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世界を見る眼
中東和平問題への道のり
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049677
福田 安志
この記事は2009年5月25日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『中東和平問題への道のり』(福田安志研究員出演)の内容です。
アメリカのオバマ政権が発足して4カ月が過ぎました。オバマ大統領は、先週18日にワシントンでイスラエルのネタニヤフ首相と会談しましたが、今週木曜日にはパレスチナのアッバース議長と会談する予定です。オバマ大統領は中東和平問題、すなわちイスラエルとパレスチナ間の紛争解決に向けた仲介に乗り出そうとしており、注目されています。
なぜ、注目されているのでしょうか。
中東和平問題は、ここ10年間ほどは進展もなく停滞したままです。特に、ブッシュ大統領の時代には、大統領はイスラエル寄りの政策を採り、イスラエルの行動を抑制することをしなかったこともあり、紛争が激化し中東和平は大きく後退しました。オバマ大統領は、ブッシュ政権とは対照的に、イスラエルとパレスチナの双方に働きかけ、また、対話を重視する政策を打ち出しています。オバマ政権の働きかけで中東和平問題が前進するのではとの期待が高まっています。
オバマ大統領の中東政策は、どのようになっているのでしょうか
オバマ大統領の中東外交では、対話と同盟国との関係を重視しています。先週、ネタニヤフ首相と会談し、今週はアッバース議長と会談の予定です。また、親米アラブ諸国の首脳たちとの連携を進め、中東和平の打開をはかろうとしています。エジプトのムバーラク大統領との会談は、大統領の身内に不幸があったために取りやめになりましたが、すでに、ヨルダンやサウジアラビアの国王とは意見交換を行っています。
オバマ大統領は、6月4日にエジプトを訪問し中東・イスラーム世界向けの演説をすることになっています。一連の会談を踏まえて、オバマ大統領が中東和平問題でどのようなイニシアティブを発揮するか注目を集めています。
アメリカは、これまでも中東和平に取り組んできたのでしょうか。
イスラエル・パレスチナ紛争は解決がきわめて難しい問題です。両者は厳しく対立し、過去には、話し合いのテーブルに着くことすらありませんでした。しかし、問題を放置すると中東の安定を損ない、原油の安定供給にもダメージを与えますので、1991年の湾岸戦争後、アメリカが中心となり仲介に乗り出しました。同年マドリードで中東和平会議が開催され、93年にはオスロ合意が成立し、94年にはパレスチナ暫定自治が始まりました。
その後も節目節目にアメリカが関与してきました。アメリカは、事実上、中東和平の主たる当事者になっています。そのアメリカの新政権が、中東和平に本腰を入れる姿勢を見せているわけですので、中東和平が進展するのではと期待が集まっています。
1993年の「オスロ合意」では、イスラエルとパレスチナが双方を交渉相手として認めました。90年代半ばにパレスチナの暫定自治が始まり、パレスチナの存在感が強まりました。そうした中で、多くの国が紛争解決の方向性を共有するようになっています。
それは、まず、お互いの存在を認め、交渉を行い、双方が妥協をして、問題の解決につなげて行こうするものです。お互いの存在を否定する非妥協的な姿勢を貫き、武力によって問題の解決を図ろうとするものではありません。そして、交渉を進め、最終的にパレスチナ国家の樹立につなげようとするものです。
この考え方は、イスラエル国内やパレスチナ人の間では、まだ多数派になっているとは言えませんが、少しずつ理解者を増やしています。一方で、アメリカやヨーロッパ諸国はその考えを支持していますし、エジプトやサウジアラビアなどのアラブ保守派国も、口ではいろいろと条件を付けますが、本音では、その解決方法を受け入れています
オバマ大統領が打ち出している「2国家共存の和平」と呼ばれる方策もその考えに基づいたものです。それは、イスラエルにパレスチナ国家の樹立を認めさせ、2つの国家が共存する形で問題の解決を導こうとする考えです。
その「2国家共存」路線で和平は進むのでしょうか。
現状では難しいです。当事者の間では、総論では賛意を得られる可能性がありますが、各論になると暗礁に乗り上げてしまいます。入植地の問題、エルサレムの帰属、パレスチナ難民の帰還、国境の画定などになると、お互いに譲らずに話が進まなくなります。
しかも、問題をさらに複雑にしているのが、イスラエル国内と、パレスチナ人の間における政治情勢です。イスラエルでは政治の右傾化が進んでおり、パレスチナではイスラーム原理主義者のハマースが支持を集めるようになりました。交渉を進めるためにはお互いに歩み寄ることが必要ですが、それぞれの国内情勢が妥協を困難にしています。
それでも、アメリカは交渉をはじめさせようとしていますが、進みません。交渉開始に際し、なにが障害になっているのでしょうか。
イスラエルによるユダヤ人入植地の拡大が、大きな障害となっています。入植地は1967年以来イスラエルが建設してきたものですが、パレスチナ人の住んでいる西岸地域で入植地の拡大が続いており、パレスチナ側がそれを強く批判しています。
ネタニヤフ首相は入植地拡大の姿勢を崩しておらず、入植地の拡大が続いています。アッバース議長は、イスラエルが入植地拡大を凍結しない限り、交渉を始めないとしており、中東和平の大きな障害となっています。
オバマ大統領は、ネタニヤフ首相に入植地の拡大停止を要求しないのでしょうか。
もちろん求めていますが、しかし、ネタニヤフ首相がそれを受け入れようとはしないのです。先週の会談では、オバマ大統領が入植地拡大の停止を求めたのに対し、ネタニヤフ首相はイランの核開発問題の解決が先であると主張して、かわしたといわれています。
そもそも、ネタニヤフ首相は「2国家共存」策を支持しているのでしょうか。
現在のところ、ネタニヤフ首相は「2国家共存」策を受け入れようとはしていません。オバマ大統領との会談では、ネタニヤフ首相は「和平交渉をすぐに始めたい」と述べたが、「2国家共存」には触れようとしなかったとされています。つまり、パレスチナ側との話し合いは行うが、パレスチナ国家の樹立については答えを留保した形になっています。
パレスチナの側にハマースなどの強硬派勢力が存在しており、「2国家共存」で交渉を始める条件が整っていないと見ているためでしょう。
また、「2国家共存」策でパレスチナ側と交渉を始めるためには、入植地の凍結が必要になります。現在のネタニヤフ政権は、リクード党を中心としつつも右派強硬派の「イスラエル我が家」などと連立を組んでいます。政権発足後わずか4カ月でパレスチナ側に譲歩し入植地を凍結すれば、政権の崩壊につながるからです。
「2国家共存」での交渉を、パレスチナ側はどのように見ているのでしょうか。
アッバース議長は、イスラエルが「2国家共存の和平」を認めない限り、また、入植地拡大を凍結しない限り、交渉を始めないとしています。しかし、そのことは、イスラエルが「2国家共存」、つまりパレスチナ国家の樹立を認め、入植地を凍結すれば交渉に応じるということも意味しています。
問題は「2国家共存」に向けた交渉の内容です。パレスチナ側では、交渉の入り口はさほど難しくありませんが、交渉自体のハードルは高いです。イスラエルが相当の譲歩を示さなければ話は進みません。
パレスチナ側には「2国家共存」を認めようとしない勢力があります。その、最大のものはハマースです。ハマースはイスラーム原理主義者による運動体ですが、1980年代後半以来、パレスチナ人の間で影響力を強めてきました。2006年の議会選挙で過半数を制し、現在はガザ地域を支配下に置いています。ハマースは、イスラエルに対する強硬姿勢を崩しておらず、ガザからイスラエルへロケット弾での攻撃を行い、昨年末から今年にかけてイスラエルのガザ攻撃を招いたことは記憶に新しいことです。
パレスチナ人の間にはイスラエルへの強い反感があります。また、ハマースへの支持には現在も強いものがあります。アッバース議長が安易な妥協を行えば、国民が反発し、国民の支持がいっそうハマースに向かうことになります。たとえ交渉が始まったとしても、その見通しには難しいものがあります。
今後の見通しはどのようでしょうか。
今後の中東和平でカギとなるのは、ネタニヤフ首相とハマースの動きです。ネタニヤフ首相は1990年代後半にも首相をしていました。その時に、アメリカの説得に耳を貸さず強硬姿勢を貫き、クリントン政権との関係が悪化したことがありました。今回、再び首相になりましたが、専門家の中には、ネタニヤフ首相は強硬姿勢を続け、いずれオバマ大統領と衝突するだろうと見ている者もいます。つまり、強硬姿勢を続け、中東和平は進展しないと見ているわけです。
しかし、別の見方もあります。ネタニヤフ首相は経験を積み重ね10年前とは変わっており、条件が合えば「2国家共存」策を受け入れるかもしれないと見ている者たちもいます。アメリカが取り組み姿勢を強める中で、今後、ネタニヤフ首相がどのような政策を選択するのか注目されます。
パレスチナの側では、ハマースが強硬姿勢を続け、ファタハとハマースの分裂状態が続けば、「2国家共存」でイスラエルと有効な交渉ができません。現在、エジプトがハマースとファタハを和解させようとしています。ハマースが態度を変え、アッバース議長側と強調すれば、交渉に向けて、大きな前進となります。しかし、いまだに両者の対立は解けていない状況です。
今後は、今週のオバマ大統領とアッバース議長との会談、オバマ大統領の6月4日のエジプトでの演説、アメリカのイスラエル説得、エジプトの調停などが注目されます。