一帯一路構想とその中国経済への影響

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.86

大西 康雄

2017年3月29日発行

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  • 「新常態」という目標は、中国経済が「中所得国の罠」に直面していることを示している
  • 「一帯一路」構想は、自由貿易試験区と並び、この状況に対応した新たな対外政策である
  • 海上・陸上インフラ整備と国際金融機関設立は進展し、中国経済圏の形成が予想される

中国経済の新たな段階を示す「新常態(ニューノーマル)」は、その実現に向けた施策に注目すれば、中国が「中所得国の罠」に直面していることを示している。習近平政権は「新常態」実現の為に(1)高度成長から中高度成長への転換、(2)経済構造の絶えざる最適化、グレードアップ、(3)成長のエンジンの生産要素投入拡大からイノベーション(技術革新)への転換、を掲げ、対外経済面においては、従来有していた競争優位(特にコスト優位)に替わる新たな競争優位(品質やブランド力)獲得のための対外経済政策調整を打ち出している。これらは「中所得国の罠」突破の処方箋と相似している。「一帯一路」構想(以下「構想」)は、こうしたマクロ経済の構造調整、対外経済政策調整の一翼を担うものである。以下で、構想提起の背景を分析し、それが中国経済や中国企業の対外進出動向に与える影響について予測を試みる。

構想の提起と意図

2013年9月に中央アジア諸国を歴訪した習国家主席は、カザフスタンのナザルバエフ大学での演説で「シルクロード経済帯」建設構想を提起したのに続いて10月のASEAN歴訪時に「21世紀海上シルクロード」の建設を提案した。以後、両者は統一された「一帯一路」構想と呼称されることになり、同年12月の中央経済工作会議において正式に同名称での政策推進が確認された。このように、「構想」の第1の特徴は、国家指導者によるトップダウン方式で提起された後、各方面で議論が本格化し、新しい発展構想としての内容が付与されていったことである。  

第2の特徴は、「構想」が対象国(中国語:沿線国)の参加と共同発展を強調していることである。このことは、構想の初の公式文書である「シルクロード経済帯と21世紀海上シルクロードの共同建設推進のビジョンと行動」(2015年)が「基本理念」として(1)平和協力、(2)開放と包容、(3)相互学習、(4)相互利益とウィンウィン、を掲げていることからも読み取ることができよう。第3の特徴は、「構想」を資金的に支えるためにアジアインフラ投資銀行(AIIB)に代表される国際金融機関を設立していることである。AIIBの資本規模目標は1000億ドルで、先行して設立されたBRICS新開発銀行の同500億ドルを加えるとアジア開発銀行(ADB)の1635億ドルに比肩し、加盟国数87カ国(本稿執筆時点)はADBの67カ国・地域を上回っている。

構想と対外経済政策

構想登場の背景をもう少し詳しくみると、中国の対外経済ポジションの大きな変化がある。第1に挙げられるのは、貿易関係の多角化である。15年の対外貿易(貨物輸出入)額の国・地区別シェアをみると、EU14.3%、アメリカ14.1%、ASEAN11.9%、日本7.0%、韓国7.0%であった。第2に挙げられるのは、中国が外国直接投資を受け入れると同時にほぼ同規模の海外直接投資を行っていることである。その額は中国共産党第17回党大会(07年10月)で「走出去」(積極的対外投資)政策が宣言されて以来急拡大し、15年の外国直接投資受入れ額は1356億ドル、海外直接投資額は1456.7億ドルで、両者ともアメリカに次ぐ世界第2位となっている。こうした変化が対外経済政策に求めるのは、(1)多角化した貿易に対応した広域な自由貿易協定(FTA)であり、(2)自国の投資を守る投資保障条項を含む高度なFTAである。

これに対し中国が第1に打ち出したのが上海を嚆矢とする自由貿易試験区実験であった。ただし、その政策効果の波及範囲は沿海地域に集中し、内陸地域には及ばないという問題がある。「構想」は、自由貿易試験区実験のこうした限界を補い、内陸地域の経済発展を支援する政策だと見ることができる。

構想と中国企業の対外進出

構想の第1の柱は、各種のインフラ整備によってその周辺に産業集積を形成することである。陸上部分を代表するインフラが「中国・欧州直通鉄道貨物輸送」である。2016年6月末時点で中国欧州直通列車の累計運行数は1881、国内の起点都市は16、海外の終点都市は12で運行ルートは39本、輸出入額170億ドル。各種報道や現地インタビューから他の輸送モードと比べた優位点をみると、(1)輸送時間は、航空輸送の1~2日には及ばないが、海運の40~45日に対し14日と大幅に短い。(2)標準コンテナ当り運賃では、海運の約2倍だが、航空輸送の約4分の1~5分の1。貨物の種類によってはモーダルシフト(輸送手段変更)が起きる条件といえる。また、本研究が分析の柱の一つとしたIDE-Geographical Simulation Modelの理論的拡張により、鉄道建設に産業集積効果があることが明らかにされている。

海上部分のインフラは港湾であるが、これは構想に先行して進められてきており、中国のプレゼンスは大きなものとなっている。全世界の10大コンテナ港のうち6港が中国大陸部・香港に位置し、これらと欧州・中東・アフリカを結ぶ航路上での中国の港湾投資は目覚ましい。全体像の把握は難しいが、イギリスの研究機関とFinancial Timesの共同研究によると、2010年以来、中国企業・香港企業が関与し、あるいは関与を公表している港湾プロジェクトは40あり、総投資額は456億ドルである。現在、全世界の海上コンテナ輸送の67%が、中国が所有ないし出資している港湾を経由しているとされる。

インフラ整備と並行して、中国企業の投資も拡大している。中国企業の構想関係国向け投資は2015年に148.2億ドルで全海外投資の約10%を占めた。中国政府は、投資を奨励・先導する狙いから「海外経済貿易合作区」と呼ばれる一種の工業団地を設立しており、その数は、15年1月時点で50カ国、118カ所、うち構想対象国向けは、「一帯」諸国に35カ所、「一路」諸国に42カ所が開設済みである。

アジアインフラ投資銀行の動向

構想の第2の柱は、中国が主導する国際金融機関である。構想に先行して設立が準備されてきたBRICS新開発銀行(当初資金規模500億ドル)に加え、アジア域内のインフラ建設に特化したアジアインフラ投資銀行(AIIB、当初資金規模500億ドル、1000億ドルを目指している)が、欧米諸国を含む57カ国の加盟により2015年末に発足した。本稿執筆時点までのAIIBの融資実績はまだ9件で、ほとんどがアジア開発銀行(ADB)、世界銀行等との協調融資で、独自融資は少ないが、融資先を見ると中国が主導していることがわかる。また、年7000~8000億ドルと見積られるアジア域内の巨大なインフラ投資需要を考慮すると、その資金規模は魅力的で、いずれ域内での存在感を高めていくことは不可避であろう。また、中国は、外貨準備を使って海外証券投資を行う中国国家外為管理局やソブリンファンドの中国投資有限責任公司を有しており、上記した中国企業の海外投資と相まって中国を中心とする経済圏が形成される条件が次第に整いつつあるとみることができる。

まとめ

「中所得国の罠」に直面している中国経済の現状と、中国国内各地域間に依然として存在する大きな格差に鑑みると、「構想」は自由貿易試験区と並んで対外経済政策の重要な二本柱を形成しており、今後10年単位の期間にわたり両政策が継続されることが予想できる。政策が継続されて行き着く先は、中国を中心とする経済圏(人民元圏)の形成である。アメリカの新政権がTPP離脱を宣言するなど、国際経済環境の先行きは不透明さを増しているが、中国経済圏形成の動きは止まることはないであろう。日本としても、それを前提として対中国ならびに対構想関係国への政策を構築していく必要がある。

(おおにし やすお/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。