食品安全規制強化の潮流をいかに乗り越えるか —日本の農水産品、食品輸出が規制違反と見なされないために—

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.54

鍋嶋 郁・ 道田 悦代
2015年5月19日
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  • 米国・EU市場において日本の農水産物・食品輸出は相対的に差し止め率が高い。
  • 差し止めされる理由の多くは、輸出品の安全性よりも情報の不備に起因するものが多い。
  • 今後は輸出手続きに関する各市場の知識の向上と、プライベートスタンダードに関する知識の向上が必要。



農水産品・食品の規制強化の潮流と違反による差し止め件数の増加
各国において農水産物・食品の安全性に対する関心の高まりにより、輸入食品安全規制は強化される傾向にある。

日本でも、農水産物・食品の輸出の増加を目指しているが、その際、輸出相手国の規制を遵守することが欠かせない。

本稿では輸出が認められている農水産物・食品に焦点を当て、これまで日本の食品が米国と欧州市場でどのくらい差し止められ、またその理由がどのようなものであったかを示し、今後どのような対策を行うことが差し止め件数を減らすことに貢献するのかについて考察する。

米国・EU市場における日本産品の差し止め理由の多くは、商品表示違反や書類の不備、不純物混入など
日本からの輸入食品のなかで米国市場で差し止め件数が最も多いのはスナック類の713件、(22.7%)、果物・野菜の680件(21.7%)、水産物の669件(21.3%)である。これらと穀物製品を合わせると80%近くの拒否品目になる。日本からの輸入の拒否理由の第一位は商品表示(31.5%)であり、それに続いて、不純物混入・書類不備(23.6%)が続く。半数以上の拒否件数がこの2つの理由である。これらに続いて、衛生管理(14.9%)、添加物(11.5%)等の理由で拒否されるケースが報告されている。

米国市場における差し止め品目
米国市場における差し止め品目

米国市場における拒否理由
米国市場における拒否理由

EU市場において、日本からの農水産物・食品差し止め件数は63件(2002-2012)あった。そのうち28件は2011年に、10件は2012年に起きており、他の年と比べると突出して多い。2011年の28件のうち、14件は拒否理由としてEU規制297/2011を挙げている。これは福島原発事故後の規制であり、日本からの農水産物・食品の放射能レベルを懸念しての措置である。

日本からの輸出で拒否件数が多いのは、ココア・茶・コーヒー製品(22.2%)(日本の場合は主に茶葉)、加工食品・スナック類(19.0%)、果物・野菜(17.5%)、飲料(14.3%)、水産物(14.3%)の5品目である。日本からの輸入品の拒否理由で最も多いのが、「不純物混入・書類不備」である。これは前記の放射能に対する懸念が主な理由であり、これらを除くと、「その他の汚染」が一番多い理由だ。

EU市場における差し止め品目
EU市場における差し止め品目

U市場における拒否理由
U市場における拒否理由

輸出先市場の規制や書類に関する情報提供およびトレーサビリティの確保が重要
日本からの農水産物・食品輸出は、これからの成長が大いに期待できる分野である。その一方で、相対的に少ない輸出のなかでも差し止めとなるケースが多く、改善の余地は大きい。より詳細な分析によると、問題の所在は生産工程ではなく、輸出手続きや輸入国の規制(特に商品表示)や必要書類に対する知識不足等が主な原因である。

この分析では差し止め理由が輸出手続きに不慣れな企業に起因するものだと推測され、比較的容易に改善できる。輸出先市場の規制や必要書類に対する情報の周知などが有効な手立てになるし、この分野で政府が果たせる役割もある。

しかし、実際の輸出は商社や輸出業者を仲介して行われることが多く、このため、本来は輸出国別に管理すべき農薬等が十分に管理されないまま輸出され、相手国で差し止められるケースが発生する。一方、商品が差し止められた場合、生産者にとっては意図せざる輸出であったとしても、輸出相手国の差し止め案件リストには生産者名が掲載され、該当生産者の商品がそのあと重点検査の対象となる可能性がある。このような事態を防ぐためにも、どの商品をどの国に輸出するのか、またそのための規制を順守しているのか、といった情報を生産者と輸出業者の間で共有し、トレーサビリティを確保していく必要がある。

まとめ
本稿ではデータの制約から国際貿易の枠組みで分析したが、我々としては、この差し止め件数は氷山の一角でしかないと認識している。なぜなら、農水産物・食品輸出はサプライチェーンを通じて行われており、多くの問題は輸出される以前にサプライチェーン内で解決されていると考えられるからである。しかし、十分に管理されたサプライチェーンに参加するためには、生産者が様々なスタンダード(プライベートスタンダード)を取得することを要件とする状況も生まれている。このため、農水産物・食品の生産者は、公的な規制の変化に加えて、民間部門が策定するプライベートスタンダード等の変化にも注意を払う必要がある。

《参考文献》
東アジアの発展途上国に焦点を当てた分析は以下を参照のこと。
  • UNIDO and IDE-JETRO. (2013) “Meeting Standards, Winning Markets, Regional Trade Standards Compliance Report – East Asia 2013”. Available on: http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Collabo/UNIDO_2013.html
発展途上国一般については、以下を参照のこと。
  • 鍋嶋郁、道田悦代(2015)「米国・EUの輸入差し止めデータからみた、日本の農水産物・食品輸出の現状と課題」、『Food & Agriculture別冊』、日本貿易振興機構
(なべしま かおる/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授・みちだ えつよ/新領域研究センター)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。