ミャンマーにおける外国為替市場のフォーマル化

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.46

久保 公二
2014年5月16日
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  • ミャンマーでは為替制度改革後も、銀行を介さない企業間の外貨のヤミ取引が続く。
  • 外貨の銀行外売買は、個々の企業には効率的だが、為替市場が不安定化する懸念あり。
  • 銀行を介した安定的な為替市場の発達を促すには、ヤミ取引を可能にしている外貨預金の国内口座振替への課税が有効。



インフォーマルな経済活動
経済改革を進める民政移管後のミャンマーにあって、インフォーマルな経済活動はしぶとく残っている。租税の網に捕捉されない企業活動、不法な資金の貸し借り、正規の手続きを経ない国外出稼ぎ労働とその送金、煩雑な貿易規制をかいくぐった密輸出入など、インフォーマルな経済活動は幅広い。GDP比の4%程度に過ぎない政府の租税収入の低さは、そうしたインフォーマルな経済活動が蔓延してきたことを如実に示している。インフォーマルな経済活動のフォーマル化は、新政権が取り組んでいる大きな課題だ。

とりわけインフォーマルな取引の仕組みが発達しているのが外国為替市場と思われる。制度上は2012年4月に固定為替制度から管理フロート制度へと目覚ましい改革があったが、外貨取引の実態は改革の前後でほとんど変化していない。主なインフォーマルな取引形態は、企業間での外貨預金の銀行外売買である。輸出企業が外貨預金を輸入企業へ口座振替する見返りに現地通貨チャットの支払いを受けるというヤミ取引では、規制に関係なく企業が自由に外貨を値決めしている。

そこで本稿は、外国為替市場のフォーマル化のためにミャンマー政府が取り得る政策について提言を行う。ヤミ取引が続くのにはそれなりの理由がある。取引の実態を詳しく調べると、ヤミ取引は個々の企業にとって効率的なことが分かった。しかし、個々の企業にとって有益なインフォーマルな仕組みも経済全体にとっては非効率を生み出すことがある。そうしたインフォーマルな仕組みの効用と問題点を踏まえて、本稿では外貨取引のフォーマル化のための政策を提言する。

管理フロート制度の実態
2012年4月に、それまで30年以上にわたって続いてきた固定為替相場制度が廃止された。固定為替相場制のもとでは、公定為替レートは国営企業などの公的部門にしか適用されず、民間部門の輸出入企業にはヤミ取引しか外貨両替の手段がなかった。

新たな管理フロート制度では、民間輸出入業者は市中銀行と外貨を市場価格で取引でき、かつ市中銀行は外貨の過不足を中央銀行のオークションで調整できるようになった。中央銀行は市中銀行と外貨売買のオークションを毎日開催し、オークションで決まる外貨の取引価格を公式参照為替レートとしている。そして市中銀行の対顧客の外貨売買価格を公式参照レートの±0.8%以内に設定するように規制している。一連の改革により、民間輸出入企業が利用できる外貨両替のフォーマルな経路が初めて確立された。

しかし管理フロート制度導入後も、外貨ヤミ取引は続いている。われわれの研究会がミャンマーの民間輸出企業約100社を対象に実施したアンケート調査では、外貨の両替に市中銀行を利用した輸出企業は3%に過ぎず、ほとんどの企業が銀行を介さないヤミ取引の慣行を留めている。ただし、外貨のヤミ取引とはいうものの、公式な輸出で得られた外貨は市中銀行の外貨預金として保有されており、この外貨預金の輸出入企業間での口座振替が容認されているためヤミ取引が可能になっている。

ヤミ取引では、公式参照為替レートに関係なく、自由に為替レートが決定され、ヤミ為替レートと公式参照為替レートの乖離が規制の幅を超えることもある。むしろ、公式参照レートはヤミレートを追随する傾向をデータは示している。

個々の企業にとっての効率性と経済全体への影響
民間輸出入企業間で外貨ヤミ取引が続くのには理由がある。個々の企業にとってヤミ取引が効率的なのだ。ヤミ取引では、外貨の売り手と買い手がそれぞれ既知の相手と取引するか、あるいはインフォーマルなブローカーが取引をマッチングする。ミャンマーのヤミ取引には長い歴史があり多数の売り手と買い手がいるため、取引相手を探すのは容易だ。仮に市中銀行と外貨を売買する場合、外貨の取引価格には銀行のマージンが上乗せされるが、ヤミ取引ではそうしたマージンが節約できる。そのため、ヤミ取引のほうが、銀行経由の外貨売買と比べて少ない費用で外貨両替ができるのである。

外貨のヤミ取引は、個々の企業にとっては効率的だが、経済全体でみると少なくとも二つの懸念がある。一つは、為替レートの不安定化だ。ヤミ市場では為替レートの変動には規制がないので、ヤミ市場で決まる為替レートは規制がある場合と比べて不安定になる可能性がある。もう一つは、お金の回転が悪くなるという問題だ。仮に、輸出業者が外貨を直ちに市中銀行で両替し、両替後の現地通貨(チャット)を銀行に預金すれば、銀行はその資金を貸出に回せるので、お金が回転する。しかし、輸出入企業がヤミ取引を行う場合、取引まで輸出業者が外貨を抱えたり、輸入業者が予備的に外貨を保有したりすることになる。輸出入業者が外貨を抱えこむ限り、そのお金はミャンマー国内の貸出には回らない。

政策提言——外貨取引への課税
輸出入企業に市中銀行での外貨両替というフォーマルな外貨市場を利用させるにはどのような方法が有効だろうか。アンケート調査では、外貨両替に市中銀行を利用している企業は、いずれも銀行からローンを受けている企業であった。この結果からは、市中銀行が優良な取引先には有利な為替レートを提示している可能性が窺える。ここから、市中銀行にローンを増やしていくインセンティブがあれば、対顧客で魅力的な価格を提示して積極的に外貨を買い取って預金の増加を図り、そのことが外貨市場のフォーマル化につながると考えられる。しかし市中銀行の金融仲介能力は未だ発展段階にあり、こうした展開には時間を要する。

そこで、短期間に外貨取引のフォーマル化を図る手段として本稿で提言するのが、ヤミ取引への課税である。外貨預金のヤミ取引を可能にしている口座間振替に課税すれば、ヤミ取引の費用が上がるため、輸出入企業はヤミ取引のかわりに銀行との外貨売買に移っていくと考えられる。外貨取引への課税は他国でも成功を収めており、ミャンマーでも有効だと考えられる。しかし、こうした課税は、個々の企業にとって外貨取引の効率性を悪化させ、外貨取引ライセンスを持つ銀行に寡占的な利益を与えるものなので注意が必要だ。税率は2%程度の必要最低限に水準に抑えなければならない。

(くぼ こうじ/バンコク事務所)




本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。