TICAD、そしてアフリカ開発課題の広がりと連関

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.89

武内 進一

2017年3月29日発行

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  • 「開発」(development)という概念は1990年代以降大きく広がった。2015年に合意された「持続可能な開発目標」(SDGs)は、開発課題の広がりを反映した内容となっている。
  • アフリカ開発を議論する場であるTICADにおいても、開発課題の多様性を意識したアジェンダ設定がなされる必要がある。

TICAD VI(第六回アフリカ開発会議)は、2016年8月28-29日にケニアの首都ナイロビで開催された。1993年以来東京や横浜で5年おきに開かれてきたこの会議は、今後は3年おきにアフリカと日本で交互に開催される。TICADはすでに一過性のお祭りではなくなった。日本としても、そのアジェンダ設定を戦略的に考える必要が増している。

TICADはその正式名称(Tokyo International Conference on African Development)が示す通り、アフリカ開発について議論するための会議である。TICADでは投資促進やテロ対策といったテーマに焦点が当たることが多いが、アフリカ開発の課題はそれに留まらない。「開発」概念は近年大きな広がりを見せており、アフリカにとって有益な開発を考えるために念頭に置くべき分野は確実に増えている。TICADのアジェンダ設定を戦略的に考えるためにも、アフリカ開発の広がりを確認し、個々のテーマをその広い文脈に位置づけ直す作業が必要になっている。

「開発」概念の広がり

1980年代頃まで、「開発」はほぼ「経済開発」と同義だった。そこで主に論じられたのは、いかに工業化を進め、農業を近代化するか、そのために資本、労働、技術をいかに動員するかという点であった。「開発と女性」に関わる認識は高まりつつあったが、教育や保健衛生といったテーマは開発問題の主流ではなかった。

こうしたテーマに本格的に光が当たるのは、社会開発や人間開発への関心が高まり、アマルティア・センがノーベル経済学賞を受賞した1990年代以降のことである。教育や保健衛生といったトピックの重要性は急速に共有され、2000年に策定された「ミレニアム開発目標」(MDGs)では社会開発が主たるターゲットとなった。

この時期、「開発」概念は急速に広がった。ジェンダーへの関心が主流化し、開発のクロスカッティング・イシューとして障害への認識も高まった。ガバナンスに注目が集まるのも1990年代以降である。

ガバナンスはもともとアフリカの長期的経済危機を分析するなかで指摘されるようになった論点だが、東アジア諸国の高度成長における政府の積極的な役割についての認識の広まりとともに、経済発展との関連性が議論されるようになった。ガバナンスには多様な定義があり、経済発展との関係に定説があるとは言えない。もっとも、武力紛争が頻発すれば経済発展を阻害することは明らかだし、市場機構が効率的に機能するための環境整備に政府の役割が重要であることにはコンセンサスがある。

工業化や農業近代化から教育や保健衛生、そしてガバナンスや紛争といった開発課題の広がりは、そもそも開発とは何かという問いとも密接に結びついている。1980年代前半であれば、開発とは所得を上げることだという主張がさしたる疑問なく受け入れられたかもしれない。しかし、環境問題への認識が深まり、所得だけでなく教育や保健衛生の指標を組み込んだ人間開発指標が広く受容された今日、そうした主張はたちどころに反発を招くに違いない。

アマルティア・センは、開発とは人びとが享受する自由を増大させる過程だとして、開発を自由という概念に結びつけた。ガバナンスをめぐる議論は、人々が正当性を抱くような統治のあり方をつくることの重要性を説く。近年の議論において、開発とは何かという問いは、人間にとって望ましい暮らしとは何か、真の意味の幸福とは何かといった問いに限りなく接近しているように思える。

持続可能な開発目標(SDGs)

開発の射程の広がりを如実に示すのは、2015年10月21日に国連総会で採択されたSDGsである。SDGsには17の大きな目標(ゴール)があり、それぞれの目標はより具体的なターゲットによって支えられる。ターゲットの総数は約170に及ぶ。表に目標の内容を示す。前身にあたるMDGsが教育、保健衛生、ジェンダーといった社会開発に焦点を当てていたのに対して、SDGsはより広く開発の見取り図を示している。

内容を具体的に見てみると、目標(1)~(6)はMDGsの延長という性格が強いが、目標(7)~(12)は包摂的(インクルーシブ)な経済成長に関わるものであり、目標(13)~(15)は気候変動や環境に関係する。目標(16)は紛争予防やガバナンス、司法へのアクセスに関するものであり、目標(17)は先進国から開発途上国への援助や協力、公平な貿易体制の構築といった分野が含まれる。

このようにSDGsは、「開発」概念の広がりを取り込んで17の目標にまとめ上げている。総花的だとの批判があるが、そうした批判を織り込んだうえで、取り組まれるべき開発の課題を整理したということだろう。

表:持続可能な開発目標(SDGs)の目標

(1)貧困の終焉 (10)各国内、各国間の不平等是正
(2)飢餓の終焉、食料安全保障の実現 (11)包摂的、安全、強靭な都市
(3)健康的な生活確保、福祉の促進 (12)持続可能な生産消費形態確保
(4)教育の確保 (13)気候変動対策
(5)ジェンダー平等 (14)海洋・海洋資源の保全
(6)水と衛生の確保 (15)陸域生態系の保全と持続可能な利用
(7)近代的エネルギーへのアクセス (16)平和で包摂的な社会の促進
(8)包摂的経済成長と雇用の確保 (17)グローバル・パートナーシップ活性化
(9)強靭なインフラ構築と包摂的産業化
(出所)United Nations 2015. Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development.
アフリカ開発を考えるために

TICAD VIでは、(1)経済多角化・産業化を通じた経済構造改革の促進、(2)質の高い生活のための強靱な保健システム促進、(3)繁栄の共有のための社会安定化促進、という3つのテーマを中心に議論がなされた。今後も、経済成長、社会開発、紛争抑止といったテーマは繰り返し議論されることになろう。どのような問題について議論するにしても、幅広い視野の下で、それが他の開発課題とどのような関連を持つかを考える必要がある。「開発」概念の広がりとともに、様々な課題が相互に連関するようになった。経済成長という課題ひとつをとっても、その点は明らかである。

経済成長のために投資を促進してさえいればよいという時代は終わった。環境への配慮なくして企業進出はできないし、ものづくりに携わる企業のサプライチェーンが精査され、輸入原材料の製造過程で児童労働などの人権侵害が生じていないかが厳しく問われる。投資促進は、こうした課題の検討と同時並行で実施される必要がある。

まとめ

「開発」(development)という概念は1990年代以降、単なる経済開発に留まらない広がりを見せ、教育や保健はもとより、ガバナンスなど政治に関わるイシューとも深く関わるようになった。2015年に合意された「持続可能な開発目標」(SDGs)は、こうした開発課題の広がりを反映した内容となっている。TICADにおけるアジェンダ設定に際しても、こうした開発課題の多様性が意識される必要がある。

(たけうち しんいち/地域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。