省エネ機器はどのように製品化されたのか——アジアへの省エネ機器の普及と日本のトップランナー制度(3)

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.48

渡邉真理子
2014年6月3日
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省エネ基準の特徴とイノベーション
機器の省エネ基準を設定し、企業に対して省エネ性能の高い製品の投入を促す。消費者に対しては、省エネ性能の段階的評価をラベル表示して性能が高い製品の購入へと導く。これが、省エネ基準とラベル貼付制度の基本的な思想である。以下ではエアコンのインバータ化による省エネ性能向上に、各国の政府や企業がどのように取り組んできたのかインバータ制御エアコンに注目して、紹介する。



エアコン製造業者はどうやって省エネ製品を投入してきたか

(1)中国
中国は、世界有数の生産規模を誇るエアコン製造業者を抱えており、最低エネルギー消費基準(MEPS)および段階的評価ラベルの閾値の設定は、これら地場企業の動向に配慮したものにならざるを得ない。実際、エアコンの省エネ基準の導入にあたっては、当時はインバータ制御機種の製造能力を持たなかった国内メーカーへの配慮がなされた。インバータ制御を持たない通常のエアコンについてのみ、基準値が設定された。その後、地場製造業者の技術力向上を反映するように、インバータ機に関する省エネ基準が別途導入された。実際に基準が設定されると、国内メーカーもインバータ機を積極的に販売し始めた。結果として、中国のエアコン市場におけるインバータ機の比率は、2008年には7%であったのが、2013年には51.6%に拡大している(図1)。

中国では、エアコンの圧縮機はほぼすべて外資系メーカーと地場メーカーの合弁企業が生産している。また、格力、美的、および海爾といった中国のトップメーカーは、2013年時点でインバータ制御に必要な半導体の自社開発能力を持つようになっていた。他方で、プリント基板や、それが圧縮機に装着されたモジュールは、市場で売買されている。十分な半導体設計技術を持たないメーカーがインバータ技術を採用するにあたっては、このようなモジュールを専門のメーカーから購入することで対応している(2013年11月、2014年3月の深圳での企業インタビューによる)。
図1 中国のエアコン販売台数に占めるインバータ機種のシェア
図1 中国のエアコン販売台数に占めるインバータ機種のシェア
(出所)国家信息中心『2012冷凍年度中国空調市場白書』、
『2013冷凍年度中国空調市場白書』。


中国のエアコン販売現場では、「家電下郷」や「節能恵民」といった補助金政策が消費者の選択行動を歪ませている可能性がある。市場においては、もっともエネルギー効率の高い1級のラベルを付けたエアコンよりも、2級や3級の製品のほうが売れている。1級の製品は本体価格が高いことに加え、補助金制度によって家電製品の販売が伸びている農村部では、省エネ性能に対する関心がさほど高くない。

(2)インド
インドでは、エアコンの MEPSと段階的評価ラベルの貼付は、任意制度として2006年に導入され、2010年に義務化された。MEPSおよび段階的評価の閾値は、事前に公表された計画に基づいて2012年と2014年に引き上げられた。導入当初のMEPSはごく低い水準に設定されたが、矢継ぎ早の改定によりタイや中国の水準に近づいている。また、モントリオール議定書により、2014年には冷媒の脱フロン化が義務づけられている。インド市場のエアコン製造業者は、これらの規制に対応しつつ、低所得者向けの低価格商品の開発に力を注いでいる。

インド市場における主要メーカーは、韓国のLG、日本のパナソニック、ダイキン、日立、そして地場のVoltas、Godrejなどである。インバータ制御の圧縮機を導入し始めているインドのエアコンメーカーは、圧縮機を自作する能力を持っているものの、インバータ制御技術に関しては、輸入品に依存している(2012年10月、地場企業へのヒアリングによる)。

インド市場では、必ずしも省エネ性能の高い商品の開発に焦点が絞られているわけではない。たとえば、パナソニックがボリュームゾーン向けに開発したエアコン「CUBE」は、省エネラベルが最低水準の「一つ星」となっている。価格を下げることを最大目標として製品開発を行った結果、省エネ性能は伸び悩んだものと推測される。消費者の嗜好によっては、省エネ性能の最大化が難しい場合もあることが示唆される。

(3)タイ
タイの省エネ基準とラベル貼付制度は、1996年に導入され、アジアでは日本に次ぐ長い歴史を持つ。しかし、MEPSおよび段階的評価の閾値の改定は、2006年に一度行われたのみである。その結果、2013年時点では市場で販売されるエアコンの70%が、省エネ性能の段階的評価において最高水準を示す「5」のラベルを貼付されている。タイ発電公社(EGAT)のデータによれば、普及品である冷房能力3.5kWのエアコンに限ってみれば、平均消費電力は減少している。しかし、大型エアコンの販売が増えるなか、市場全体では1台当たりの平均電力消費は一定もしくは微増している。

タイのエアコン市場に登場するメーカーは、パナソニック、ダイキン、東芝、三菱電機、三菱重工などの日系企業、LG、サムスンに代表される韓国企業、そして60社近くの地場企業からなる。高価格帯製品は主に日系企業と韓国系企業が販売しているが、サイジョーデンキ(Saijo Denki)やTASAKIブランドを持つビットワイズ(Bitwise)など一部のタイ企業も食い込んでいる。これらのタイ企業は高い製造・製品開発能力を持っており、独自製品の開発にも取り組んでいる。たとえばサイジョーデンキは水冷方式により省エネ性能を高めたエアコンを生産しており、ビットワイズはエアコンの性能を検査する試験施設を持っている。しかし、2社ともインバータ制御エアコンに関しては、独自の技術による量産化はできていない。タイ政府の補助金を受け、公的研究機関と共同でインバータ用半導体の開発を試みているが、2013年の時点では量産化に至っていない。

より低い価格帯のタイ企業製品は、主に中国メーカー(美的や格力)がOEM生産しており、インバータ制御エアコンも市場に投入している(2013年3月および10月の企業インタビューによる)。

イノベーションを促進する制度設計とは?
省エネ製品の普及を進めるには、企業が積極的に省エネ製品を開発・生産するように促す必要がある。省エネ基準と段階的評価ラベルの貼付はそれを目的とした制度である。中国、インド、タイの経験から、次の示唆がある。
  1. 半導体の設計やインバータモジュールの製造販売といったサポーティングビジネスの成長の結果、多くの地場企業が省エネ製品を投入できる。
  2. MEPSや段階的評価の閾値の設定に関して、適切な改定スケジュールがない場合、より省エネ性能の高い商品が市場に投入される時期が遅れる懸念がある。
  3. 所得が低い、電力供給が不安定である環境の下では、省エネ性能の高い製品が選択され難い。

以上の環境的要因の効果をより正確に把握したうえで、省エネ機器の普及という共通の目標に向けて消費者や製造業者が動機付けられるような制度設計を行う必要がある。

(わたなべ まりこ/学習院大学経済学部教授)





本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。