インド道路網整備の現状と課題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.93

小田尚也

2017年3月31日発行

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  • 陸上輸送で道路は旅客の86%、貨物の65%を担う経済発展に不可欠なインフラである。
  • 急増する人の移動・物流に対応するために主要幹線となる国道の整備は喫緊の課題である。
  • 財政制約の中、道路整備を含むインフラ投資の半分以上は民間資本に依存する。

人の移動を促進し、スムーズな物流を可能とする道路網の整備は国家や地域の経済発展に欠かすことのできない重要なインフラストラクチャーである。インドでは経済発展のスピードに対して、インフラ整備の遅れが指摘されている。国際協力銀行が行う企業調査『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告』で、インドは3年連続して(2014年~2016年)、最も有望な進出先に選ばれているが、進出への最大のボトルネックはインフラの未整備であると半数以上の企業が回答している。このような不十分なインフラは今後のインドの持続的経済成長への足かせとなる懸念がある。人の移動、物流の増加、またモータリゼーションの進展により、陸上運輸への需要はますます増加しており道路網の充実が急がれるところである。本節ではインドの道路網整備の現状と課題を概観する。

道路整備の現状

インドの道路総延長は523万kmであり(2015年3月末時点)、世界第2位の規模の道路網を有する国である。国内陸上輸送では旅客の86%、貨物の65%は道路を使った移動であり、道路は人の移動、物流において重要な役割を担っている。道路密度は1.48km/km2と高い数値であるが、これには道路の種類、車線数、状態が勘案されておらず、実際には道路舗装率は約半分程度で、また1車線道路が大半を占め、舗装されている道路も陥没などが多く見られるなど質の面において十分とは言えない。

インドの道路は、国道(National Highways)、州道(State Highways)、県道・農道(District roads and Rural Roads)の3つに大きく分類されるが、主要幹線道路となる国道、州道は道路網総延長の5%にも満たない(表1)。国道には全道路輸送量の4割が集中するが、全体の75%が1車線もしくは2車線道路であるため、慢性的に混雑している。政府予測では、陸海空を含む全貨物輸送に関して、2011-12年度の2兆トンキロから2030年までに13兆トンキロへ、旅客に関しては同期間10兆旅客キロから168兆旅客キロへとそれぞれ年率11%、17%の増加が見込まれている。これらの輸送量増加に対応するためにも国道を中心とした輸送能力拡張が喫緊の課題となっている。

表1 インド道路網基礎情報
表1 インド道路網基礎情報
(出所)Ministry of Road Transport and Highways, Annual Report 2015-16

国道整備

1998年に国道整備計画(National Highways Development Plan: NHDP)が導入され、国道整備はNHDPの実施機関であるインド国道公団(National Highways Authority of India: NHAI)により行われている。NHDPは国道の車線拡張、アップグレードおよび修復を主たる目的とした7つのフェーズからなり、フェーズⅠは2000年にプロジェクトがスタートしたデリー、ムンバイー、チェンナイ、コルカタの4大都市を結ぶ4車線の「黄金の四角形 (Golden Quadrilateral)」(総延長5,846km)建設を中心とする事業である。当初2003年末の完成予定であったが、政府が完成を発表したのは2012年12月のことであった(図1)。フェーズⅡはインドの東西南北を結ぶ「東西南北回廊 (North-South and East-West Corridor)」(総延長7,142km)の4/6車線化で、北はジャンムー・カシミール州のシュリーナガル、南はケーララ州のコッチ(コーチン)、タミル・ナードゥ州のカニヤー・クマリ、東はアッサム州のシルチャル、そして西はグジャラート州のポールバンダルを結ぶプロジェクトである(図1)。因みにポールバンダルは父マハートマー・ガーンディーの生まれ故郷でもある。2003年に承認されたフェーズⅡであるが2007年の完成予定が遅れ、現在も作業が進行しているが一部区間を除きほぼ完成している。

フェーズⅢからフェーズⅦにおいては複数車線化(フェーズⅢ、Ⅳ、Ⅴ)や高速道建設(フェーズⅥ)、また都市部およびその近郊の環状道路やバイパス、高架道路の建設等合計4万kmのプロジェクトが進行または予定されている。

図1「黄金の4角形」と「東西南北回廊」
図1「黄金の4角形」と「東西南北回廊」
(出所)National Highways Authority of Indiaホームページより筆者作成。
(注)青線が「黄金の4角形」、赤線が「東西南北回廊」を示す。

道路網整備における民間部門の役割

国道整備計画のフェーズⅠ、Ⅱの例が示すように道路網整備における課題の一つは工期の遅れである。現在進行中の道路プロジェクトにおいて平均40カ月以上の遅延が発生しているとの報告がある。遅延には様々な要因が影響するが、一つには道路拡張における土地接収の問題がある。これに関して、2013年に新しい土地収用法(Land Acquisition and Rehabilitation & Resettlement Act, 2013)が承認され、今後、公的目的の土地収用の進展が期待されるところである。

さて積極的にインフラへの設備投資を進めるインド政府であるが最大の課題は財政規律が求められる中、いかにこれらの投資をファイナンスするかである。第12次5か年計画(2012-17)では1兆ドルのインフラ投資を計画し、そのうち半分は民間資本での実施を想定している。特に道路整備においては官民連携(Public-Private Partnership: PPP)が進んでおり、全インフラ関連のPPPプロジェクトにおいて契約金額ベースでみた場合、約半分は道路関連プロジェクトである。このうち料金徴収型BOT(Build-Operate-Transfer)方式が中心となっている。国道整備計画では、フェーズⅠ、フェーズⅡで民間資本の割合はそれぞれ14.8%、29.6%であったが、2007年以降、原則PPPによるプロジェクト実施となり、公的資金の役割は減少、フェーズⅤ以降は100%民間資金によるBOT方式での実施が予定されている。このような民間部門の参入は効率的なプロジェクト運営に加え、政府の財政支出減に役立つ一方で、投資環境変化による資金調達リスクもあり過度な民間依存には一定の注意が必要である。

まとめ

道路網整備等の運輸関連インフラは国や地域経済の発展に不可欠である。インドでは経済発展に伴う人の移動、物資の流通が増加しており、陸上輸送能力の拡張は急務である。土地収用の遅れなどによる工期の大幅な遅延や、その他、農産品の流通等に重要となる農道の整備、また既存道路の維持管理といった多くの課題を抱えているものの、インド政府は民間資本を積極的に取り入れ、国道をはじめとする道路整備を進めている。

(おだ ひさや/立命館大学政策科学部)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。