アジアへの省エネ機器の普及と日本のトップランナー制度(1)
——消費者へどのように働きかけるのか——

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.6

渡邉 真理子
2012年8月31日

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需要管理と市場メカニズム
発展途上国のエネルギー政策において、需要サイドへの働きかけは非常に重要である。そして、需要サイドの中でも産業部門と民生部門とでは、異なるアプローチが必要になり、特に民生部門については対象が国民全体となる場合もある。このため、民生部門の省エネ行動に有効に働きかけるために、市場メカニズムを利用したアプローチの可能性を検討するのが本プロジェクトである。


各国の制度の概観

省エネ家電製品の普及を測るとき、消費者の購買行動と生産者の省エネ機器開発・販売行動の双方にアプローチすることが考えられる。消費者が省エネ機器を積極的に購入することで、民生部門のエネルギー消費を減らしていくことができる。そのために、エネルギー消費の大きな機器を選び、エネルギー消費の基準を設定し、さらにその基準のレベルをラベルとして機器に貼ることで可視化する「基準とラベル」方式がとられてきている。

消費者は省エネ能力が可視化されたラベルを見て、機器の価格、自分自身の所得、機器の利用方法などから、省エネ機器を購買するかどうかを判断していく。そして、省エネ基準の設定により、企業側はどのようなレベルの省エネ能力の製品を販売していくかの戦略を決める。この購入と販売の選択の結果、それぞれの国で利用される機器の省エネ能力が決まってくる。本ポリシーブリーフでは、消費者が省エネ機器の購入にあたって、どのような要素を考慮しているのか、国や制度のもとでの違いがあるのかを検討し、消費者への働きかけのポイントを提言する。

表1 省エネ促進制度
  法規など 省エネ基準 ラベル
中国 省エネ法(1998) MEPS(2005) 23品目について強制貼付
3から5 のレベル
インド 省エネ条例(2001) MEPS(2001) 12品目について自主貼付(2005-)。
Super HEPS(2012) 4 品目について強制貼付(2010-)
タイ 省エネ推進条例(2007) MEPS(1995) 4 品目について自主貼付
HEPS(2007)   

(注) MEPS: Minimum Energy Performance Standard
HPES: Higher Energy Performance Standard
(出所)筆者作成。

消費者の経済的動機と環境保護的動機

日本貿易振興機構は、2011年、タイ、インド、中国を対象に「省エネ意識と購買行動」に関する調査を行った。タイ、インド、中国のそれぞれ首都付近の 都市部、農村部および高、中、低所得層の市民に省エネ機器への関心、環境保護意識、省エネ機器の購買の有無を訊ねたものである。各国、それぞれラベルの対象となっている品目について、購買の有無、購買した場合はラベルの有無などを中心に聞いたものである。このサーベイからの発見は、省エネ機器の購買を決定づけるのは、(1)省エネ機器によるエネルギー費用節約効果、(2)環境保護意識の高さのどちらかが強く効いていることである。

表2

は、エネルギー費用の節約への関心の度合いと、省エネ機器を買ったかどうかを表にしたものである。これによると、タイはエネルギー節約への関心は、買う/買わないという選択をそれほど左右しない。一方で、中国、インドについては、エネルギー費用節約に強い関心を持っている人は、省エネ機器をより多く買っていることがわかる。たとえば、インドの場合、もっとも強くエネルギー費用を節約したいと答えた人が省エネ機器を買っている比率が、買わなかった人にくらべ10ポイントも高い。中国の場合も8ポイントも高い結果となっている。

また、省エネ機器への興味が実際の購買行動に結びついているのかをみたのが、

表3

である。これによると、タイの消費者は省エネ機器への関心と購買行動には強い関係がない。一方、中国の場合は、関心のある人のほとんど(93%)が省エネ機器を購買している。しかし、インドの場合、つよい関心があるが実際に購買した人は67%に止まり、関心が少し弱くなると買わない人が大勢となっている。つまり、関心があるが購買出来ない理由があると考えられる。この調査の別の分析からは、機器の価格が高い、消費者の所得が低い場合は、購入できていないことが表れている。

表2 エネルギー費用節約と購買行動
    エネルギーコストを下げたい  
大変そう思う←———→全く思わない
合計
1 2 3 4 5 6 7  
タイ 買った 40% 31% 19% 3% 5% 1% 1% 100%
買わない 38% 31% 19% 5% 5% 1% 1% 100%
中国 買った 32% 51% 14% 1% 2% 0%   100%
買わない 24% 43% 18% 5% 8% 1%   100%
インド 買った 57% 36% 6% 1%       100%
買わない 47% 40% 10% 0%       100%

(出所)Kusaka, Kojima and Watanabe(2012).(データの出所は、
日本貿易振興機構「省エネ意識と購買行動(中国・タイ・インド)
に関する調査」2011年)

表3 関心と実際の購買行動
    省エネ機器を買ってみたい  
大変そう思う←———→全く思わない
合計
1 2 3 4 5  
タイ 買った 66% 30% 2% 1% 0% 100%
買わない 66% 30% 2% 1% 1% 100%
中国 買った 93% 6% 1%     100%
買わない 74% 18% 6% 0% 2% 100%
インド 買った 67% 31% 1% 0% 1% 100%
買わない 62% 34% 3% 0% 1% 100%

(出所)表2に同じ。

普及推進のための提言

この調査の結果、所得の低い層、環境意識の低い国であっても、経済的要因から省エネ機器の購買には強い興味をもっている事が分かった。この部分に働きかけることで、省エネ機器の普及を高めることができる。特にインドにおいては、商品の価格設定をなるべく低く抑える、月賦など販売方法や融資などによって、資金制約を解消するといった方法がより有効に働くと考えられる。タイや中国においては、追加的に省エネ機器の普及を高めるためには、経済的要 因よりも環境意識の向上への働きかけも有効となる。

参考文献

Kusaka, Wakana, Michikazu Kojima and Mariko Watanabe(2012),“ Environmental Consciousness, Economic Gain and Consumer Choice of Energy Effi cient Appliances in Thailand, China and India ,” IDE Discussion Paper, No. 345.

(わたなべ まりこ/地域研究センター東アジア研究グループ長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。