相当)の支配下にあったキルクークを制圧した。キルクークはKRGか連邦政府のどちらに帰属するかが決まっていない係争地だ。係争地のほとんどがKRGの地域防衛軍ペシュメルガによって「イスラム国(IS)」から解放されたあと、クルドの支配下に入っていた。

クルドの内部対立がこのタイミングで噴出し、ペシュメルガは一部を除いて戦わずに撤退した。イラク軍・人民動員部隊はさらにトルコ国境地帯にまで進軍した。住民投票の白紙撤回を求める連邦政府はクルディスタン地域への国際便の就航を停止させるなどの制裁措置を講じた。軍事作戦もその一環だ。厳しい経済環境と国際社会からの孤立、トルコとイランからの圧力など四面楚歌だったクルドにとって、軍事作戦は白旗を上げるひと押しとなった。10月24日、KRGは住民投票の結果を「凍結」した。

なぜイラク連邦政府は軍事力に訴えたのか

すでに信頼関係の修復は困難な状況が続いていた。それにしても、連邦政府が軍事力に訴えたことで、クルドと国家との関係はイラク戦争後の「連邦制への自主的な参加」から「軍事力による強いられた従属」に変質した。問題は、それを承知の上でアバーディ首相が軍事行動に踏み切った理由だ。

首相は作戦の数日前まで軍事力の行使を否定していた。指摘されるのは、人民動員部隊を通じて軍事的な影響力を強めたイランの存在だ。人民動員部隊の‘軍事顧問’であるイラン革命防衛隊クドゥス部隊のソレイマニ司令官が対クルド作戦の指揮をとったといわれた。制圧されたキルクーク市に革命防衛隊の事務所が設置されたと報道されている。

米軍が事前に作戦を知らなかったはずはない。米国はクルド独立がこの地域の混乱を招くことを懸念していた。同時に、2018年の総選挙でイランに極めて近いマーリキ前首相の返り咲きを防ぐ必要からアバーディ首相を支援したというのが大方の見方だ。ISに対する勝利を宣言し、クルド独立を阻んで国の統一を守ったとなれば、首相への評価は高まる。すべては選挙前に決行されなければならなかった。

今後は5月の総選挙を睨んだ動きが過熱する。石油・ガスの輸出や関連プロジェクト、復興計画など、その多くに米国、サウジアラビア、トルコ、イランの相反する利害が絡む。軍事的には人民防衛隊の処遇が焦点だ。

アサド軍とSDFの衝突が増加

シリアでは、2017年10月、ISが「首都」としていたラッカが解放された。ラッカ包囲のための準備作戦は前年11月から始まり、クルドの人民防衛隊(YPG)が主軸をなすシリア民主軍(SDF)と米軍中心の有志国軍が作戦を進めた。この間もトルコは一貫してYPGと有志国軍とのパートナーシップを批判している。

アサド政権はクルドが主導する「北シリア民主連邦」を認めないが、YPGやSDFとの大規模な交戦は避けてきた。たとえば2016年12月に政権軍がアレッポ市の東を支配していた反体制派を一掃した際もクルドが支配する一画は作戦の対象となっていない。また、クルドが自治を行っているカミシリには今でもシリアの治安部隊が駐留している。

ところが昨年来のラッカ解放作戦やデール・ズール解放作戦ではシリア軍と親政権軍が空爆も含めてSDFを攻撃し、有志国軍とSDFが反撃する事態がたびたび起きている。

これまで棲み分けてきたようにみえるアサド政権とクルドの衝突が増えているのは、両者の支配地域が拡大し、勢力範囲が隣接するようになったためだ。米軍が支援するSDFの勢力伸長を嫌うイランが、政権軍や親政権勢力にSDFを攻撃するよう圧力をかけているという指摘もある。ロシアのラブロフ外相は、米国が「ユーフラテスの東岸からイラクの国境まで、シリアの広範な地域に準国家のようなものを創ろうとしているようだ」と批判している。

トルコによる「ユーフラテスの盾」とオリーブの枝」作戦

トルコは恒常的にイラクとシリアのPKKおよびYPGを攻撃している。そのうち、シリア北部のYPGに対する大きな作戦は、2016年8月から7カ月以上にわたって行われた「ユーフラテスの盾」作戦と2018年1月に始まった「オリーブの枝」作戦だ。「ユーフラテスの盾」作戦は、PYDを中心としたクルドが自治を行っているアフリーンの東からユーフラテス川西岸までおよそ100キロにわたる国境地帯からISとYPGを一掃することを目的とした。

「ユーフラテスの盾」作戦を遂行するにあたってトルコのエルドアン大統領は、その前年のトルコ軍によるロシア軍機撃墜で関係が悪化していたロシアに謝罪した。関係が修復されたことが「ユーフラテスの盾」の実施とアスタナ会議につながっていく。

「オリーブの枝」作戦はもっぱらYPGを標的としていた。作戦の対象地域であるアフリーンの制空権をロシアが握っており、作戦についてロシアが了解しているのは明らかだ。トルコによる空爆と特殊部隊、親トルコ勢力による攻撃は、アフリーンからさらにSDFが支配するマンビジュ制圧までを視野に入れている。

マンビジュには米軍が駐留している。トルコは2月中旬、米国に対して、ユーフラテス川西岸からYPGを一掃した後、米軍と共同でマンビジュの治安維持にあたることを提案したと伝えられた。トルコとこれ以上関係を悪化させたくない米国の立場は苦しい。

唯一、「オリーブの枝」作戦でクルドを支援しているのは、デール・ズールでは衝突しているアサド政権だ。アサド政権が支配する細い回廊を通じてYPGは援軍や物資をアフリーンに運んでいる。2月下旬には親アサドの支援部隊がアフリーンに入った。

だが、YPGに近いメディアは「オリーブの枝」作戦の直前、ロシアがクルドに対してアフリーンを政権側に引き渡すよう提案したと伝えている。ロシアを後ろ盾とするアサド政権とクルドの共闘は一時的だ。

クルドにとって重要なのはアフリーンであって、ラッカでもデール・ズールでもない。にもかかわらずクルドがデール・ズールの前線にまで兵士を送っているのは、米軍との関係が彼らの命綱でもあるからだろう。

YPG/SDFが展開する地域(2018年4月初め)(緑の地域)

地図:YPG/SDFが展開する地域(2018年4月初め)(緑の地域)

*アフリーン一帯もPYD主導による自治が行われていたが、2018年1月から3月にかけて行われた「オリーブの枝」作戦によってトルコ軍および親トルコ勢力が支配下においた。(白地図専門店(http://www.freemap.jp/)よりダウンロードした地図をもとに筆者作成)

利害関係のない仲介役を

クルドがポストISに求めたのは地域の新しい秩序――イラクではクルドの独立、シリアでは民主連邦という名の自治的ネットワーク――だ。オスマン帝国崩壊後につくられた秩序への挑戦でもある。イラクにおいてはその挑戦はねじ伏せられた。

シリアの現状は、米、ロシア、トルコ、イランがそれぞれの支配地域を調整しているようにみえる。だから和平交渉も進まず、「オリーブの枝」作戦を止める力学が働かない。今年1月の時点でシリアのおよそ25%に兵力を展開させていたSDF/YPGがトルコの反対によって和平会議から除外されたままだ。国際社会はシリア全土に停戦を広げるという本来の目的に立ちもどるべきだ。そのために必要なのは利害関係に絡まない国の仲介手腕だろう。

(かつまた いくこ/ジャーナリスト)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。