中国の台頭と東南アジア、日本

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.8

大西 康雄
2012年8月31日

PDF (771KB)

本稿では、経済分野における「中国の台頭」の内実を明らかにするため、第1に中国の経済発展がASEANの経済発展に与えた影響、第2にACFTA(ASEAN中国自由貿易協定)の特徴、第3に中国の対外経済活動(海外投資、海外援助)の概要をみる。最後に、日本の東アジアにおける立ち位置を確認する。

1. 東アジア国際分業の中の中国とASEAN
中国の台頭は、改革・開放政策によって、東アジアの「日本・(東)アジア・欧米」三角貿易構造に参加したことから始まった。中国はその後急速に「世界の工場」の地位を確保し、日本に代わって同構造の中心に座る。貿易と投資の推移を見ると、1980年~2009年にASEANの主要貿易相手国では、日本が25.9%から10.4%と半減以下に、中国が1.8%から11.7%に急増。ASEAN域内は15.9%から24.3%に増加、米欧の合計シェアは28.4%から20.9%に減少した。また、域外からASEAN、中国へのFDI(外国直接投資:国際収支ベース)は、当初ASEAN向けが多いが、1992年(鄧小平「南巡講話」の年)を境に逆転し、2004年頃まで両者の差は縮まらなかった。

とはいえ、中国の台頭がASEANの発展を阻んだわけではない。この間に東アジア域内の貿易全体が拡大し、かつ構造も高度化している。1980~2005年に、東アジアの域内貿易比率は55.8%とNAFTA(北米自由貿易協定)の43%を超え、EU(25カ国)の62.1%に接近。貿易構造面でも、最終財貿易の域内貿易比率が50%超とEUの60%強に近づいている。


2. 中国とASEANのFTA戦略

域内FTAを巡る2000年頃の状況を回顧すると、まず、ASEAN側では、AFTA(ASEAN自由貿易地域)実現が最優先課題であり、対外貿易やFDIの誘致でライバル関係にある中国を「脅威」とする見方が強かった。他方、中国側も、当時の最大の課題はWTO(世界貿易機関)加盟であり、加盟(2001年12月)以前には、周辺国との個別の貿易協定を交渉する余裕はなかった。中国外交が伝統とする多国間協議忌避の傾向がこれに拍車をかけていた。

状況を変えるきっかけは、2000年、2001年の「ASEAN+3」サミットで、中国が「ACFTAの2010年までの実現」を呼びかけたことである。ASEAN側でもこの頃から、WTO加盟を果たして経済発展を遂げる中国を「脅威ではなくチャンス」とする見方が強まり、2002年11月にACFTAに向けた枠組み合意にこぎつけた。同合意では、全品目を「ノーマルトラック」と「センシティブトラック」(一部はさらに「高度センシティブトラック」)に分け、ノーマルトラック品目の関税を規定年(ASEAN6は2010年、CLMV=インドシナ諸国は2015年)までに撤廃するとしている。ノーマルトラック品目の貿易額は全体の90%で、GATT24条に整合したFTAである。

ACFTAの効果は大きい。2005年の関税先行引き下げとともにASEAN向けFDIが中国に迫る増加を示した。2008年秋のリーマンショック後、FDIは両者とも激減したが、ACFTA発足後、両者間の貿易、FDIは急増。2010年の中国の対ASEAN輸出は対前年比30%増(リーマンショック前の2008年比21%増)、同輸入は45%増(同32%増)、ASEANは中国の第4位の輸出相手、第3位の輸入相手となった。FDIは、ASEANの対中投資が63.2億ドル(前年比35%増)、中国の対ASEAN投資は25.7 億ドル(同42.7%増)で、前者は日本の42億ドルを凌駕している。

3. 中国のFDIと対外援助

中国のFDIは2002年の27億ドルから急増し、2010年に590億ドル、2009年末時点の累積投資額は2457.5億ドルで途上国として最大である。累積ベースの投資先は、アジア75.5%(うち香港66.9%)、ラテンアメリカ12.4%。ASEAN向けは3.51%と投資・海外援助重点地域のアフリカ3.8%に迫る。ASEAN向け投資では(1) 電力・ガス・上水道19.4%、(2) 卸売り・小売17. 1%、(3) 製造業15.5%、(4) リース・ビジネスサービス10.9%、(5) 探鉱9.5%などサービス業や資源向けが目立つ。

対外援助について中国が2011年4月に初めて発表した『中国の対外援助』によると、2009年末の累積援助額2569.9億元(約375億ドル)、うち無償援助1062億元、無利息借款765.4億元、優遇借款735.5億元。供与先の中心はアフリカ(シェア45.7%)、アジア(同32.8%)。うち中央財政支出の「対外援助」は、2009年132.96億元(19.46億ドル)である。

注意すべきは「対外経済合作(経済協力)」である。具体的には「建設請負、労務提供、設計コンサルティング」などで、2009年に1337億ドル(同年の対外援助支出の69倍)。中国の援助プロジェクトの建設・オペレーションを担う中国企業のほとんどは国有企業で、彼らは中国政府の優遇借款などを得ながら「合作」することが多い。これは、被援助国から見ると「援助」(の一環)であり、中国の外交的影響力を支えていると評価できる。ただし、「中国の援助プロジェクトは、実行主体が中国企業、労働者は中国からの派遣で、被援助国が得る経済的果実は小さい」という批判もある。

4. 日本と東アジア

当初の日中貿易は垂直分業関係であったが、その後、大きく変化。2010年の品目別輸出入構造(対中輸出、輸入シェア)は、電気機器(23.5%、25.9%)、一般機械(22.4%、16.8%)で、細目を見ると相互に製品・部品をやり取りする水平分業関係となっている。次に日本の投資先は、アメリカが1位で中国が2位だが、シェアは16.2%対12.6%と接近している。なお、投資業種別では、製造業が7割前後だが、近年は非製造業の比率が高まってきている。

貿易総額において2004年(輸入は2003年、輸出は2009年)以降、中国は日本にとり最大の貿易相手国だが、中国側から見た日本の重要性が相対的に低下している点に留意が必要だろう。貿易額で日本はEU、アメリカに次ぐ第3位でASEAN並み。日本の対中国FDIは先進国中では最多だが、シェアは4~5%。最盛期に年10億ドル超に達した円借款も今はない。

他方、日本企業から見た中国も、製造基地としての魅力が低下。労働紛争頻発や労賃急上昇に加え、2010年9月の尖閣諸島問題やレアアース輸出規制、日本企業職員の拘束、など予測できない政治的リスクが存在するからだ。また、ACFTAで東アジア全体の経済統合度が進み、事業展開の選択肢は広がっている。日本のFDI(国際収支ベース)は、2003~05年は対中国が対ASEANを上回ったが、ACFTAで関税引き下げが開始された2005年頃から対ASEAN投資が増え、2009年には中国69億ドル、ASEAN70億ドルと拮抗。同年の対全世界投資は746.5億ドルで中国のシェアは9.2%、ASEAN9.4%だった。

長年にわたる海外投資で、日本はアジア域内に大規模な産業集積を形成してきた。2010年末における対アジアFDI残高は2168億ドル。うちASEAN6カ国921億ドル、中国678億ドルである。FDIが域内で分散しているのは、各種FTA網を前提に産業、企業レベルで進む国際分業再編の動きを反映したものと思われる。東日本大震災は、全世界に広がる製造業のサプライチェーンの中で、日本が占める役割の大きさを再認識させた。中国の台頭は続くが、域内国際分業再編の中で日本(企業)が主導性を発揮するための条件は既に整っていることを見ておきたい。

(おおにし やすお/新領域研究センター長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。