貿易における公的な規制とプライベートスタンダードがグローバルサプライチェーンを通じて企業活動に与える影響

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.61

吉田 暢
2015年6月22日発行
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  • 国際貿易の進展に従い、主に輸入市場側の各国が定める法的な規制や、企業や第三者認証機関が採用するプライベートスタンダード(PS)の存在が注目されている。
  • PSの中には、政府が運用する公的な規制の役割を補完する機能を有しているものがあり、企業活動に影響を与えることが考えられる。
  • プライベートスタンダードへの対応は企業にとって付加的なコストとなることがあり、また市場参入の条件とみなされることもある。そのため企業が必要なスタンダードに適切な対応を図ることができるよう正確な情報提供が求められる。



公的な規制とプライベートスタンダード(PS)の関係性
1.PSはなぜ発達したのか
本来市場における製品の安全を担保するのは公的な規制の役割であるが、PSが発達した背景のひとつに、逼迫する財政、市場主義的な政策志向、市場に関する情報の制約等の理由から、公的な規制が担保すべき法的責任の一部を民間部門にも求めるようになったことが挙げられる。

また、グローバルサプライチェーンの延長と複雑化によって、国境を越えた生産工程は一国の公的規制では十分な対応ができず、かといって個別の企業間努力のみで管理することは困難である。これに対応する仕組みとして国際的基準を設定したPSが開発されてきた。PSには品質管理や環境対応基準(ISOなど)に加えて、賃金など生産者の適切な労働条件に関わる基準を示したFair Trade(フェアトレード)や、天然資源の適切な管理を目的としたForest Stewardship Council(FSC:森林管理協議会)、Marine Stewardship Council(MSC:海洋管理協議会)などがある。これらの仕組みには規準に適合しないサプライヤーに対して是正を促す法的な拘束力はないが、未認証のサプライヤーはサプライチェーンから排除される可能性がある、という点では企業にとって実質的に大きな強制力を持つと考えられる。

2.公的な規制をPSが補完するメカニズム
国際貿易が進展する中で公的な規制は現状に合わせた対応を行っている。例えば食品安全規制の分野において以下の通り分類される。

(1)最終製品を(水際で)検査する方法
(2)企業に対し、特定のリスクに対応する特定の方法を義務化し、これを検査する方法
(3)企業に対し、サプライチェーン全体におけるリスクアセスメントを課し、企業がリスクの所在を特定できること、ならびにこれに対応できるシステムを有していることを保証させる方法(Coglianese and Lazer 2003)

上記のような公的な規制が求める水準を、PSの導入が実質的に補完している。EUの食品安全規制においては(3)の方法によってリスク管理をすべて小売側の責任として規定している。そのため小売企業は(場合によっては輸入企業を通して)規定を満たすリスク管理体制への対応が可能なサプライヤーから製品を調達しようとする。小売企業は自社の対応コストを低減するため、独自の管理手法を採用するよりも、すでに規定された水準を満たすよう規格化されたPSを適用するようになる。

同様の事例は木材・木材由来製品ならびに森林資源管理部門でも見ることができる。EUではEU Timber Regulation(EUTR:木材規則)を施行し、域内で販売される木材・木材由来製品はEU域内外を問わず原材料生産国の法律に則って合法的に伐採された森林資源を使用したものに限ると定められている。EUTRの枠組では域外からの輸入についてForest Law Enforcement, Governance and Trade(FLEGT)の元でEUと輸出国との間で二国間協定(VPA)を締結し、締結国は国内法でEU域内と同等水準の森林資源管理を行うことが義務付けられる。これにより締結国から輸入される木材はすべて合法とみなされ、EU市場に最初に木材を出荷するEU内の取引業者の責任で行うことが規定されたDue Diligenceが免除される。一方、未締結国から輸入される木材・木材由来製品についてはDue Diligenceが義務付けられている。このプロセスを補完するのがFSC認証である。FSCはEUTRが取引業者に要求する、調達先が提供すべき情報の多くをすでにカバーしているため調達先の企業がFSC認証されていればDue Diligenceコストが低減される。現状VPAを締結し実行に移っている国は6カ国 に過ぎず、今後も個別の対応が求められることが予想されることから、EUに向けた木材・木材製品輸出におけるFSC認証の影響力は依然として小さくないといえる。

PSの普及と今後の課題
PSの普及と企業への認証が進めば、調達側にはサプライチェーン管理の可視化、サプライヤー側には市場参入の可能性が上がるというメリットがある。例えば主に欧州市場を念頭に農水産食品の海外輸出を促進する場合、Global GAPの認証を得ることは市場参入の可能性を大きく広げると考えられる。歴代のオリンピック開催地ではGlobal GAPやMSC 認証食品を提供することで持続可能な農水産品生産の重要性を世界に訴求するため、国内生産者の認証を促す取組がなされてきている。2020年に東京オリンピックの開催を控える日本においても認証拡大の好機と考えられるが、現状国内における認証件数は限定的である。

PSの普及・認証が企業にもたらす一定のメリットがある一方で、PSの導入によってサプライヤーの対応コストが上昇することが報告されている(Maskus et al 2005)。また企業はPSのメリットを認める一方で対応コストの上昇を懸念している(Fulponi 2006)。このため特にPSへの十分な対応能力を持たない中小企業等がサプライチェーンへの参入から疎外されてしまう可能性も考えられることから、政府には正確な情報提供と必要に応じた技術支援が求められるだろう。またグローバルスタンダードが波及する過程で、各国でローカルなスタンダードが複製されている(Lei 2015, Nabeshima et al 2015)。そのため各国間の規格の統一、あるいはグローバルスタンダードとローカルスタンダードとの間で基準をすり合わせ、互換性を高めることで企業の利便性向上を促すことが重要である。

まとめ
PSは欧米等先進国市場に加えて、東南アジアなど新興国市場でも導入が始まっており、市場参入を狙う企業は求められるスタンダードに適切に対応する必要がある。政府及び関連機関はその複雑性を十分に把握し、正確な情報提供を行うと同時に、スタンダードの各国間における調整等を通じて、対応を必要とする企業の利便性を高めていくことが重要である。

《参考文献》
  • Coglianese, C. and D. Lazer, (2003) “Management-Based Regulation: Prescribing Private Management to Achieve Public Goals,” Law & Society Review, 37(4), pp.691 -730.
  • Fulponi, L. (2006) "Private voluntary standards in the food system: The perspective of major food retailers in OECD countries," Food policy, 31(1), pp.1--13.
  • Lei L. (2015) "A Closer Look at Diffusion of ChinaGAP," IDE Discussion Paper, 501, Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization.
  • Maskus, K., T. Otsuki and S.J. Wilson (2005) “The Cost of Compliance with Product Standards for Firms in Developing Countries: An Econometric Study,” World Bank Policy Research Working Paper No. 3590, The World Bank.
  • Nabeshima K, E. Michida, A. Suzuki and H.V. Nam (2015) "Emergence of Asian Gaps and Its Relationship to Global G.A.P," IDE Discussion Paper 507, Institute of Develop-ing Economies, Japan External Trade Organization.

(よしだ のぶる/在ブライトン海外派遣員)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。