インド洋のコネクティビティ(連結性)とスリランカ

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.94

伊豆山 真理

2017年4月3日発行

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  • 中国の港湾開発はスリランカの負担増となっている側面もある。統合的な開発政策を提示することが必要。
  • 港湾インフラ開発、海上安全能力の向上、米印と連携した海軍・海上自衛隊の関係強化をセットで考えることが重要。

インドは2016年6.6%の成長率を維持し〔IMF, World Economic Outlook, January 2017〕、アジアの経済成長をけん引している。日本の経済成長にとって、インドを含む南アジア地域とASEAN地域との「連結性」は、重要なテーマとなっている。しかし、インド、南アジアを中心に置いてみると、「連結性」は、経済戦略にとどまらず地政学的な意味合いを強く持つ。2013年に中国が独自の「連結性」推進構想、すなわち「一帯一路」を打ち上げ、これを推進しているからである。特に、インド近隣諸国における中国の港湾開発投資は、インドの安全保障上の懸念を呼び起こし、またその結果受け入れ国は、中国とインドとの間のバランス外交を強いられている。そのようなケースの代表として、本稿ではスリランカを見る。

スリランカは、2009年6月の内戦終結後も国際社会から孤立する中、外交的にも経済的にも中国への依存を強めていく。2012年に中国の対スリランカ直接投資はインドを抜き、2013年以降中国は最大の投資国となっている。貿易関係も、スリランカの対インド貿易額が2005年から2014年の10年間に92%増であるのに対して、対中国貿易額は444%増であり、対中貿易は対インド貿易に並ぶ勢いを示している〔ジェトロ 『世界貿易投資報告』各年版; IMF, Direction of Trade Statistics Yearbook, various years〕。

スリランカは2013年、中国との間で戦略的パートナーシップ関係を構築し、2014年5月に訪中したラジャパクサ大統領は、海のシルクロード構想に積極的に参加したいとの希望を表明している。ラジャパクサ政権は、これに先立つ2010年に発表した「開発ビジョン」の中で、スリランカがその戦略的位置を生かして東西を結ぶ海路、空路、通商、エネルギーそして知的基盤のハブとなって、現代のシルクロードの真珠として復権するという決意を述べていた。2014年9月、中国の国家主席としては28年ぶりにスリランカを訪問した習近平国家主席は、海のシルクロード構想の中心にスリランカを位置付ける姿勢を明確にした。習近平国家主席は、中国が開発したコロンボ南コンテナ・ターミナルを視察した後、コロンボ・ポート・シティの起工式に参加した。コロンボ・ポート・シティは、コロンボ沖に2.76平方マイルの埋め立て地を造成してパイプラインや工場を建設し、ビジネス・センターとしてのコロンボを拡張させることを企図していた。中国が14億ドルの融資を行い、中国後湾工程(China Communication Construction Co Ltd)が工事を請け負うことになっていた〔中国外交部2014年9月17日, Daily Mail, September 16, 2014〕。

中国による港湾開発の負の側面?

しかし、スリランカにおける中国の港湾インフラ投資には、軍事的意図が存在するのではないかとの疑念を抱かせる事象が発生している。2014年9月と11月の2回、中国の潜水艦がコロンボ南コンテナ・ターミナルに寄港した。この港は、中国商船株式会社(国際)によって管理運営されていた〔Abhijit Singh, PacNet, 7, January 26, 2015〕。インド政府は、潜水艦寄港に関してスリランカに対して厳しく反応した〔Times of India, November 3, 2014〕。この一件を受け、軍事専門家の間で以前から注目を集める南部ハンバントタ港の開発にも疑念が向けられた。ハンバントタ港は、2010年11月に第1期工事、2014年に2期工事が終了しており、第3期工事が完了すれば、600メートルのバースと310メートルの燃料補給用バースを備えた南アジア最大の深水港となる〔Magampura Portパンフレット〕。しかしながら筆者らが現地を調査したところ、港は閑散としており、港湾調査庁の説明によれば、入港する船の隻数は月に25~30程度とのことであった。コロンボから高速道路が直結していないため、車での所要時間は5時間を超え、このアクセスの悪さが致命的と言える。

利用が伸びない中で、中国の資金融資に対して2012年以降、年間17億~20億ルピーの利息負担が発生していると報じられている〔Daily Mirror, August 26, 2013〕。債務軽減策として2016年12月、スリランカ政府は、持ち株の80%を香港の会社(China Merchants Port Holdings Company) に11.2億ドルで譲渡するとともに、この会社にハンバントタ一帯の土地の99年間の賃貸権を与えた。商業的価値が低いために、今後ハンバントタの利用にはさまざまな可能性があり得る。ただし政府は外国の基地利用を認めないと宣言している。

スリランカの海洋戦略はどこに向かうか?

スリランカの戦略的位置をめぐってインドと中国がせめぎあいを繰り広げる中で、スリランカ自身の海洋戦略はどこへ向かっているのか。スリランカ海軍は、沿岸警備と反政府武装組織タミル・イーラム解放の虎(LTTE)に対する内乱対処を中心任務としてきた小さな海軍であるが、内戦終結以後外向きになりつつあり、インド海軍や域外諸国海軍との交流機会も増えている。伝統的任務である北部海域での違法漁業及び密輸・密航の取締り任務を、2010年に設立した沿岸警備隊に徐々に移行し、まずはEEZの安全まで任務を拡大しようとしている。スリランカ海軍の転換を示す動きの1つとして、2010年から海軍が主催する「ゴール・ダイアローグ」を見る。2016年11月に開催された第7回ダイアローグには、米太平洋軍司令官、インド海軍参謀長、中国海軍参謀長補佐を含む、42か国の代表が参加した。このダイアローグには、インド洋における開かれた安全保障アーキテクチャにおいて、スリランカが中心的役割を果たすという意欲が示されている。2015年ダイアローグでウィクラマシンハ首相が演説したとおり、「航行の自由」の確保のために、全ての利害関係者(ステークス・ホルダー)が会する「非排他的な」討議の場を提供することを自負する。ウィクラマシンハ首相は、他の諸国と共にマラッカに至る範囲の「航行の自由確保の責任を果たす」こと、そのために小さな海軍政策を見直し、海軍能力を向上させること、を明確に述べている。また、「スリランカの港は全ての商船に開かれており、外国の海軍基地が置かれることはない」と明言して、ハンバントタに対する諸国の懸念の払しょくに努めている。

こうしたスリランカのイニシアティブを米国は歓迎している。ハリス太平洋軍司令官は、「ルールに則ったグローバルなシステム」を堅持するために、有志によるパートナーシップを拡大すべきと述べ、スリランカの貢献を評価している。米国、スリランカ両国海軍間では、2015年にチャンドリカ・クマラトゥンガ政権時代以来の共同訓練を再開したのを初め、トリンコマリー港における機雷除去訓練、第7艦隊ブルーリッジのコロンボ訪問と、交流を活発化させている。2016年11月には、設立されたばかりのスリランカ海兵隊に対して米海兵隊第11海兵遠征部隊が訓練を行っており、これは、両国海軍間の信頼関係が相当程度構築されていることを示している〔米太平洋軍ウェブ、スリランカ海軍ウェブ〕。

まとめ

スリランカは、自らの地理的特性を生かして、海上輸送、ビジネスのハブとなろうとしているだけでなく、「ゴール・ダイアローグ」に見られるように、海洋安全保障上のハブになることとをセットで考えている。海上輸送のハブとなるために港湾開発が急務であるが、支援する側にはハンバントタを反面教師として、適正な貸し付けや統合的な開発政策の提示が必要となろう。また、経済面での中国の影響力拡大にもかかわらず、安全保障面では、2010年以降インド、米国と価値観の共有が進んでいるように見える。今後、港湾インフラ開発、海上安全能力の向上、米印と連携した海上自衛隊・海軍の関係強化とをセットで考えることが重要となってくるかもしれない。

(いずやま まり 防衛省防衛研究所政策研究部グローバル安全保障研究室長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。