ダウェイ開発再考:道路、国境ゲート、平和

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.95

工藤 年博

2017年3月31日発行

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  • 開発パッケージを見直し、政府が公共事業として整備する基礎インフラと民間部門が建設する工業団地、産業開発の仕分けが必要。そのための広域マスタープランの策定を。
  • ダウェイとタイとの国境を結ぶ道路整備が、地域経済を活性化する。人の移動や農水産物の輸出入に必要な国境措置の自由化や管理体制の改善を含む「国境ゲート」の整備が、道路の経済効果をいっそう高める。
  • こうした努力で「経済発展」と「平和」の好循環を生むことが、ダウェイ開発の鍵である。

ミャンマー政府はダウェイに2万ヘクタールの経済特区(SEZ)を設置し、これを高速道路で国境を越えてタイのバンコク及び東部臨海地域につなぐ計画を持っている。また、SEZに隣接してミャンマー初の深海港を建設し、重化学工業の集積地を形成する構想もある。

2008年にタイのイタリアン・タイ・ディベロップメント社(Italian-Thai Development、以下ITD)が、ミャンマー政府から開発権を取得し建設に着手した。その後、ITDは開発を進めたが、開発計画が民間企業1社で実施するにはあまりに規模が大きかったことから、徐々に資金調達難に陥っていった。その結果、2013年11月に開発枠組みが見直された。2015年にはミャンマー、タイ、日本の間でダウェイSEZ開発協力に関する意図表明覚書(MOI)が署名された。現在、ITD社連合が当初計画をスケールダウンした、初期開発事業を再開したところである。

開発パッケージの仕分けを

ダウェイ開発プロジェクトにはSEZに加えて、深海港・道路・電力・水資源の開発などがパッケージとして含まれている。当時のミャンマー軍政が、この大きくて複雑なプロジェクトをタイの建設会社であるITD一社に任せたのがそもそも無理であったというべきであろう。

開発パッケージの中身を見直し、政府が公共事業として整備するインフラと、民間がビジネスとして実施するプロジェクトとの仕分けが必要である。SEZ内のインフラや産業開発は民間が実施するにしても、深海港、道路、電力、水資源などはミャンマー政府が責任をもって整備する必要がある。関連インフラをどのようなスペックで、どのような順番で進めるか、どのように地元経済に貢献するのかを決めるには、きちんとした調査に基づく広域のマスタープランの作成が不可欠である。

以下、そうした調査がなされていない状況下ではあるが、筆者の2016年12月の現地視察を基に、ダウェイ開発の三つの課題を指摘したい。

「道路」と「国境ゲート」の整備を

第一に、ダウェイとタイ国境をつなぐ道路整備の重要性である。ITDは2013年にSEZ建設に必要な機材を運ぶアクセス道路として、ダウェイ=プーナムロン間を開通させた。整備状況がよいとはいえない道路ではあるが、この道路はすでに人々の交流を活発にし、地元経済を活性化している。今回、私はこのアクセス道路を走ってみて、その効果を実感した。

地図

私が乗った車の運転手の例を挙げよう。彼はダウェイ出身、44歳で、奥さんと息子の5人家族である。高校卒業後、建設業に従事していたが、2013年にITDによってこのアクセス道路が開通すると中古のピックアップ・トラックを1台購入し、輸送業を始めた。料金はダウェイ=プーナムロン片道で2万チャット(約1800円)である。私が乗ったハイラックスでは、荷台を含めて20人乗ることもあるという!!片道で40万チャット(約3万6000円)の売上になる。彼は現在3台の車を所有し、2台はドライバーを雇って運行させている。この道路ができたことで、彼の家族の生活は格段によくなった。現在10年生卒業試験(=大学入学試験)を目前にしている長男には、3人の家庭教師をつけ、ヤンゴン工科大学へ送り出したいと希望している。3階建ての家も新築中である。

沿道にはバナナやとうもろこし、サトウキビなどの農園が増えている。これらの農作物はダウェイへ持っていきミャンマー国内で売る他に、タイへの輸出も始まっている。農民は市場アクセスを得たことで、商品作物の生産を始めたのである。ダウェイで面談した商工会議所の幹部も、ラバー、カシューナッツ、ビートル・ナッツ、パイナップル、海鮮物、鉱物など地元の資源を活かした開発を望んでいた。

ダウェイには美しい海とビーチという観光資源もある。ここ数年でダウェイにはこぢんまりとした、しかし清潔なホテルがいくつも建った。タイ側のカンチャナブリには多くの観光客が「戦場に架ける橋」や豊かな自然(山・森林)を目当てに国内外から訪れる。その一部が海を求めてダウェイやマウンマガン・ビーチまで足を伸ばし始めている。現在、タイ人はプーナムロンの国境ゲートから、ビザなしで7日間、ダウェイまでの旅行が許されている。アクセス道路が改善し、外国人に対するビザ規制が緩和され、かつ入国管理の設備やサービスが改善すれば、ダウェイにはもっと多くの観光客が訪れるだろう。人の移動や農水産物の輸出入の促進に必要な、国境措置の自由化や管理制度の改善を本稿では「国境ゲート」整備と総称することにしよう。これが第二の課題である。

平和なくして発展なし

しかし、アクセス道路と国境ゲートの整備がもたらす、地域経済の発展を妨げる大きな課題が残っている。それは少数民族武装組織カレン民族同盟(Karen National Union:KNU)との「平和」の実現である。これが第三の、しかし最大の課題である。KNUは2012年に国軍と停戦合意を結び、2015年には全国停戦合意に署名した。それ以降大規模な戦闘は起きていないが、この地域の一部は今でもKNUの影響下にある。

そして、KNUは銃を盾に通行料を取っている。基本は乗客1人当たり100バーツ(あるいは4000チャット、約350円)である。私の運転手は「銃を持っているKNUにお金を払わないわけにはいかない」と諦め顔であった。「(スーチー政権が誕生し)上は変わっても、下は同じである。時代は変わっていないのだ」と。

翌日、私はタイ側で面談したあるKNUの幹部に、ITDが整備した道路の通行料を徴収する根拠を訪ねた。彼は「払いたくないのであれば、道路を使わなければよい」と本気で怒った。道路がよくなって交通量が増えれば、掛け金はさらに高くなる。私の運転手は「(それでも支払いを拒否したら)地雷を爆発させるにちがいない」とも言った。KNUは外国人が乗っているとみると、高額な通行料を要求することもあるようである。KNUだけではない。私はドライバーがミャンマー警察に1000チャット(約90円)を支払うところも見た。警察が要求したわけではないが、払わないと「都合が悪い」という。KNUは自らの生き残りのためにも、通行料を取り続けるだろう。支払いを拒否したら地雷を埋められるような道路を使ってモノを運ぶSEZに、外国企業が大規模な投資をするだろうか。

まとめ

アウンサンスーチー氏は「平和なくして、経済発展なし」といった。私は「経済発展なくして、平和なし」と考えていた。ダウェイのアクセス道路を走り、これは鶏と卵の問題であると気づいた。平和を実現しつつ、その経済的配当をKNU幹部のみならず、広く地域住民にも享受してもらう。それが平和を強化し、経済がさらに成長する、それが平和をさらに強化する。よい仕事を得、自動車を得、家を得、子息を大学へ通わせる地元民がKNUに参加し、銃を取ることはないだろう。 そして、この好循環を生む一つのきっかけとなり得るのが、道路と関連制度の整備である。その実現の機は熟している。

(くどう としひろ/政策研究大学院大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。