環太平洋地域の経済統合とAPEC の役割

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.52

石戸 光 著
2015年5月19日
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  • 「開かれた共同体」APECは、政治経済体制や貿易規模など、アジア太平洋地域の多様性を反映している。
  • FTAAP、すなわちアジア太平洋に自由貿易圏を構築することは、そもそもAPECの設立目的であった。
  • APEC設立にイニシアティブを発揮した日本は、FTAAPの実現のため、ボゴール目標の達成年(2020年)へ向けて実利的に取り組むべき。



アジア太平洋経済協力(Asia Pacific Economic Cooperation: APEC)は1989年に日本およびオーストラリアの主導で設立され、2014年で設立25周年を迎えた。経済統合を深化させるヨーロッパの動きに刺激されて設立されたAPECであるが、現在のところ、いまだFTAとみなしうる段階にはない。しかしAPECは、アジア太平洋自由貿易圏(Free Trade Area of the Asia-Pacific: FTAAP/エフタップ)というメガFTAの具体化の可能性を秘めた国際的な経済協力の枠組みである。APEC自体がFTAAPへという自由貿易の枠組みへと変貌していくのか、あるいはAPECはそのまま機能し続けながらもFTAAPを生み出していくのか、といった両者の関係性については、議論が分かれている。

「開かれた共同体」APECは、アジア太平洋地域の多様な経済主体を包摂できる
APECは「開かれた共同体」と特徴づけられるが、その意味合いについては、設立当初からあいまいな話であった。外交的にはこのあいまいさが不可欠であり、APECにおいては、首脳宣言をはじめとする正式文書内の文言としてopenness(開かれた)を明示しながらも、その意味合いを各参加メンバーが違ったものとして持ち続けることを可能にしているといえる。さもなければ、多様な政治体制・経済的ばらつきに満ちたアジア太平洋地域におけるAPECの設立自体がそもそも覚束なかったであろう、ということは想像に難くない。文言の「意図されたあいまいさ」は、外交一般を推進する上での配慮としてプラス面でもあるのかもしれない。しかし今まさに、「開かれた」の意味についてのあいまいさを公式に払拭すべき局面が訪れている。

APECメンバーの平均輸入関税率は、一桁台が多い。APEC域内の貿易自由化が、WTOの最恵国待遇ベースで着実に進展しているためだ。APECの取組みは、設立の趣旨とは裏腹に、「協力措置」というよりも、米国の意向が大きく反映された貿易・投資の自由化を軸としている。そのような貿易自由化を協調して(すなわち協力的に)行うことで、参加メンバーは豊かさを享受できるはず、という思想が根底にあるのでは、という見方もある。急激な自由化でない限り、国際経済の理論に照らしても、この思想は確かに一面の真理ではあろう。

2010年に横浜で行われた第18回APEC首脳会議では、首脳宣言として「横浜ビジョン——ボゴール、そしてボゴールを超えて」が採択され、環太平洋地域における、より強固で深化した共同体を目指していくことが合意された。具体的には、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)等の取組みを基礎としてさらに発展させていくことによって、FTAAPが包括的な自由貿易協定として追求されるべきことが合意されている。

2011年のAPECハワイ会合においては、自由化を軸とした経済統合、すなわち前述のFTAAPが主要議題のひとつとなった。しかしTPPを経由したFTAAPの域内自由貿易化の構想は、APECがそれまで保ってきた「開かれた地域主義」というより、むしろ「閉ざされた」もの、すなわち参加メンバー間のみに差別的な形で関税撤廃等がなされるようである。TPPを積極的に活用するならば、APEC「経済技術協力」の有効活用によって下支えされるべきである。

このようなTPPとAPECの動きを見すえた場合、閉じた地域主義としてのTPPをより開かれた形でのFTAAPへと収斂させる方策として、APECをさらに本格的に活用すべきであると考えられる。

本来のAPECにとってはFTAAPが目的である
TPPについて、中国は韓国とならんで懸念を表明しているが、それは貿易転換効果による実質GDPへのマイナスの影響を懸念してのことである。2014年に中国はAPEC議長を務めたが、同年におけるAPECの優先課題は、次の3つであった。(1)地域経済統合(すなわちFTAAP)の進展、(2)創造的な発展、経済改革および成長の促進、(3)包括的な連結性およびインフラ開発の強化。2010年の首脳宣言とは異なり、TPPがFTAAPを具体化する道筋として推奨されてはいない。すなわち中国は、TPPを回避した形で新たにFTAAPを提起していきたいという意図を持っているようである。

また、APECにおける主要な貿易・投資の自由化・円滑化目標である「ボゴール目標」も、FTAAPとともに2014年の議題として取り上げられているが、両者は併記されているにとどまり、その関係はあいまいになっている。ボゴール目標は最恵国待遇に基づく目標であるのに対して、FTAAPは特恵的な取組みによる貿易自由化である。

そしてTPPは、現時点の姿としては「APECの生み出した自由貿易構想」(すなわちAPECの外側に存在)であるのに対し、FTAAPは「APEC自体による自由貿易構想」であるといえる。TPPからFTAAPへ、という道筋を見すえると、FTAAPもAPECの外側に位置するという議論はあるものの、アジア太平洋に自由貿易圏を構築することこそがAPECの設立目的であった。

FTAAPと日本の役割
APECを取り巻くこれまでの経緯を踏まえると、日本が生み出したともいえるAPECという枠組みから生じようとしているFTAAPに関して、日本には「特別な」役割があるのではないか。FTAAPは、APEC設立にイニシアティブを発揮した日本主導により、ボゴール目標の達成年である2020年に向けて地道に、実利的に取り組み続けていくことが肝要である。日中問題など、双方の思惑をめぐってのコミュニケーションの希薄な状況下で、開かれた地域主義あるいは閉じられたFTAどちらであっても、APECを活用したFTAAPの実現が、いわゆる「フォーカル・ポイント(合焦点)」となることが重要と考える。

アジア太平洋地域における米国と中国、あるいは日本と中国の間での地政学的な覇権争い、という現実はありつつも、APECは域内に所在する企業および消費者にとって直接役立つ、より実利的な「協力」のための枠組みであるべきで、優勝劣敗的な「自由貿易ありき」としてはならない。FTAAPの動きは、いわば、自由貿易化による「競争を通じた協力」として捉えるべきである。APECはメンバーの発展段階の多様性を考慮し、域内の発展の格差縮小と成長に対する障害の除去を目的として、人材養成、情報交換や能力構築等の活動を行っている。FTAAPという地域経済統合をこのような「協力」の観点から推進することが、APECを擁するアジア太平洋独自の経済統合のあり方ではないであろうか。

(いしど ひかり/千葉大学法政経学部教授)





本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。