新時代の社会主義市場経済体制(1)

中国経済レポート

新領域研究センター 田中 修

2020年9月8日


はじめに

新型コロナの感染対策に追われるなか、新華社北京電2020年5月18日は、「新時代の社会主義市場経済体制整備加速に関する党中央・国務院意見」(5月11日)を公表した。

これは、本来党中央委員会にかけてもよい内容であり、1993年の14期3中全会の「社会主義市場経済体制確立の若干の問題に関する党中央の決定」、2003年の16期3中全会「社会主義市場経済体制整備の若干の問題に関する決定」に比べ、形式は「意見」とはなっているものの、実質的にこれらと並ぶ重要文書である。

10月には党5中全会が開催され、「第14次5カ年計画党中央建議」が審議されるが、その中に、この「意見」の内容がどれだけ党「決定」として反映されるかが注目される。

また、今回はこれが党中央単独ではなく、国務院との共同意見とされていることも、昨今の重要政策における党中央と国務院の力関係の変化を示すものとして興味深い。

以下、「意見」の概要を見ておきたい。なお、重要な部分は太字にし、適宜脚注で解説している。

冒頭文章

「社会主義市場経済体制は、中国の特色ある社会主義の重大理論・実践の刷新であり、社会主義基本経済制度の重要な構成部分である

改革開放以来、とりわけ18回党大会以来、わが国は改革の全面的深化を堅持し、経済体制改革の牽引作用を十分発揮させ、社会主義市場経済体制を不断に整備し、億万の人民の積極性を極大まで動員し、生産力の発展を極大まで促進し、党・国家の生命力・活力を極大まで増強して、世に稀にみる経済の急速発展の奇跡を創造した。

同時に、中国の特色ある社会主義は新時代に入り、社会主義の主要矛盾に変化が発生し、経済は既に高速段階から質の高い発展の段階に転換しているが、これらの新たな情勢・新たな要求に比べると、わが国の市場システムはなお不健全、市場の発育はなお不十分であり、政府と市場の関係は完全には調整されておらず、市場のインセンティブが不足し、(生産)要素の流動が円滑でなく、資源の配分効率が高くなく、ミクロ経済の活力が強くない等の問題がなお存在し、質の高い発展を推進するにはなお少なからぬ体制メカニズムの障碍があることを見て取らねばならない。思想を一層解放し、市場化改革を断固深化させ、ハイレベルの開放を拡大し、経済体制のカギ・基礎となる重大改革で不断にブレークスルー・イノベーションを進めなければならない。

19回党大会・19期4中全会の社会主義基本経済制度の堅持・整備に関する戦略手配を貫徹・実施するため、より高い起点・より高いレベル・より高い目標で、経済体制改革及びその他各方面の体制改革を推進し、よりシステムが完備し、より成熟し定型化されたハイレベルの社会主義市場経済体制を構築する。ここで以下の意見を提起する。

1.総体要求
(1)指導思想

習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を導きとし、19回党大会・19期2中全会・3中全会・4中全会精神を全面的に貫徹し、党の基本理論・基本路線・基本方略を断固貫徹し、「五位一体」1 の総体配置を統一的に推進し、「四つの全面」」2 の戦略配置を協調推進する。安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、新発展理念を堅持し、サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持し、人民を中心とする発展思想を堅持し、社会主義の基本経済制度を堅持・整備する。財産権制度と(生産)要素の市場による配分を重点とし、経済体制改革を全面的に深化させ、社会主義市場経済体制の整備を加速し、ハイレベルの市場システムを建設し、「財産権が有効なインセンティブを与え、(生産)要素が自由に流動し、価格の反応がフレキシブルで、競争が公平で秩序立った、企業の優勝劣敗」を実現3する。制度の供給を効果・改善し、国家のガバナンスシステムとガバナンス能力の現代化を推進し、「生産関係と生産力」「上層建築と経済の基礎」の適応を推進し、「より質が高く、より効率的、より公平で、より持続可能な」発展を促進する。

(2)基本原則

①習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を導きとすることを堅持する

党の全面指導を堅持・強化し、中国の特色ある社会主義制度を堅持・整備し、問題志向を強化し、改革の策と方法を正確に把握し、経済のガバナンス方式を引き続き最適化し、「市場メカニズムが有効で、ミクロ主体に活力があり、マクロ・コントロールに力がある」経済体制の構築4に力を入れて、中国の特色ある社会主義制度をより強固にし、その優越性を十分体現させる。

②生産力の解放・発展を堅持する

社会主義初級段階という基本的国情をしっかり把握し、経済建設という中心をしっかり把握し5、経済体制改革の牽引作用を発揮させ、政治・文化・社会・生態文明等の分野の改革を協同で推進し、改革・発展の効率の高い連動を促進し、社会の生産力を一層解放・発展させ、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要を不断に満足させる。

③社会主義の基本経済制度を堅持・整備する

「公有性を主体とし、多様な所有制経済が共同発展」、「労働に応じた分配を主体として、多様な分配方式が併存」、「社会主義市場経済体制」等の社会主義の基本経済制度を堅持し、中国の特色ある社会主義と市場経済を有機的に結びつけ、質の高い発展の推進・現代化された経済システムの建設のために、重要な制度保障を提供する。

④政府と市場の関係を正確に処理することを堅持する

社会主義市場経済の改革の方向を堅持し、市場経済の一般ルールを更に尊重し、市場の資源の直接配分とミクロ経済活動への政府の直接関与を最大限度減らし、資源配分における市場の決定的役割を十分発揮させ、政府の役割を更に好く発揮させ、市場の失敗を有効に補完する6

⑤サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持する

改革の方法を更に多く採用し、市場化・法治化の手段を更に多く運用し、「強固・増強・向上・円滑化」7に力を入れて努力し、構造改革を強化し、制度供給を刷新し、経済のイノベーション力と競争力を不断に増強し、有効需要に適応してこれを誘発し、更にハイレベルの需給の動態的バランスを促進する。

⑥ハイレベルの開放拡大と市場化改革の深化の相互促進を堅持する

断固開放を拡大し、商品と(生産)要素の流動型開放から、ルール等の制度型開放への転換を推進し、国際的に成熟した市場経済制度の経験と人類文明の有益な成果を吸収し参考として、国内制度・ルールと国際(制度・ルール)のマッチングを加速し、ハイレベルの開放により、深層レベルの市場化改革を促進する8

2.公有制を主体とし、多様な所有制経済が共同発展することを堅持し、ミクロ主体の活力を増強する

いささかも動揺することなく、公有制経済を強固にし発展させ、いささかも動揺することなく、非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導し、公有制の多様な実現形式を模索し、民営企業の改革・発展を支援し9、更に多くの活力が充満した市場主体を育成する。

(1)国有経済の配置の最適化と構造調整を推進する

「進むものと退くものを区別し、行うこと行うべきでないことを区別する」ことを堅持し、国有資本をより多く国の民生の重要分野と国家経済の命脈・科学技術・国防・安全等の分野に投下することを推進し、国家戦略目標に奉仕させ、国有経済の競争力・イノベーション力・コントロール力・影響力・リスク抵抗能力を増強し、国有資本を強く優れ大きいものにし10国有資産の流失を有効に防止する。

十分競争的な分野にある国有経済については、資本化・証券化等の方式を通じて、国有資本の配置を最適化し、国有資本の収益を高める。

国有資産の監督管理を一層整備・強化し、国有資本の投資・運営会社の機能・役割を有効に発揮させ、「1企業に1施策」「1つの施策のタイミングが熟すれば、それを推進する」「1つの企業を運営したら、それを成功に導く」を堅持し、既存の国有資本を活性化し、国有資産の価値保全・価値増加を促進する。

(2)国有企業の混合所有制改革を積極かつ穏当に推進する

重点分野の混合所有制改革テストを深く展開する基礎の上に、「ガバナンスを整備し、インセンティブを強化し、本業を際立たせ、効率を高める」要求に基づき、混合所有制改革を推進し、混合所有制経済を規範的に秩序立てて発展させる。

十分競争的な分野の国家出資企業と国有資本運営会社が出資する企業について、一部国有株の優先株への転換を模索し、国有資本の収益機能を強化する11

条件に合致した混合所有制企業が幹部従業員の持株、上場会社のストックオプション、科学技術型企業のストックオプション・利益分配奨励等の中長期のインセンティブメカニズムを確立することを支援する。

国有企業改革を深化させ、国有企業のコーポレートガバナンスと市場化された経営メカニズムの整備を加速し、健全な経営陣の任期制と契約による管理を整備し、中国の特色ある現代企業制度を整備する。

混合所有制企業について、国有独資・資本100%保有の会社と区別したガバナンス制度と監督管理制度の確立を模索する。国有資本がもはや株を絶対支配していない混合所有制企業については、更に柔軟で効率の高い監督管理制度を模索する12

(3)自然独占業種の改革を着実に推進する

「政府と企業の分離、行政と資本の分離、特許による経営、政府の監督管理」を主要内容とする改革を深化させ、自然独占業種のインフラ供給の質を高め、自然独占部分を厳格に監督管理し、競争的部分の市場化の実現を加速し、行政的独占を確実に打破し、市場独占を防止する13

競争が有効な電力市場を構築し、電力開発・使用計画と競争的部分の電力価格を秩序立てて開放し、電力取引の市場化の程度を高める14

石油・天然ガスパイプ網の市場主体への公平な開放を促進し、天然ガスの発生源と販売価格を適時開放し、健全で競争的な石油・天然ガス流通市場を整備する。

鉄道業の改革を深化させ、鉄道輸送業務の市場主体の多元化と適度な競争を促進する。

郵政の一般的なサービス業務と競争的な業務の分業経営を実現する。

タバコの専売・専業経営体制を整備し、適度に競争的な新メカニズムを構築する。

(4)非公有制経済の質の高い発展を支援する制度環境を作り上げる

民営経済・外資企業の発展を支援する健全な市場・政策・法治・社会環境を整備し、活力と創造力を奮い立たせる。

(生産)要素の獲得・参入許可・経営運営・政府調達・公開入札等の方面で、各種所有制企業を平等に扱い、市場競争を制約する各種の障碍と隠れた障壁を打破し、各種所有制主体が法に基づき資源・要素を平等に使用し、公開・公平・公正に競争に参加し、法律の保護を同等に受ける市場環境を作り上げる。

非公有制経済が、電力・石油・ガス等の分野に参入することを支援する実施細則と具体的方法を整備し、サービス業分野への市場参入を大幅に緩和し、社会(民間)資本に向けて更に大きな発展の空間を解放する。

中小企業の発展を支援する健全な制度を整備15し、中小企業向け金融サービスの供給を増やし、民営銀行・コミュニティ銀行等の中小金融機関の発展を支援する。民営企業向け融資の信用強化の支援システムを整備する。民営企業への健全な直接金融の支援制度を整備する。民営企業・中小企業の代金未払いを整理・防止する健全で長期有効なメカニズムを整備し、民営企業間の債務問題を解消するのに有利な市場環境を作り上げる。

親しみやすく清廉な政府とビジネスの関係を構築する政策体系を整備し、規範化されメカニズム化された政府と企業の意思疎通ルートを確立し、重大国家戦略実施に民営企業が参加することを奨励する。

3.市場経済の基礎的制度を打ち固め、市場の公平な競争を保障する

ハイレベルの市場システムを建設し、財産権・市場参入・公平な競争等の制度を全面的に整備し、社会主義市場経済の有効な運営のための体制の基礎をしっかり築き上げる。

(1)財産権制度を全面的に整備する

「帰属が明白、権利・責任が明確、保護が厳格、流転が円滑」である健全な現代財産権制度を整備し、財産権のインセンティブを強化する。

資本管理を主とした経営性国有資産財産権管理制度を整備16し、国有資産監督管理機関の機能・職責履行の方式の転換を加速する17。自然資源・資産の健全な財産権制度を整備する。

公平を原則とした健全な財産権保護制度を整備し、全面的に法に基づき民営経済の財産権を平等に保護し、法に基づき民営企業の合法権益を侵害する各種の行為を厳格に調査処分する18

農村の第二巡目の土地請負の期限が到来した後、さらに30年延長する政策を実施し、農村請負地の所有権・請負権・耕作権を分離する制度を整備する。農村の集団財産権制度の改革を深化させ、財産権の権能を整備し、経営性資産を株数に換算して集団経済組織の構成員に交付19し、農村集団経済の有効な組織形式と運営メカニズムを刷新し、農村基本経営制度を整備する。

知的財産権の創造・運用・取引・保護制度の規則をきめ細かく整備し、知的財産権の権利侵害に対する懲罰的賠償制度を早急に確立し、企業のビジネス上の秘密保護を強化し、新分野・新業態の知的財産権保護制度を整備する20

(2)市場参入のネガティブリスト制度を全面実施する

「全国一つのリスト」による管理モデルを推進し、リストの統一性・権威性を擁護する。  市場参入ネガティブリストの動態的調整メカニズムと第三者評価メカニズムを確立し、サービス業を重点テストとして参入規制を一層緩和する21

統一したリストのコード番号体系を確立し、リスト事項と行政審査・許認可システムを緊密にリンクさせ、相互にマッチングさせる。

市場参入ネガティブリストの情報公開メカニズムを確立し、参入政策の透明度とネガティブリストの使用の迅速性を向上させる。

市場参入評価制度を確立し、各種の顕在化した、あるいは隠れた障壁を定期的に評価、洗い出し調査、整理し、「禁じないものは即参入させる」ことの普遍的実施を推進する。

生産許可制度を改革する。

(3)公平な競争の審査制度を全面実施する

競争政策の枠組みを整備し、競争政策の健全な実施メカニズムを確立し、競争政策の基礎的地位を強化する。

公平な競争を審査するハードな制約を強化し、公平競争審査実施細則を修正・整備し、公平な競争審査のサンプル調査・考課・公示制度を確立し、健全な第三者審査と評価メカニズムを確立する。

フローの審査とストックの整理を統一的にしっかり実施し、全国統一市場と公平な競争を妨害する既存の政策を段階的に整理・廃止する。

公平な競争に違反した問題を通報・反映させる「グリーン・ゲート」(審査の特別優遇ルート)を確立する。反独占・反不当競争法の執行を強化・改善22、法執行に力を入れて、違法のコストを引き上げる。

公平な競争文化を育成・発揚し、公平な競争のための社会環境を一層作り上げる。


*以降、新時代の社会主義市場経済体制(2)に続く。

  1. 経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態文明建設を一体的に進める。
  2. 小康社会の全面的に実現、改革の全面深化、法に基づく国家統治の全面推進、全面的な厳しい党内統治。
  3. これが「ハイレベルの市場システム」の具体的イメージである。
  4. これが「社会主義市場経済体制」のイメージである。
  5. 社会主義初級段階・経済建設中心は、鄧小平理論の再確認である。
  6. これが社会主義市場経済体制整備の具体的中身となる。党18期3中全会の「資源配分における市場の決定的役割」という表現が再掲された。
  7. 「過剰生産能力の削減、過剰住宅在庫の削減、リレバレッジ、企業コストの引下げ、脆弱部分の補強」の成果を強固にし、ミクロ主体の活力を増強し、産業チェーンの水準を向上させ、国民経済の循環を円滑にする。
  8. 開放については、「流動型開放」から「制度型開放」への転換という基本方向が示され、自国の発展に都合のいい新たな国際ルールを構築するのではなく、グローバルスタンダードへのリンクが明記された。また、「開放により改革を促す」という基本的な考え方が示されている。
  9. 民営企業への支援が明確に盛り込まれた。
  10. 「国有企業」の強大化、という表現は避けている。
  11. これは、民営企業や外資企業と競合する分野について、政府が国有企業の経営支配から撤退することを示唆している。
  12. 混合所有で国有株の比率が高い企業であっても、政府の経営支配を見直す方向を示唆している。
  13. 以下の部分をみると、日本の1980年代の「3公社5現業改革」に相当する改革がいよいよ本格化したことが分かる。
  14. 電力改革が本格化したのは、電力閥の巨頭である李鵬元首相の死去と無関係ではないであろう。
  15. 以下は、新型コロナ感染症問題が深刻化して以降、特に重視されている政策である。
  16. 経営管理ではなく、資本管理であることを明らかにしている。
  17. 国有資産監督管理委員会の改組を意味する。
  18. これが財産権制度の最重要部分である。
  19. これにより、農地の集約化が可能となる。
  20. これは米中経済貿易交渉の重要な内容をなす部分である。
  21. サービス業の参入規制緩和が今回の目玉であることが分かる。
  22. 以前より反独占・反不当競争法の実効性が問題とされてきた。