田中 修

中国経済レポート

預金準備率の引下げ

新領域研究センター 田中 修

2021年7月15日


はじめに

7月7日の国務院常務会議は、「大口取引商品価格の上昇が企業の生産形成に影響を与えていることに対して、『バラマキ』を行わないことを堅持する基礎の上に、金融政策の安定性を維持し、有効性を増強して、適時預金準備率引下げ等の金融政策手段を運用し、実体経済とりわけ中小・零細企業への金融支援を一層強化し、総合資金調達コストの安定の中での引下げを促進しなければならない」としたが、人民銀行はこれを受けて7月15日に預金準備率を引き下げた(公表は9日)。本稿では、この預金準備率引下げの概要を紹介する。

1.公表文

実体経済の発展を支援し、総合資金調達コストを安定の中で引き下げるため、人民銀行は2021年7月9日、7月15日に金融機関の預金準備率を0.5ポイント引き下げる(すでに5%の預金準備率を執行している金融機関を除く)ことを決定公表する。今回の引下げ後、金融機関の加重平均による預金準備率は8.9%となる。

今年に入り、一部の大口取引商品価格が持続的に上昇し、いくらかの小型・零細企業はコストの上昇等の経営困難に直面している。中国は金融政策の安定性・有効性を堅持し、「バラマキ」を行わず、精確に力を発揮し、小型・零細企業への支援を強化する。

今後、人民銀行は引き続き穏健な金融政策を実施し、「穏」(穏健・安定)を頭に置き、流動性の合理的充足を維持し、マネーサプライと社会資金調達規模の伸びを名目成長率と基本的に釣り合わせ、周期を跨った設計をしっかり行い、中小企業・グリーン発展・科学技術イノベーションを支援し、質の高い発展とサプライサイド構造改革のために適切なマネー・金融環境を作り上げる。

2.人民銀行責任者の記者インタビュー
(1)今回の預金準備率引下げは、穏健な金融政策の方向に変化が発生したことを意味するか?

穏健な金融政策の方向に変わりはない。2020年に疫病に対応した際、人民銀行は正常な金融政策の実施を堅持し、5月以降程度は徐々に常態に転換し、2021年1-6月は既に疫病前の常態に戻っている。

今回の預金準備率引下げは、金融政策が常態に回帰した後の伝統的なオペレーションであり、解放された一部の資金は、金融機関によって、期限到来の中期貸借ファシリティー(MLF)の償還に用いられ、一部の資金は、7月中下旬の納税期間のピーク時にもたらされる流動性不足の補填に用いられ、金融機関の長期資金のウエイトを増やし、銀行システムの流動性の総量はなお基本的安定を維持する。

現在、わが国経済は安定の中で好転しており、人民銀行は金融政策の安定性・有効性を堅持し、正常な金融政策を堅持し、「バラマキ」を行わない。

(2)今回の預金準備率引下げは、何を考慮したのか?

今回の預金準備率引下げの目的は、金融機関の資金構造を最適化し、金融サービス能力を高め、実体経済を更に好く支援することである。

①流動性の合理的充足を維持すると同時に、金融機関の資金配分能力を増強し、質の高い発展とサプライサイド構造改革のために適切なマネー・金融環境を作り上げる。

②中央銀行の融資構造を調整し、実体経済を金融機関が支援するための長期に安定した資金源を有効に増やし、金融機関が預金準備率引下げで得た資金を積極的に運用し、小型・零細企業への支援を強化するよう誘導する。

③今回の預金準備率引下げは、金融機関の資金コストを毎年約130億元引き下げ、金融機関の伝達を通じて社会の総合資金調達コストの引下げを促進する。

(3)今回の預金準備率引下げは、どれくらいの資金を解放したのか?

今回の預金準備率引下げは、既に5%の預金準備率を執行している一部の県域法人金融機関を除き、その他の金融機関に対し遍く預金準備率を0.5ポイント引き下げ、預金準備率引下げは長期資金約1兆元を解放した。

一部の金融機関の預金準備率を引き下げなかった主要な原因は、5%の預金準備率は現在金融機関の中では最低であり、この低水準を維持することは、金融機関が実体経済支援と自身の健全な経営を併せ考慮するのに有益である。

3.識者のコメント
(1)民生銀行首席研究員 温彬(経済参考報2021年7月12日)

企業の短期・中長期貸出は、いずれもある程度改善している。これは一面では、企業の借入需要が旺盛であることを説明しており、一面では銀行が実体経済への支援を強化していることを示している。注意すべきは、6月の個人向け中長期貸出の伸びが前年同期よりも1193億元減っており、連続2カ月前年同期よりも伸びが減少していることである。

簿内貸出は、社会資金調達の伸びが増加していることへの主要な貢献であり、委託貸出・信託貸出・銀行引受手形等の簿外融資は引き続き下落の態勢にあり、このほか企業債券・株式・政府債券等の直接金融はいずれも5月より上昇している。

6月のマネー・貸出・社会資金調達が全面的に予想を超えて伸びたことは、実体経済への金融支援の程度が増えたことを体現している。

人民銀行は、7月15日の預金準備率引下げを決定した。これは一面では、PPIの上昇がピークアウトし、インフレ水準が穏やかでコントロール可能となり、預金準備率引下げのための余地を提供したのである。他方で、今回の預金準備率引下げは、銀行のために長期に安定した資金源を影響し、実体経済の成長安定とコスト引下げに資するものである。7-12月、金融は実体経済に対し更に強力な支援を形成し、M2と社会資金調達の伸びはある程度改善し、名目成長率と基本的に釣り合うものと予想される。

(2)東方金誠首席マクロアナリスト 王青(経済参考報2021年7月12日)

6月の個人向け中長期貸出の前年同期からの伸びの減少規模は、5月より顕著に拡大している。この主因は、不動産関連貸出への監督管理の程度が減じず、多くの不動産向け貸出金利が上昇し、個人住宅ローンの伸びの抑制をもたらしているためである。これも最近分譲住宅の販売熱が引き続き冷めてきている印である。

預金準備率引下げの実施は、疑いもなく銀行貸出に対し直接的なインセンティブ作用を生み出し、7月の人民元貸出の伸びは季節性要因により前月比で低下があっても、前年同月比では引き続き伸びの増加が見込まれ、社会資金調達の伸びは反転増加する可能性がかなり大きい。しかし、将来M2と社会資金調達の伸びが、現行水準上で大幅に反転増加する可能性は小さい。

今回の預金準備率引下げの主旨が、正に小型・零細企業への支援にあるように、7-12月の金融政策の主要な力点は、構造的な「維持するものと抑制するものを区別する」というものである。そのうち「維持する」重点は、小型・零細企業、グリーン発展、科学技術イノベーションであり、企業向け中長期貸出は前年同期比の伸びが増える勢いを継続する。「抑制する」のは、主として不動産向け金融と都市投資プラットホーム融資であり、個人向け中長期貸出の前年同期比の伸びが減少する態勢は続くものと予想され、7-12月の基本建設投資の伸びが大幅に上振れる可能性は大きくない。

(3)国家金融・発展実験室特別招請研究員 任涛(経済参考報2021年7月12日)

引き続き預金準備率を更に引き下げる余地がなおあり、とりわけ期限到来圧力がかなり大きい10-12月期は、再度預金準備率を引き下げる可能性がある。しかし、7-12月に中央銀行が引き続き預金準備率を引き下げるかどうかは、なおこれからの経済運営情況を見る必要があり、市場需要を見て決定することになる。

(4)植信投資首席エコノミスト兼研究院院長 連平(中国証券報2021年7月12日)

内部のバランスと内外のバランスの2つの重要な角度から見ると、金融政策が穏健な基調を維持することが必要である。わが国の内需には大きな回復がみられるが、なおまだ完全には疫病前の水準には達しておらず、経済成長の基礎はなお十分牢固ではなく、なお経済運営に必要な政策支援の程度を維持する必要がある。物価には上昇圧力があるが、全面インフレが出現する可能性は決して大きくはない。このような情況下、金融政策は引き締めてはならず、穏健・中立性を維持すべきである。

穏健基調の下で、市場の流動性の合理的充足を維持し、金融政策は構造的で的確な調節を強化すべきであり、とりわけ中小民営企業、小型・零細企業への支援を強化しなければならない。疫病後実施された的確な金融支援政策は、引き続き2022年まで延長することを考慮してもよい。的確で構造的な政策支援を通じて、現在及び将来一段階の複雑なマクロ環境がもたらす影響を緩和し、脆弱部分を強化し、経済の平穏な運営を維持すべきである。

7-12月の金融政策は、内外のバランスの需要を併せ考慮し、穏健な基調を維持し、急転換してはならない。同時に、世界経済の運営とFRBの金融政策の変化をフォローすべきである。中国経済の総体としての運営が良好であり、金融政策が穏健な基調を維持していることに鑑みれば、FRBが引締めの金融政策を開始したとしても、わが国はなお我を主とすべきであり、直ちに追随する必要はない。

(5)工商銀行首席エコノミスト・董事総経理 程実(中国証券報2021年7月12日)

わが国の金融政策は、現在「我を主とし、『穏』(穏健・安定)の字を頭に置く」ことを強調しており、内外の情報を十分掌握し、短期と長期の影響を区分し、主たるものと次のものとの関係を全面把握した基礎の上に確立している。新たな情勢に直面し、わが国の金融政策は穏健基調の強化を変えないと同時に、政策の細部の事前調整・微調整を強化し、変化によって変化に対応し、新たなバランスを実現する。

(6)中銀国際証券首席エコノミスト 徐高(中国証券報2021年7月12日)

過去数カ月、国内投資家の主要な憂慮は、国内マクロ政策の引締めであった。今回の預金準備率引下げは、この方面の憂慮を打ち消した。国内マクロ・コントロールが引締めに向かう段階は、すでに過ぎ去った可能性があり、将来国内マクロ政策はタイミングを選んで外需に起こり得る変化をヘッジし、国内経済成長の平穏を擁護することになる。

(7)興業証券固定収益研究センター首席アナリスト 黄偉平(中国証券報2021年7月12日)

構造的な流動性不足に応じた金融政策の枠組では、不断に増大する準備金需要に直面し、中央銀行は一定の時間をおくごとに市場に長期資金を提供する必要がある。2018年以降、中央銀行は毎年いずれも3回預金準備率を引き下げ、徐々に長期資金を解放してきた。

今回の預金準備率引下げは、なお構造的金融政策の措置の1つである可能性があり、その意味は、銀行の負債コストを一層引き下げ、銀行が小型・零細企業を支援するよう誘導することにあり、信用リスクとファンダメンタルズの下振れリスクを事前に防止しようとした可能性もある。

中央銀行の表現は、なお抑制的・慎重であり、現在新たな金融緩和のサイクルが開始されたとは言い難い。

(8)招聯金融首席研究員 董希淼(中国証券報2021年7月12日)

総量面では極めて「正常」であり、流動性は合理的水準を維持しており、経済成長支援とリスク防止との間のバランスを追求している。構造面では極めて「精確」であり、構造的手段を運用し、グリーン発展、科学技術イノベーション、小型・零細企業、農村振興等への支援を増やしている。

(9)中秦固定収益アナリスト肖雨(中国証券報2021年7月12日)

7-12月は、金融政策は「引き締めず、緩和せず」と予想する。一面では、経済がなお回復プロセスにある中、インフレと為替レート圧力は大きくなく、金融政策を引き締める可能性は大きくない。ただし他方で、「レバレッジ率の安定」の政策要求と、不動産融資への「監督管理強化」の圧力を考慮すれば、金融政策の緩和の余地は明らかに制約を受ける。

(10)国盛証券首席アナリスト 熊園(中国証券報2021年7月12日)

7-12月の政策の主たる基調は、なお「穏健な金融政策+信用の引締め+厳しい監督管理」であり、中央銀行は引き続き、中小・零細企業、製造業企業への構造的支援を更に際立てるだろう。