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新型肺炎とマクロ政策(39)

中国経済レポート

 

新領域研究センター 田中 修

2020年7月21日


はじめに

本稿では、7月15日の国務院常務会議の補足事項を紹介する。

7月15日 国務院常務会議における李克強総理の発言(中国政府網2020年7月17日)
(1)記事の全文

「地方政府特別債資金の投下先は、決してイメージ作りプロジェクトや面子を立てるだけのプロジェクトを実施することを決して認めない」李克強総理は、7月15日の国務院常務会議上、強調した。

当日の会議は地方政府特別債をうまく用い、資金とプロジェクトのリンクを強化し、資金の使用効率を高めるよう要求した。7月中旬までに、全人代の批准を経た3.75兆元の新規地方政府特別債は、既に2.24兆元であり、支出は1.9兆元で、全部脆弱部分の補強・重大建設に用いられる。

「今年の新規地方政府特別債の総体としての使用速度はかなり速く、現在の使用率は既に85%に達している。これは疫病の影響に対応し、有効な投資を拡大し、経済の基盤をしっかり安定させることに、積極的な役割を発揮している」と李克強は述べた。

彼は、各地方は特別債の発行・使用を加速し、「新しいタイプのインフラ、新しいタイプの都市化、重大プロジェクト」、公共衛生施設建設を支援し、必要に応じて防災・減災建設に即時用いてもよいと強調した。プロジェクトが短期間内で建設の実施を難しく、資金用途の調整が確かに必要なものについては、原則として9月末までに手順に従い報告・届出を済ませなければならない。

「現在の情況下で、もし新規地方政府特別債を既に発行したなら、直ちにできるだけ速やかに実物成果量を形成し、プロジェクトの質を確保し、経済社会発展に対する投資の重要な牽引作用を好く発揮しなければならない」と総理は述べた。

李克強は、債券資金の投下先を最適化しなければならず、既存債務の借換に用いることを厳禁し、イメージ作りプロジェクトや面子を立てるだけのプロジェクトを実施することを決して認めないと強調した。

「ある地方は、老朽化した住宅団地ではなく、バラック地区改造にも属さない地域を、すぐさま取り壊している。都市の美化のためと言うが、カネがどこから来るのかも考慮せずに、財政の巨大な負担を生み出している」「中国は依然として発展途上国であり、何事を行うにも、必ず力を尽くして行い、力相応に行わなければならない」と総理は述べた。

李克強は明確に、今年新規地方政府特別債はすべて「6つの安定」(雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想を安定させる)、「6つの保障」(庶民の雇用、基本民生、市場主体、食糧・エネルギーの安全、産業チェーン・サプライチェーンの安定、末端の運営を保障する)に用いなければならないと指摘した。

「現在の錯綜し複雑な内外の峻厳な情勢に対して、我々の第一の重要任務は、心を一つに力を合わせて自身の事柄にしっかり取り組むことであり、急ぎ必要でやるべき事をしっかり行うことである。現下のことで言えば、『安定させる』事をしっかり行い、『保障する』事をしっかり行わなければならないということだ」「もし、我々はマクロ政策の調節の程度を掌握してうまく運用し、経済基盤をしっかり安定させれば、未来の発展に巨大な余地を残すことになろう」と総理は述べた。

(2)留意点

新華社でも報道されていない李克強の発言を、なぜわざわざ流したのか。カギは、「ある地方は、老朽化した住宅団地ではなく、バラック地区改造にも属さない地域を、すぐさま取り壊している。都市の美化のためと言うが、カネがどこから来るのかも考慮せずに、財政の巨大な負担を生み出している」という発言部分にある。

これがどの地方を指しているかと言えば、間違いなく北京市であろう。北京市の蔡奇書記(中央政治局委員)は、元々福建省の勤務が長く(1973~99年)、その後浙江省で勤務(1999~2014年)しており、習近平が福建省に勤務した期間(1985~2002年)、浙江省で勤務した期間(2002~07年)と大きくかぶっている。そして中央委員でないにもかかわらず、北京市長に抜擢されており、いわば習近平の子飼いの一人である。そして彼は、北京市長に就任以来、首都の美化を名目に、小規模店舗の強引な取り壊し・立ち退かせを行い、庶民の反感をかったことでも知られている。

李克強総理が、全人代終了後の記者会見で、「西部のある都市は、現地の規範に基づいて、3.6万の露店スペースを設け、その結果一夜にして10万人の雇用を生み出した」と発述べ、6月1-2日、山東省の烟台・青島を視察し、烟台では露店の店主と言葉を交わし、「国家は人民で構成されている。皆が奮闘すれば、企業が活性化し、壮大になる。国家は発展のためにより大きな空間を切り拓く」と店主との写真入りで語ってから、雇用の支えとして「露店経済」が1つの話題となったが、これに対し、6月6日の北京日報アプリは「露店経済は北京にそぐわない」という論評を掲載し、「北京は国の首都で、北京のイメージは首都のイメージ、国家のイメージを代表するものだ。首都都市の戦略的位置づけにそぐわない、穏やかで住みやすい環境づくりにマイナスとなる経済業態を発展させるべきでなく、また発展させることもできない」とし、露店が戻ってくれば、偽物・不良品、騒音公害、あふれる行商人、交通渋滞、不衛生・不文明などかつての都市の持病がたちまち戻ってきて、これまでの管理の成果は水の泡となり、「好ましい首都のイメージ、国家のイメージを築くのにマイナスで、経済の質の高い発展の促進にマイナスである」と反駁した(「中国通信」東京発2020年6月8日)。

この記事は、北京市当局の指示で書かれたものと思われ、蔡奇書記にしてみれば、自分の首都美化・露店強制立ち退き政策を李克強総理に否定され、面子をつぶされたと感じたのであろう。

今回の李克強総理の発言は、これに対する反撃の意味もあり、今後両者の関係が険悪化する可能性もある。過去にも、マクロ政策の進め方をめぐり、温家宝総理と陳良宇上海市書記が激しく対立した例もある。ただ、今回は蔡奇書記が習近平派であるため、事はより複雑である。

にもかかわらず、李克強がイメージ作りのプロジェクトや、面子を立てるだけのためのプロジェクトをするなと批判したのは、全人代で決定された大型景気対策をきっかけとして、地方政府がまたしても便乗プロジェクトを次々に立ち上げる危険性を、李克強が察知したためでもあろう。

2008年11月~2010年末の大型景気対策は、地方政府の乱投資と債務の増大を招いた。今回の対策は財政の持続可能性にも配慮したものになっているが、地方が一斉に乱投資を始めてしまうと、これを止める手段はなかなか見当たらない。今後の地方プロジェクトの動向に注目したい。