2020年政府活動報告のポイント

中国経済レポート

新領域研究センター 田中 修

2020年6月11日


はじめに

5月22日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。このうち、2020年の経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである1

1.構成

全体に簡略化されており、第1章は2019年の政策回顧、第2章は2020年の発展の主要目標と今後の総体手配、第3章~第8章では2020年の政府活動任務を個別に列挙している。

活動任務の比較

表:活動任務の比較

2020年報告は、新型コロナウイルス肺炎(以下「新型肺炎」)による大幅な経済減速を反映して、引き続きマクロ・コントロールが筆頭となり、「内需拡大」が19年の第4位から第3位に昇格した。従来単独項目であった「地域協調発展」「生態環境」は、「内需拡大」に、「改革」「イノベーション」は「市場主体の活力」に吸収された。このため、各論の項目が大幅に減少している2

2.2019年の回顧

冒頭で、「2019年、わが国の発展は、多くの困難・試練に直面している。世界経済の成長は低迷し、国際経済・貿易摩擦は劇化し、国内経済の下振れ圧力が増大している。

習近平同志を核心とする党中央は全国各民族・人民を団結させリードして、堅塁を攻略・難関を克服し、年間主要目標・任務を達成し、小康社会の全面建設のために決定的基礎を打ち立てた」とする。

2019年政府活動報告(以下「19年報告」)の「長年あまりなかったような内外の複雑・峻厳な情勢に直面」「経済には新たな下振れ圧力が出現」より表現が強まった。また、昨年同様、習近平総書記の果たした役割の大きさを強調している。

(1)経済の成果

「経済運営は総体として平穏であった」とし、19年報告の「経済運営は、合理的区間を維持した」から表現を変えた。2019年の成長6.1%・雇用(新規就業者増1352万人、調査失業率5.3%以下)・インフレ(2.9%)が、それぞれ年間目標をクリアしたにもかかわらず、表現を穏やかにしたのは、2020年はこのような数値を維持できないと考えているからであろう。

マクロ政策では、減税・費用引下げは2.36兆元であったとし、元々定めていた「2兆元近い規模」を超えたとした。

農村貧困人口は1100万人減少した。

19年報告は、中国が直面するものとして、①深刻に変化した外部環境(とりわけ米中経済貿易摩擦)、②経済転換の陣痛が際立った峻厳な試練、③ジレンマや多くの困難な問題が増大する複雑な曲面、の3点を挙げ、にもかかわらず、マクロ・コントロールにおいては、「新たな情況・新たな変化に直面して、我々は『バラマキ』式の強い刺激を行わないことを堅持した」としていたが、このような分析は消滅した。新型肺炎の影響があまりにも大きいため、構造的な分析は省略されたのであろう。また、大型景気対策が不可避となり、「バラマキ」の否定は、強調しにくくなったと考えられる。

(2)新型肺炎の影響

新型肺炎については、政府活動報告の冒頭に簡潔に記されている。

「今回の新型肺炎の疫病は、新中国成立以来わが国が遭遇した伝染速度が最も速く、感染範囲が最も広く、防御の難度が最も大きい公共衛生事件である。

習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の下、全国上下・広範な人民大衆の非常な困難と卓絶した努力を経て、犠牲を払い、疫病防御は重大な戦略的成果を得た。

現在、疫病はまだ終息しておらず、発展の任務は異常に困難が大きい。疫病が生み出した損失を最低にまで引き下げるよう努力し、今年の経済社会発展の目標・任務を達成するよう努力しなければならない」。

また、2019年の回顧に続く部分では、経済関連で次の記述がある。

「我々のような14億の人口を擁する発展途上国からすれば、比較的短期間内に疫病を有効に抑制し、人民の基本生活を保障したことは、並大抵なことではなく、成し遂げるには困難を極めた。我々は巨大な代価も払い、1-3月期の経済はマイナス成長が出現し、生産生活秩序は打撃を受けたが、生命は至上であり、これは受け容れるべき、払うにも値する代価であった。

我々は疫病防御と経済社会発展を統一的に推進し、時機を失することなく業務・生産を再開し、8方面90項目の政策措置を推進し、企業支援による雇用安定を実施し、一部の税・費用を減免し、全ての有料道路の通行料を免除し、エネルギーコストを引き下げ、貸出の利息を補助した。手順に則って前倒しで地方政府債務限度額を下達し、農期を過たず春季工作に取り組んだ。疫病対策の第一線と困窮者へ補助金を支給し、価格上昇臨時補助の基準を2倍に引き上げた。

これらの政策は広範な人民大衆が受益し、供給の保障、価格の安定、業務・生産の再開を即時有効に促進し、わが国経済は高い強靭性と巨大な潜在能力を示した」。

続いて、「昨年以外の経済社会発展と今年の疫病防御が得た成績は、習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の結果であり、習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』思想の科学的指導の結果であり、全党・全軍・全国各民族人民の団結奮闘の結果である」と指導部の成果を自画自賛した後、李克強総理は国務院を代表し、全国各民族人民、民主諸党派、各人民団体と各界人士、香港・マカオ特別行政区同胞、台湾同胞・海外華僑同胞、各国政府、国際組織、各国友人に感謝の念を表している。

(3)経済社会の抱える困難・問題

報告は、次の点を指摘する。

①グローバルな疫病の打撃を受け、世界経済は深刻に衰退し、産業チェーン・サプライチェーンの循環が阻まれ、国際貿易・投資が収縮し、大口取引商品市場が動揺している。

19年報告の「世界経済の成長が鈍化」から表現が強まった。また米中経済摩擦を示唆する「外部からの輸入性リスク」という表現は、今回は用いられていない。

国内消費・投資・輸出が低下し、雇用圧力が顕著に増大し、企業とりわけ民営企業、中小・零細企業の困難が際立っており、金融等の分野のリスクがある程度累積し、末端の財政収支の矛盾が激化している。

新型肺炎の影響を受け、経済下振れの表現が著しく強まった。金融リスクについては「隠れた弊害」から「累積」に表現が変化している。

③政府の活動に不足があり、形式主義・官僚主義がなおかなり際立っており、少数の幹部は無責任・不作為であり、遂行能力がない。一部の分野で腐敗問題が多発している。

疫病防御において、公共衛生緊急管理等の方面で、少なからぬ脆弱部分が暴露されており、大衆の一部の意見・建議を重視しなければならない。

これは、新型肺炎の発生により、新たに盛り込まれた部分である。

最後に、「我々は、活動改善に必ず努力し、職責を確実に履行し、心と力を尽くして人民の期待に応えなければならない」としている。

3.2020年発展の主要目標と今後の活動の総体手配

例年の報告では、2020年の位置づけを行うが、2019年12月中央経済工作会議で言及していた「2020年は、小康社会の全面実現と第13次5カ年計画の手仕舞いの年である」という位置づけが、今回は削除されている。それだけ不確定性が増しているということであろう。

3.1 総体要求

「習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の下、習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』思想を導きとし、19回党大会・19期2中全会・3中全会・4中全会精神を全面的に貫徹しなければならない。

党の基本理論・基本路線・基本方略を断固貫徹し、『四つの意識』3を増強し、『四つの自信』4を確固とし、『二つの擁護』5を成し遂げ、小康社会の全面建設の目標・任務をしっかり押さえ、疫病防御と経済社会発展活動を統一的に推進しなければならない。

疫病防御が常態化した前提の下、①安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、②新発展理念を堅持し、③サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持し、④改革・開放を動力として質の高い発展を推進することを堅持しなければならない。

3大堅塁攻略戦を断固しっかり戦い、『6つの安定』(雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想を安定させる)政策を強化し、①庶民の雇用を保障し、②基本民生を保障し、③市場主体を保障し、④食糧・エネルギーの安全を保障し、⑤産業チェーン・サプライチェーンの安定を保障し、⑥末端の運営を保障しなければならない。

内需拡大戦略を断固実施し、経済の発展と社会の安定の大局を擁護し、脱貧困堅塁攻略の決戦・決勝のための目標・任務の達成を確保し、小康社会を全面的に実現しなければならない。

19年報告にあった「五位一体」6、「四つの全面」7が削除され、代わりに「四つの意識」「四つの自信」「二つの擁護」が盛り込まれた。新型肺炎の拡大で党の権威が揺らぐなか、党の路線・権威を再強化する方に重点が置かれた。また、19年報告「5つの堅持」のうち、「質の高い発展」と「改革・開放」が統合され、「4つの堅持」に再編された。さらに19年報告で盛り込まれた「6つの安定」に、新たに「6つの保障」が加わった。

3.2 内外情勢認識

「現在及び今後一時期、わが国の発展が直面するリスク・試練は未曾有のものであるが、我々には独特な政治と制度の優位性、十分な経済基礎、巨大な市場の潜在力、億万の人民の勤労・知恵がある。

試練に向き合い、自信を強固にし、発展の動力を増強し、わが国の発展の重要な戦略的チャンスの時期を擁護し、うまく用いさえすれば、現在の難関を必ず乗り越えることができ、中国の発展は必ずや希望が充満する」としている。

19年報告も、経済の先行きには強気の姿勢を示していたが、その根拠は強靭性・潜在力・イノベーション活力・大衆の願望であった。しかし、今回はまず「独特な政治と制度の優位性」が挙げられており、体制の優越性を強調する傾向が強まっている。

3.3 2020年の経済社会発展の主要な予期目標

報告は、「情勢を総合的に検討・判断し、我々は疫病前に考慮した予期目標について、適切な調整を行った。今年は、雇用の安定を優先させて民生を保障し、脱貧困堅塁攻略戦に断固打ち勝ち、小康社会全面実現の目標・任務の実現に努力しなければならない」とする。

新型肺炎の流行により、目標の大幅な見直しが行われるとともに、重点が雇用安定・脱貧困に絞り込まれたのである。

(1)経済成長:設定せず(2019年は6%~6.5%、実績は6.1%)

報告は、「説明を要するのは、我々は年間の経済成長率の具体的を提起しなかったということである。主として、世界の疫病と経済・貿易の情勢の不確定性が大きく、わが国の発展は、予想が難しいいくらかの影響要因に直面しているからである」とし、成長目標を提起しないことは、「各方面が精力を集中して『6つの安定』『6つの保障』をしっかり実施するよう誘導することに資する」としている。

成長目標が成長率という定量的目標から、「雇用の安定を優先させ民生を保障、脱貧困、小康社会全面実現の目標・任務の実現」の定性的目標に変更された。

(2)雇用

都市新規就業者増:900万人以上(2019年は1100万人以上、実績は1352万人)

都市調査失業率:6%前後(2019年は5.5%前後、実績は12月末全国都市調査失業率5.2%)

都市登録失業率:5.5%前後(2019年は4.5%以内、実績は12月末3.62%)

なお、国家発展・改革委員会の「国民経済・社会発展計画報告」(以下「経済報告」)は、雇用目標を変更したことにつき、「都市新規就業者増に関しては、疫病の衝撃と経済の下振れ圧力増大の影響を受けて、都市の新規就業者増へのプレッシャーは顕著に上昇しているが、新たに成長している労働力を都市で雇用する必要性を考慮すると、相当規模の就業者増を維持することが必要である。

失業率に関しては、疫病の雇用への影響はなお一時期持続するが、我々には、大規模な失業リスクを防止・解消し、雇用をしっかり安定させる自信と能力がある」と説明している。

「新たに成長している労働力」とは、主として今年の大学卒業生874万人を意識しているものと思われる。

(3)消費者物価上昇率:3.5%前後(2019年は3%前後、実績は2.9%)

なお、「経済報告」は、インフレ目標を変更したことにつき、「2019年のCPI上昇の後年度への影響がかなり大きく、疫病の影響を受けて、2020年はいくらか新たなインフレ要因があり、物価の総体としての上昇圧力は依然としてかなり大きい。同時に、3.5%前後の予期目標は、市場の予想安定の必要性を併せ考慮したものである」と説明している。

(4)その他

①輸出入は安定を促し質を向上、国際収支は基本的均衡

②個人所得の伸びは経済成長と基本的に同歩調

③現行基準の下で、農農村貧困人口を全部脱貧困、貧困県の全部名称解消

④重大金融リスクの有効な防止・コントロール

⑤GDP単位当たりエネルギー消費と主要汚染物質排出量を引き続き低下し、第13次5カ年計画の目標・任務達成に努力

19年報告の「マクロ・レバレッジ率を基本的に安定」は削除された。国債・地方債の増発で、安定は困難と考えられたのであろう。

3.4 マクロ政策の方針

「6つの安定」と「6つの保障」の関係については、「『6つの保障』は今年の『6つの安定』活動の注力点である。『6つの保障』の最低ラインをしっかり守れば、経済の基盤をしっかり安定させることができる保障によって安定を促し、安定の中で前進を求めれば、小康社会の全面実現のために基礎を打ち固めることができる」と強調する。

「6つの安定」と「6つの保障」の関係については、「6つの安定」を維持するための重点策が「6つの保障」であることが、明らかにされた。また、国家発展・改革委員会の何立峰主任は5月22日の記者会見において、「『6つの保障』と『6つの安定』は相互補完的であるが、『6つの保障』内部も相互補完的であり、前の3つの保障(庶民の雇用・基本民生・市場主体の保障)は、人民中心の発展思想を直接貫徹実施するものであり、後の3つの保障(食糧・エネルギーの安定、産業チェーン・サプライチェーンの安定、末端の運営の保障)の重点は、前の3つの保障をよりしっかりできるよう、マクロ・社会レベルの面から保障するものである」と説明している。

そして、「雇用・民生をしっかり保障し、脱貧困目標を実現し、さらにリスクを防止・解消するためには、いずれも経済成長の支えが必要であり、経済運営の安定は全局に関わる。改革開放という方法を用いて、雇用を安定させ、民生を保障し、消費を促し、市場を牽引し、成長を安定させて、衝撃に有効に対応し、良性の循環を実現する新たな道を歩みださなければならない」としている。

李克強総理は5月28日の記者会見(以下「会見」)で、「経済成長が重要でないということではない。発展は中国の一切の問題を解決するカギ・基礎である。『6つの保障』の任務、とりわけ前の3つの保障、庶民の雇用を保障し、基本民生を保障し、市場主体を保障』を実現すれば、中国経済のプラス成長を実現できる」と述べている。

(1)積極的財政政策:更に積極的に成果を出さなければならない

19年報告の「力を強め効果を高めなければならない」、12月の中央経済工作会議の「質・効率の向上に力を入れなければならない」よりも、表現が強まった。

2020年度の財政赤字の対GDP比率は3.6%以上とされ、19年度の2.8%より0.8ポイント以上高められた。財政赤字規模は19年度より1兆元増え(2019年度予算は2.76兆元)、同時に、1兆元の疫病対策特別国債を発行する。

これまで、財政部はEUの財政健全基準にならい、財政赤字の対GDP比を3%以内に抑えてきたので、「3.6%以上」は、大幅な譲歩となる。「以上」がついているのは、GDP成長率が定かでないため、成長率が予想以上に鈍化した場合、赤字比率がさらに上昇することを見越してのことであろう。特別国債の用途は、新型肺炎対策に限定されることになった。

報告は、「これは、特殊な時期の特殊な措置である。この2兆元は、全部地方に移転交付され、特殊な移転支出メカニズムを確立し、資金は直接市・県の末端に直接交付し、直接企業に恩恵を及ぼし、国民を利する。資金は主として、雇用の保障、基本民生の保障、市場主体の保障に用い、これには減税・費用引下げ、賃料・利息引下げ、消費・投資拡大等への支援が含まれる」とし、資金の留保・流用を禁じた。

これまで中央から地方への財政移転支出は、省政府に交付され、より下のレベルの地方政府には省政府が配分していたため、末端政府には十分に資金が行き渡らなかった。それを今回は特例として、直接末端に交付することとしたのである。李克強総理は、会見で「新しく増やした財政赤字と疫病対策特別国債の資金は全部地方に回し、省にとっても『通りすがりの福の神でしかない』」としている。

他方で、「財政支出構造の最適化に力を入れ、基本民生支出は増やすのみで減らしてはならず、重点分野への支出を確実に保障しなければならない。一般性支出を断固圧縮しなければならず、大きな庁舎・公会堂・招待施設等の新建設を厳禁し、大風呂敷の浪費を厳禁する。各レベルの政府は真に倹約せねばならず、中央政府は率先して中央レベルの支出をマイナスで計上し、うち不急・不要な裁量的支出を50%以上圧縮する。各種剰余金・遊休資金は、回収できるものは全て回収し、他に再計上する。質・効率を高めることに力を入れ、各支出をきめ細かく予算計上し、全ての資金を確実に必要で肝心な部分に充て、必ず市場主体と人民大衆に真の実感を与えなければならない」

中央財政の裁量的な一般歳出を50%削減し、いわゆる「箱物」の建設を厳禁した。地方政府に資金を与え、投資拡大を要請すると、地方政府はしばしば豪華な箱物の建設に資金をつぎ込んでしまうからである。

(2)穏健な金融政策:更に柔軟・適度にしなければならない

19年報告の「緩和と引締めを適度にしなければならない」が変更された。そもそも12月の中央経済工作会議で、既に「柔軟・適度にしなければならない」となっていたが、それをより強めた形となっている。

具体的には、「預金準備率引下げ・利下げ、再貸出等の手段を総合的に運用して、M2と社会資金調達規模の伸びが、顕著に昨年より高くなるよう誘導する。人民元レートの合理的な均衡水準での基本的安定を維持する。実体経済に直接達するよう金融政策手段を刷新し、企業の円滑な貸出獲得を推進し、金利の持続的な低下を推進する」としている。

「経済報告」は、これに加え、①流動性の合理的充足を維持し、貸出金利の一層の低下を誘導し、企業の総合的な資金調達コストの顕著な低下を牽引、②中小・零細企業向け貸出の元本償還・利払い延期政策を延長し、小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス(包摂融資)について延長できるものは全て延長するよう努力し、困難がかなり大きい一部大中型企業について返済延期を交渉、③金融機関が中小・零細企業に無担保貸出を強化し、小型・零細企業にインクルーシブな無担保貸出を行うよう奨励、④外貨準備の合理的・適度な規模を維持、⑤金融安定・リスク処理をしっかり行い、システミックリスクを発生させない最低ラインをしっかり守る、を列挙している。

19年報告は「M2と社会資金調達規模の伸びは、GDPの名目成長率と釣り合うようにし」としていたが、名目成長が今年は低水準と見込まれるため、「昨年より顕著に高める」と表現を改めたのであろう。

(3)雇用優先政策:全面的に強化しなければならない

19年報告の「全面的に力を発揮しなければならない」よりも表現が強まった。

財政・金融・投資等の政策は、力を集中し、雇用安定を支援しなければならない。現有の雇用の安定に努力し、新たな雇用を積極的に増やし、失業者の再就職を促進する。各地方は、雇用への不合理な規制を整理・取り消し、雇用を促す措置で打ち出せるものは全て打ち出し、ポスト新設方法で用いることができるものは全て用いなければならない」とする。

今年は、雇用の保障がマクロ政策のメインであることが分かる。

「経済報告」は、これに加え、①企業の支援による雇用安定を強化し、地域・企業・人ごとに分類して支援し、大規模な失業リスクの防止・解消に注力、②庶民の雇用保障に対する大衆による起業・万人によるイノベーションの支えの役割を更に好く発揮し、関連支援政策を模索して、大学卒業生のイノベーション・起業を奨励、③大学卒業生・出稼ぎ農民等の重点層への支援を強化し、一部の職業資格について「先にポストに就けて、あとから検証する」段階的措置を実施、④就業困難者とりわけ貧困労働力の就職援助を強化し、就業者ゼロ家庭の動態的解消を確保、を列挙している。

(4)3大堅塁攻略戦

報告は、「脱貧困は、小康社会の全面実現のために、達成しなければならないハードな任務であり、現行の脱貧困基準を堅持し、貧困支援への投入を増やし、貧困支援措置の実施を強化し、残った貧困人口の全部脱貧困を確保し、貧困に戻った人口の健全なモニタリング・支援メカニズムを整備してしっかり執行し、脱貧困の成果を強固にしなければならない。

「貧困支援への投入増」は、全人代で追加された。

『青空・澄んだ水・きれいな土』防衛線をしっかり戦い、汚染対策堅塁攻略戦の段階的目標を実現しなければならない。

重大リスクの防止・コントロールを強化し、システミックリスクを発生させない最低ラインを断固しっかり守る」とする。

19年報告では、3大堅塁攻略戦の順番は、リスク防止、脱貧困、汚染対策であったが、今年は脱貧困が筆頭になった。これは、今年が脱貧困堅塁攻略の最終年であり、GDP倍増という「量」の目標達成が不確定となるなかで、脱貧困を成し遂げることで、小康社会の全面実現を「質」の面で達成したと強調したいのであろう。そのためにも、新型肺炎の影響で過去の貧困脱却者が再び貧困に陥ったり、新たに貧困に陥ったりする者が増えては困るのである。

(5)マクロ政策の留意点

報告は、「今年は、既に5カ月近く過ぎ、今後は常態化した疫病防御をいささかも手を緩めることなく、経済社会発展のための各政策に早急にしっかり取り組まなければならない。打ち出した政策の程度を維持するのみならず、持続可能性を考慮し、情勢の変化に応じて見直してよい。我々には、年間の目標・任務を達成する決意と能力がある」とする。

これは、リーマンショック時の大型景気対策の反省でもあろう。大型景気対策は手仕舞いのタイミングが難しく、インフレ・過剰生産能力等の副作用を生みやすい。また、財政面で大幅な財政赤字の拡大を決めた以上、後年度負担をよく意識し、財政の維持可能性も配慮しなければならないのである。なお、これまで習近平総書記が強調してきた、「サプライサイド構造改革」の記述は、今年は削除された。その一部は「6つの保障」に盛り込まれており、景気後退のなかでわざわざ特記する必要はないということであろう。

なお、李克強総理は、会見において、「過去に自分は『バラマキは行わない』と言ったが、現在も変わりはない。しかし、特殊な時期には特殊な政策が必要である」としながらも、資金が多すぎればバブルを形成し、投機を行ったり、どさくさに紛れて儲けようとする人間が出てくると警告している。

ここまでが、「政府活動報告」の総論部分であり、以下、政策各論となる。

なお、今回は報告全体が簡略であったため、全人代で多くの項目が追加された。主な追加については、注記することとする。

4.マクロ政策の実施を強化し、企業を安定させて雇用の保障に力を入れる

この部分が、マクロ政策の具体的中身になる。

報告は、「雇用・民生を保障し、億を上回る市場主体をしっかり安定させ、力を尽くして企業とりわけ中小・零細企業、個人工商事業者の難関克服を援助しなければならない」とする。李克強総理は、会見で「我々は現在、1億2000万の市場主体(企業と個人工商事業者)がある」と述べている。

(1)減税・費用引下げを強化する

2020年は、19年に打ち出した増値税と企業年金保険の保険料率引下げを引き続き執行して、新たに約5000億元減税・費用引下げを行う。

このほか、中小・零細企業の年金・失業・労災保険の保険料免除、小規模納税者の増値税減免、公共交通・輸送、レストラン・旅館、観光・娯楽、文化・スポーツ等のサービスへの増値税免除、民間航空発展基金・港湾建設料金の免除を含む、これまで打ち出した6月前に期限到来する減税・費用引下げ政策を、全部今年の年末まで延長する。

小型・零細企業、個人工商事業者の所得税納付を、一律来年まで延長する。

以上合計で、2020年は、企業のために新たに2.5兆元を超える負担を軽減する。

2019年の目標「2兆元近く」、実績「2.36兆元」をさらに上回る負担軽減が設定された。

(2)企業の生産・経営コストの引下げを推進する

工商業の電力価格を5%引き下げる政策を、今年の年末まで延長する。

ブロードバンドと専用回線の使用料を平均15%引き下げる。

国有不動産賃料を減免し、各種業種の不動産賃料の減免あるいは猶予を奨励し、政策支援を与える。

規則に違反した、企業に係る費用徴収を断固取り締まる。

新型肺炎の影響で、新たに不動産賃料の減免が盛り込まれた。

(3)企業を安定させるための金融支援を強化する

中小・零細企業向け貸出の元本償還・利払いを猶予する政策を、来年3月末まで再延長し、小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス(包摂的貸出)を猶予できるものは全て猶予し、その他困難な企業向け貸出について期間猶予を協議する。

考課・インセンティブメカニズムを整備し、銀行が「進んで貸し、貸したいと思い、貸せる」ようになり、小型・零細企業向けに、無担保貸出、初回貸出、元金据置きの継続貸出を大幅に増やし、金融科学技術とビッグデータを利用してサービスコストを引き下げ、サービスの精確性を高めるよう奨励する。

政府債務保証のカバー面を大幅に開拓し、手数料率を顕著に引き下げる。

大型商業銀行は、小型・零細企業向けインクルーシブファイナンスの伸びを40%より高めなければならない。

企業に係る信用情報の共有を促進する。企業の債券による資金調達を支援する。

監督管理を強化し、資金の「空転」による利ザヤ稼ぎを防ぎ、悪意の債務逃れを取り締まる。

金融機関が貸出先企業と共生・共栄し、銀行が合理的に利益を還元することを奨励する。

市場主体を保障するため、中小・零細企業向け貸出の獲得可能性(アクセシビリティ)を必ず顕著に高め、総合資金調達コストを必ず顕著に引き下げなければならない。

2019年の国有大型商業銀行の小型・零細企業向け貸出を、「30%以上」増から「40%超」と、一段と貸出が強化された。新型肺炎の影響から元本償還・利払い猶予が政策の柱の1つとなった。

なお、「考課・インセンティブメカニズム」「進んで貸し、貸したいと思い、貸せる」「金融科学技術・ビッグデータ利用」「企業信用情報」「悪意の債務逃れ」は、全人代で追加された。

(4)あらゆる手を尽くして雇用を安定・拡大する

報告は、「重点業種・重点層の雇用支援を強化する」としている。

①今年の874万人の大学卒業生については、大学・現地政府は継続的に就業サービスを提供し、末端でのサービス・プロジェクトの募集を拡大しなければならない。

退役軍人の雇用保障をしっかり行う。

出稼ぎ農民が就業地で雇用サービスを平等に享受できる政策を実行する。

障害者、就業者ゼロ家庭等の困窮層の雇用を支援する。

わが国のアルバイトを含む柔軟な就業者数は億を数え、今年低所得者に対して社会保険料猶予自己申告制政策を実行し、就業に係る行政事業性手数料徴収を全て取り消し、露店経営の場所を合理的に設ける。

⑥職業技能訓練によって雇用の安定を支援し、市場に対応した技能訓練を強化し、仕事を与えることで訓練に代えることを奨励し、生産関連実習訓練基地を共同建設・シェアし、今年と来年、延べ3500万人以上職業技能訓練を実施し、高等職業学校の学生募集を200万人拡大し、より多くの労働者の技能を向上させ、就業しやすくさせる。

職業技能訓練対象者は2019年の「延べ1500万人以上」から「3500万人以上」に、高等職業学校の募集は、19年の「100万人」から「200万人」に拡大された。

なお、「末端でのサービス・プロジェクト募集」「露店経営」「市場対応の技能訓練」「仕事による訓練の代替」「生産関連実習訓練基地」は、全人代で追加された。

5.改革に依拠し、市場主体の活力を奮い立たせ、発展の新たな動力エネルギーを増強する

報告は、「困難・試練がより大きければ、改革をより深化させ、体制メカニズムの障碍を打破し、内生的な発展動力を奮い立たせなければならない」としている。

(1)「行政の簡素化・権限委譲、管理と緩和の結合、サービスの最適化」改革を深化させる

措置を調整し、手続きを簡素化し、操業・生産・市場・業務の全面再開を促進する。

より多くのサービスの「オンライン・ワンストップ」手続、企業開業手続の全過程オンラインサービス化を行う。小型・零細企業、個人工商事業者登記を経営場所に限る規制を緩和し、各種起業家が円滑に登録・経営を行い、円滑に支援政策を享受できるようにする。

大中小企業の融合発展を支援する。社会信用システムを整備する。公正な監督管理により公平な競争を擁護し、引き続き市場化・法治化・国際化されたビジネス環境を作り上げる。

新型肺炎の影響により、「操業・生産・市場・業務の全面再開」が盛り込まれた。

なお、「社会信用システム」は、全人代で追加された。

(2)生産要素の市場による配分改革を推進する

中小銀行の資本補充とガバナンス整備を推進し、中小・零細企業をより好くサービスする。

創業ボードを改革し、登録制の試行を進める。様々な資本市場を発展させる。保険の保障機能を強化する。省レベル政府に建設用地のより大きな自主権を賦与する。

人材流動を促進し、技術・データ市場を育成し、各種生産要素の潜在能力を奮い立たせる。

なお、「様々な資本市場」は、全人代で追加された。

(3)国有資本・国有企業改革の成果を高める

「国有企業改革3年行動」を実施する。健全な現代企業制度を整備し、国有資産監督管理体制を整備し、混合所有制改革を深化させる。

社会機能(公共サービス機能)の分離と、歴史的遺留問題の解決を基本的に完成させる。

国有企業は本業に主たる責任を集中し、市場化された健全な経営メカニズムを整備し、核心競争力(コアコンピタンス)を高めなければならない。

混合所有制改革については、2019年の「積極かつ穏当」より表現が強まった。「ゾンビ企業の処理」の記述が消えた代わりに、国有企業の本業への集中と、公共サービス機能の分離によるスリム化が盛り込まれている。

なお、「現代企業制度」は、全人代で追加された。

(4)民営経済発展の環境を最適化する

民営企業が生産要素・政策支援を平等に獲得することを保障し、企業の性質に釣り合わない不合理な規定を、整理・廃止する。

政府機関・国有企業の民営企業・中小企業への未払い金を、期限を決めて完済する。

親しみやすく清廉な「政商関係」(政府と民営企業の関係)を構築し、非公有制経済の健全な発展を促進する。

新型肺炎の影響もあり、「未払い金の完済」が盛り込まれた。また、「民法典」が編纂されたことにより、2019年の「財産権保護」は削除された。

なお、「国有企業の未払い」が、全人代で追加された。

(5)製造業と新興産業の発展を推進する

製造業の質の高い発展を支援する。製造業向けの中長期貸出を大幅に増やす。

工業インターネット(産業用モノのインターネット)、スマート製造を推進し、新興産業の集積群を育成する。研究開発設計、現代物流、検査認証等の生産関連サービス業を発展させる。Eコマース、オンラインサービス等の新業態の、新型肺炎対策における重要な役割を発揮させる。

引き続き支援政策を打ち出し、「インターネット+」を全面的に推進し、デジタル経済の新たな優位性を作り上げる。

2019年にあった「製造強国」の記述が消えた。また、新が肺炎の中で急成長しているEコマース、オンラインサービスの役割が強調されている。

なお、「新興産業の集積群」「研究開発設計等の生産関連サービス業の発展」は、全人代で追加された。

(6)科学技術イノベーションの支えの能力を高める

基礎研究と応用基礎研究を安定的支援し、企業が研究開発への投入を増やすよう誘導する。

国家実験室の建設を加速し、国家重点実験室システムを再編し、社会(民間)の研究開発機関を発展させ、カギとなる技術・コア技術の難関攻略を強化する。民生関連の科学技術を発展させる。

国際的な科学技術強力を深化させる。知的財産権への保護を強化する。科学技術の成果の実用化メカニズムを改革し、イノベーションのチェーンを円滑にし、イノベーションを奨励し、失敗に寛容な科学研究環境を作り上げる。

重点プロジェクトの難関攻略のリーダー公募を実施し、実行できる者に実行させる。

なお、「カギ・コアの技術」「民生関連科学技術」「成果の実用化」「イノベーションチェーン」「奨励・寛容な科学研究環境」は、全人代で追加された。

(7)大衆による起業・万人によるイノベーションを深く推進する

起業投資・株主権投資を発展させ、起業への債務保証付き融資を増やす。

新たな全面イノベーション・改革テストを深化させ、新たに「大衆による起業・万人によるイノベーション」モデル基地を建設し、包摂的で慎重・周到な監督管理を堅持し、プラットホーム経済・シェアリングエコノミーを発展させ、社会(民間)の創造力を更に大きく奮い立たせる。

なお、株主権投資は、全人代で追加された。

イノベーション関連の項目が盛り込まれた代わりに、2019年報告にはあった財政・税制・金融改革の記述は削除された。

2020年は、2013年の党18期3中全会で決定された重大分野の改革について、「決定的成果」を挙げることとされているが、改革についてはあまり記述が割かれていない。これについて、国家発展・改革委員会は、5月24日の記者会見おいて、最近公布した「新時代の社会主義市場経済体制の整備加速に関する意見」「より完備された生産要素の市場による配分体制メカニズム構築に関する意見」の2つの改革の大文件をしっかり実施し、注力点を①ハイレベルの市場システムの確立推進、②国有資本・国有企業改革の質・効率の向上、③民営経済の発展環境の最適化、④基本公共サービスの健全な体制メカニズムの整備、の4点とすることを明らかにしている。

6.内需拡大戦略を実施し、経済発展方式の転換加速を推進する

報告は「わが国の内需の潜在力は大きく、サプライサイド構造改革を深化させ、民生志向を際立たせ、消費振興と投資拡大を有効に結びつけ、相互に促進しなければならない」とする。

(1)消費の回復を推進する

雇用の安定を通じて、増収を促し、民生を保障し、個人の消費意欲と能力を高める。

レストラン・ショッピングセンター・文化・観光・家事サービス等の生活関連サービス業の回復・発展を支援し、オンライン・オフラインの融合を推進する。

自動車の消費を促進し、駐車難の問題の解決に力を入れる。

老人介護サービス・幼児保育サービスを発展させる。ヘルスケア産業を大きく発展させる。商店街を改造・グレードアップする。Eコマース・宅配サービスの農村への普及を支援し、農村消費を開拓する。

多くの措置を併せ打ち出して消費を拡大し、大衆の多元化した需要に適応する。

新型肺炎の影響が深刻な生活関連サービス業の回復・発展支援に重点が置かれている。なお、自動車消費の促進とヘルスケア産業の発展は、全人代で追加された。最近の自動車消費の回復傾向、国民の健康志向を意識したものであろう。

(2)有効な投資を拡大する

19年報告の見出しは「合理的に拡大」であったが、「合理的」が消えた。

今年は地方政府特別債3.75兆元を計上(対前年比1.6兆元増)し、特別債をプロジェクト資本金に用いる比率を高める。中央予算内投資は6000億元(19年度は5776億元)を計上する。

②消費を促し民生を優遇するのみならず、構造調整の持続力を増す「2つの新、1つの重」建設を重点的に支援する。これは、

1)新しいタイプのインフラ建設を強化する

新世代情報ネットワークの発展、5Gの応用を開拓、データセンターを建設、充電スタンドの増加、新エネルギー車の普及、「新たな消費需要を奮い立たせ、産業のグレードアップを助力」が列挙されている。

なお、「経済報告」では、新しいタイプのインフラとして、5G、モノのインターネット、自動車のインターネット、工業インターネット(産業用モノのインターネット)、AI、一体化されたビッグデータセンターを挙げている。

2)新しいタイプの都市化建設を強化する

県都の公共施設とサービス能力を大いに高め、農民の日増しに増加する県都での従業・居住需要に適応する。都市の老朽化した住宅団地3.9万カ所の改造を新規着工し、パイプライン改造・エレベーターの取付を支援し、在宅老人ケア・飲食・清掃等の多様なコミュニティサービスを発展させる。

なお、在宅老人ケアは、全人代で追加された。

3)交通・水利等の重大プロジェクト建設を強化する

国家鉄道建設資本金を1000億元増やす。市場による健全な資金調達メカニズムを整備し、民営企業の平等な参加を支援する。優良なプロジェクトを選定し、後遺症を残さないことにより、投資に持続的に効率・収益を発揮させる。

ここでも、マクロ政策の持続可能性が考慮されている。

なお「経済報告」は、重大プロジェクトの例として、長江流域沿いの高速鉄道・沿海高速鉄道、四川-チベット鉄道、重点メガロポリス(都市群)・都市圏の都市間鉄道・都市近郊鉄道、重要水利プロジェクト、ハブ空港・ローカル線空港、高速自動車国道・一般幹線自動車国道・農村道路、内陸河川水運を挙げている。

(3)新しいタイプの都市化を深く推進する

中心都市とメガロポリス(都市群)の総合的な牽引作用を発揮させ、産業を育成し、雇用を増やす。

「住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない」という位置づけを堅持し、都市ごとに施策を講じ、不動産市場の健全な発展を促進する。

住民に利する施設・バリアフリー施設を整備し、都市を働くにも住むにもより快適にする。

「不動産を短期的刺激策としては用いない」という、公式文書によく使われていた表現は、ここでは使用されていない。なお、バリアフリー施設整備は、全人代で追加された。

(4)地域発展戦略の実施を加速する

西部大開発、東北全面振興、中部地域興隆、東部率先発展を引き続き推進する。

北京・天津・河北協同発展、広東・香港・マカオ大ベイエリア建設、長江デルタ一体化発展を深く推進する。

長江経済ベルトの大保護に共同で取り組む。「黄河流域の生態保護と質の高い発展計画要綱」を編成する。

成都・重慶の2つの都市経済圏建設を推進する。旧革命根拠地・民族地域・辺境地域・貧困地域の急速な発展を促進する。海洋経済を発展させる。

湖北発展支援包括政策を実施し、雇用・民生・運営を保障し、経済社会秩序の全面回復を促進する。

新たに成都・重慶の2都市がクローズアップされた。また、新型肺炎による湖北経済社会のダメージが大きいため、支援対策が特記されている。

(5)生態環境対策の成果を高める

法に基づき、科学的、精確な汚染対策を際立たせ、重点地域の大気汚染対策堅塁攻略を深化させる。汚水・ゴミ処理施設の建設を強化し、生活ゴミの分類を推進する。

人口密集地域の危険化学品生産企業を移転させ改造する。省エネ・環境保護産業を壮大に発展させる。野生動物を違法に捕獲・殺害、取引、食用にする行為を厳格に処罰する。

重要生態システム保護・修復重大プロジェクトを実施し、生態文明建設を促進する。

新型肺炎の発生を踏まえ、野生動物の食用禁止が特記された。なお、「生活ゴミの分類」は、全人代で追加された。

(6)エネルギー安全を保障する

石炭のクリーンで効率の高い利用を推進し、再生可能エネルギーを発展させ、石油・天然ガス・電力の生産・供給・販売システムを整備し、エネルギー備蓄能力を高める。

エネルギー安全の保障は「6つの保障」の1つである。

7.脱貧困堅塁攻略の目標実現を確保し、農業の豊作・農民の増収を促進する

 報告は、「脱貧困堅塁攻略と農村振興措置を実施し、重要農産品の供給を保障し、農民の生活水準を高める」とする。

(1)脱貧困堅塁攻略戦に断固打ち勝つ

残った貧困県・貧困村の堅塁攻略を強化し、出稼ぎ労働力については、就業地で雇用を安定させなければならない。消費による貧困支援行動を展開し、貧困を支援する産業の回復・発展を支援する。

別の土地への移転の後に続く支援を強化する。東部・西部の貧困支援協力と中央部門の定点的な貧困支援を深化させる。特殊貧困人口の最低ライン保障を強化する。貧困堅塁攻略のセンサスをしっかり行う。

貧困県を脱却した県への主要な支援政策を引き続き執行する。引き続き脱貧困と農村振興を有効にリンクさせ、全力で脱貧困層を富裕に向かわせる。

なお、貧困県脱却後の支援策は、全人代で追加された。支援を打ち切れば、元の貧困県に戻る可能性が高いのであろう。

(2)農業生産への取組みに力を入れる

穀物の作付面積と生産量を安定させ、多毛作指数を高め、籾米の最低買付価格を引き上げ、穀物を大量に生産する県への奨励を増やし、重大病虫害対策に力を入れる。大豆等植物油原料の生産を支援する。

法規に違反した農地の転用行為を取り締まり、ハイレベルの農地8000万ムー(約533万ha)を新たに造成する。優良品種を育成・普及する。農業機械への補助政策を整備する。農村改革を深化させる。

アフリカ豚熱等の疫病防御を強化し、豚の生産を回復し、家畜・家禽飼育と水産養殖を発展させる。健全な農産品の流通システムを整備する。主食供給の省長責任制と副食品供給の市長責任制を徹底する。我々は14億の中国人の食事を賄う能力があり、自らの手でしっかり賄わなければならない。

新型肺炎が世界で蔓延しているため、食糧の生産・輸出に影響が出ており、当局は否定しているが、中国で食糧不足が起こることが懸念されており、「6つの保障」には食糧安全保障も入っている。韓長賦農業・農村部長は、5月22日の記者会見で、「籾米と小麦の自給率は100%に達し、現在の在庫は1年の生産量を超えており、全国人民の1年分を供給できる」とし、食糧危機の可能性を否定した。

なお、「大豆生産」「優良品種」「農業機械」「アフリカ豚熱」「家畜・家禽・水産」は、全人代で追加された。

(3)農民の就業・増収ルートを開拓する

農民が近場で就業・起業することを支援し、1次・2次・3次産業の融合発展を促進し、仕事を与えることで金銭支援に代える規模を拡大し、帰郷した出稼ぎ農民が仕事をして収入を得られるようにする。農民の職業技能訓練を強化する。法に基づき、出稼ぎ農民への賃金未払い問題を根治する。

適切な規模の経営主体を支援し、農家への社会化サービスを強化する。農産品の加工高度化を支援する。農村の産業発展のための用地保障政策を整備する。集団経済の実力を増強する。特別債券の投入を増やし、現代農業施設・飲料水安全プロジェクト・居住環境対策を支援し、農民の生産生活条件を引き続き改善する。

地方政府特別債券の一部が、農業・農村対策に用いられることを明らかにしている。

なお、「出稼ぎ農民の賃金未払い」「農産品加工の高度化」「農村産業の用地保障」は、全人代で追加された。

8.よりハイレベルの対外開放を推進し、対外貿易・外資の基盤をしっかり安定させる

報告は、「外部環境の変化に対して、対外開放を断固拡大し、産業チェーン・サプライチェーンを安定させ、開放により改革を促し、発展を促さなければならない」とする。

(1)対外貿易の基本的安定を促進する

企業の受注増加と雇用の安定・保障を軸に、貸出を増やし、輸出信用保険のカバー面を拡大し、輸出入のコンプライアンスコストを引き下げ、輸出製品の国内販売転用を支援する。

クロスボーダーEコマース等の新業態の発展を加速し、国際貨物輸送能力を高める。新たなサービス貿易のイノベーション・発展のテストを推進する。第3回輸入博覧会を首尾よく開催し、輸入を積極的に拡大し、世界に向けたハイレベルの大市場を発展させる。

新型肺炎の影響で海外からの受注が減っているため、輸出製品の国内販売への転用が必要となっている。

(2)外資を積極的に利用する

外資参入のネガティブリストを大幅に縮減し、クロスボーダーサービス貿易のネガティブリストを打ち出す。経済特区の改革・開放を深化させる。

自由貿易試験区により大きな改革・開放の自主権を賦与し、中西部地域において、自由貿易試験区・総合保税区を増設し、サービス業の開放拡大総合テストを推進する。海南自由貿易港の建設を加速する。内資・外資企業を同等に扱い、競争が公平な市場環境を作り上げる。

香港問題が深刻化するなかで、海南自由貿易港が、19年報告の「建設の模索」から「建設の加速」に強められている。

(3)質の高い「一帯一路」を共同建設する

共に協議し、共に建設し、共に享受することを堅持し、市場ルールと国際一般ルールを遵守し、企業の主体的役割を発揮させ、互恵・相互利益の協力を展開する。

対外投資の健全な発展を誘導する。

第2回『一帯一路』国際協力サミットフォーラムで、「質の高い『一帯一路』」が提唱されたことを受け、「質の高い」が「一帯一路」にも適用されることになった。なお、19年報告にあった「第三国市場での協力を開拓」は削除された。新型肺炎の世界への蔓延で、それどころではないということであろう。

(4)貿易・投資の自由化・円滑化を推進する

マルチな貿易体制を断固擁護し、WTO改革に積極的に参加する。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)締結を推進し、日中韓FTA等の自由貿易交渉を推進する。

米中第一段階経済貿易合意を共同で実施する。中国は各国との経済貿易協力強化に力を入れ、互恵・ウインウインを実現する。

米中第一段階経済貿易合意の実施が書き込まれた。他方、19年報告にあった「中国は断固としてグローバル化と自由貿易を擁護」という表現は削除されている。

李克強総理は、会見でRCEPについては「約束が空手形にならないと希望し、信じている」とし、日中韓FTAについては、「我々は日中韓FTA建設を積極的に推進している。中日韓は近隣であり、我々は経済の大循環の中で、中日韓経済の小循環を確立したいと思っている」と踏み込んだ。また、TPPについては、「CPTPP(環太平洋に関する包括的及び先進的な協定)の参加について、中国は積極・開放的な態度をもっている」と、参加に前向きな姿勢を示している。

9.民生の保障・改善を軸に、社会事業の改革・発展を推進する

報告は、「困難を前に、基本民生の最低ラインを断固しっかり守り、大衆が関心を払う事柄にしっかり取り組むよう努力しなければならない」とする。

なお、この章では、全人代の審議で多くの政策が追加された。

(1)公共衛生体系の建設を強化する

「生命が至上である」ことを堅持し、疾病予防・コントロール体制を改革し、伝染病対策能力の建設を強化し、伝染病の直接報告・事前警報システムを整備し、疫病情報を適時にオープン・透明に公表することを堅持する。

疫病対策特別国債をうまく用い、ワクチン・治療薬・スピード検査技術の研究開発への投入を増やし、防疫・治療関連医療施設を増やし、移動実験室を増やし、緊急物資の保障を強化し、末端の衛生・防疫を強化する。

公共衛生人材陣の建設を加速する。愛国衛生運動を深く展開する。衛生・健康の知識を普及させ、健康・文明的な生活方式を唱道する。防御能力を大幅に高め、疫病再流行を断固防止し、人民の健康を断固守護する。

疫病対策特別国債の用途が具体的に列挙されている。このうち一部が研究開発投資・施設投資として、投資に組み入れられることになる。なお、「伝染病対策能力」「公共衛生人材」「衛生・健康知識」「健康・文明的な生活方式」は、全人代で追加された。

(2)基本医療サービスの水準を高める

住民基本医療保険のへの1人当り財政補助基準を30元引き上げ、外来診察料を省をまたいで直接清算するテストを展開する。疫病の影響を受けた医療機関に支援を与える。

公立病院の総合改革を深化させる。「インターネット+医療・健康」を発展させる。地域医療センターを建設する。都市・農村のコミュニティサービスの能力を高める。レベルを分けた診療を推進する。

漢方医学・薬学の振興・発展を促進し、漢方と西洋医学の結合を強化する。調和のとれた医療関係者と患者の関係を構築する。食品・薬品の監督を厳格にし、安全を確保する。

なお、「公立病院」「インターネット+医療・健康」「地域医療センター」「コミュニティサービス」「漢方・西洋医学の結合」「調和のとれた医療関係者と患者の関係」は、全人代で追加された。

(3)教育の公平な発展と質の向上を推進する

徳を積んだ人材を育てることを堅持する。小中高等学校の教育・教学と高校・大学入試を秩序立てて組織化する。郷鎮の寄宿制学校・郷村の小規模学校・県都の学校の建設を強化する。

親に従って移転してきた子女の義務教育への入学政策を整備する。特殊教育・継続教育をしっかり実施し、民営教育を支援・規範化する。包摂的な就学前教育を発展させ、民営幼稚園の困難緩和を支援する。

高等教育の教養的な深みのある発展を推進し、一流大学と一流学科の建設を推進し、中西部の大学の発展を支援する。大学は、農村と貧困地域向けに募集規模を拡大する。

職業教育を発展させる。教師陣の建設を強化する。教育の情報化を推進する。教育投入を安定させ、投入構造を最適化し、都市・農村、地域間、学校間の格差を縮小し、教育資源の恩恵を全ての家庭・子供に及ぼし、彼らの未来をより明るくしなければならない。

大学の募集拡大と職業教育は、雇用対策の一環である。移転子女の義務教育は、特に農村から都市に移転してきた出稼ぎ農民のうち都市戸籍に転換した家庭の子女を指しているものと思われる。また、教育格差の是正、民営教育・民営幼稚園への支援が盛り込まれた。

なお、「徳を積んだ人材の育成」「移転子女の義務教育」「高等教育の教養面の発展」「就学前教育の発展」「中西部の大学の発展」「職業教育」「教師陣建設」「教育の情報化」「教育投入の安定」「格差縮小」は、全人代で追加された。

(4)基本民生の保障を強化する

退職者基本年金を引き上げ、都市・農村住民基礎年金8の最低基準を引き上げる。企業従業員基本年金基金の省レベルでの収支統一を実現し、中央の調節割合を高める。全国で3億人近くが年金を受領しており、期日どおり全額支給を確保しなければならない。

退役軍人の恩給援護・再配置政策を実施する。公務による殉職者の遺族への慰問・扶助をしっかり行う。

失業保険の範囲を拡大し、保険加入が1年に足りない出稼ぎ農民等の失業者を全て常住地の保障に組み入れる。社会救済制度を整備する。最低生活保障の範囲を拡大し、都市・農村の困窮家庭で保障すべきものは全て保障し、条件の合致する都市失業者と帰郷者を遅滞なく最低生活保障に組み入れる。災害・疫病・障害により一時的に困難に陥っている者に対して、すべて救済を実施する。全ての困窮大衆の基本生活を確実に保障し、民生の保障により、更に多くの失業者の再就職・起業のチャレンジに助力しなければならない。

年金改革では、省レベルの収支統一と、財政悪化省の年金支給を確保するため、中央による財政調節強化が盛り込まれた。また、新型肺炎の影響で失業者・生活困窮者が増大しているため、失業保険と最低生活保障の範囲が拡大されている。特に、最低生活保障は、脱貧困できなかった者の最終受け入れ先としても拡充されよう。

なお、「省レベルの年金収支統一」「中央による調節強化」「社会救済制度」は、全人代で追加された。年金改革や中央の調節が、当初落ちていたことの方が不思議である。

(5)大衆の精神文化生活を豊富にする

社会主義核心価値観を育成・実践し、哲学・社会科学、新聞・出版、放送・映像等の事業を発展させる。文化財の保護・利用と無形文化遺産の伝承を強化する。公共文化サービスを強化し、北京冬季オリンピック・冬季パラリンピックの開催をしっかり準備し、全国民の健康増進と読書を唱道し、全社会に活力を充満させ、向上・修善させる。

なお、「文化財の保護・利用と無形文化遺産の伝承」「読書」は、全人代で追加された。

(6)社会ガバナンスを強化・刷新する

コミュニティ管理・サービスの健全なメカニズムを整備し、農村ガバナンスを強化する。社会組織・人道支援・ボランティアサービス・慈善事業等の健全な発展を支援する。女性・児童・老人・障碍者の合法権益を保障する。

投書・陳情制度を整備し、法律支援を強化し、大衆の合理的な訴えを遅滞なく解決し、矛盾・紛糾を適切に解決する。

第7回全国人口センサスを展開する。国家安全能力の建設を強化する。社会治安の防止・コントロールシステムを整備し、法に基づき各種犯罪を取り締まり、よりハイレベルの「平安中国」を建設する。

なお、「農村ガバナンス強化」「矛盾・紛糾解決」は全人代で追加された。

(7)安全生産責任を強化する

洪水・冠水、火災、地震等の災害防御を強化し、気象サービスをしっかり行い、緊急管理、道路・河川の緊急補修、防災・減災能力を高める。安全生産特別対策を実施する。特大・重大事故の発生に断固歯止めをかける。

なお、「道路・河川の緊急補修」は、全人代で追加された。

10.その他
(1)政府の任務

報告は、「非常に困難で荷が重く繁雑な任務に対し、各レベル政府は自覚的に思想と行動面で、習近平同志を核心とする党中央との高度な一致を維持し、人民中心の発展思想を実践し、党内を全面的・厳格に統治する要求を実施し、法に基づく行政を堅持し、法治政府を建設し、政務公開を堅持し、ガバナンス能力を高めなければならない」とする。

また形式主義・官僚主義を強く戒め、「広範な末端幹部の事業・創業の手足を形式主義の束縛から解放しなければならない」としている。

末端政府において、政策のサボタージュが多いということであろう。なお、「四つの意識」「四つの自信」「二つの擁護」は冒頭の総体要求に格上げされたため、こちらからは削除された。

(2)国防

報告はまず、「人民軍隊は、疫病防御において、『党の指揮に従い、命令を受け次第動き出し、果敢に職責を果たす』という優良な作風を示した」と軍を称える。

続いて、「習近平強軍思想を深く貫徹し、新時代の軍事戦略方針を深く貫徹し、『政治による軍隊建設、改革による強軍化、科学技術による強軍化、人材による強軍化、法に基づく軍内統治』を堅持する。人民軍隊への党の絶対指導を堅持し、中央軍事委員会主席の責任制を厳格に実施する」としている。

なお、2020年度中央財政の国防支出は、1兆2680.05億元(19年度当初予算は1兆1899億元)、対前年度比6.6%増である。

(3)香港・マカオ・台湾

報告は、「『一国二制度』『香港住民による香港統治』『マカオ住民によるマカオ統治』、高度自治の方針を全面・正確に貫徹し、特別行政区の国家安全を擁護する健全な法律制度・執行メカニズムを確立し、憲法によって定められた特区政府の責任を履行させる」としつつ、他方で「香港・マカオの経済発展・民生改善を支援し、国家発展の大局により好く融け込ませ、香港・マカオの長期の繁栄・安定を維持する」としている。

「国家発展の大局」は、広東・香港・マカオ大ベイエリアを念頭に置いているのであろう。

台湾については、「我々は対台湾政策の大政策・方針を堅持し、「『1つの中国の原則』を堅持し、『九二共通認識』の基礎の上に両岸関係の平和発展を推進しなければならない」としつつも、「『台湾独立』の分裂行動に断固として反対し、これに歯止めをかけ」「広範な台湾同胞と団結し、共同で『台湾独立』に反対し、統一を促進する」としている。アメの部分では、「両岸の交流・協力を整備・促進し、両岸の融合発展を深化させ、台湾同胞の福祉を保障する制度手配・政策措置を整備する」とし、「我々は必ず民族復興の素晴らしい未来を切り開くことができる」としている。

なお、「1つの中国の原則」「九二共通認識」、「両岸関係の平和発展」は、全人代で追加された。李克強総理も、会見で、追加した部分をわざわざ繰り返している。

(4)外交

報告は、「公共衛生危機、経済の深刻な衰退等のグローバルな試練に対応し、各国は手を携えて共に進まなければならない。中国は各国と防疫協力を強化し、世界経済の安定を促進し、グローバルガバナンスを推進し、国連を核心とする国際システム・国際法を基礎とする国際秩序を擁護し、人類運命共同体の構築を推進する。中国は断固として平和発展の道を歩み、開放拡大の中で各国との友好・協力を深化させる。中国は、常に世界の平和・安定と発展・繁栄の重要なパワーである」とする。

今回は新型肺炎が世界に蔓延していることを背景に、「公共衛生危機」「防疫協力」が盛り込まれた。

(5)むすび

報告は、最後に「中華民族はこれまで艱難辛苦を畏れたことはなく、現代の中国人民もいかなる試練に戦勝する堅固な意志と能力がある。我々は、習近平同志を核心とする党中央の周囲に更に緊密に団結し、中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲げ、習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』思想を導きとし、困難に立ち向かい、鋭意進取の精神で、疫病防御と経済社会発展を統一的に推進し、年間目標・任務の達成に努力し、わが国を富強・民主・文明的で調和のとれた美しい社会主義現代化強国に築き上げ、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するために、弛まず奮闘しよう」としている。

11.留意点
(1)成長率目標について

2020年に2010年のGDPを倍増する目標について、国家発展・改革委員会の何立峰主任は、5月22日の記者会見で、「GDP指標について言えば、今年1%しか成長しなければ、2010年GDPの1.91倍となり、3%成長すれば1.95倍となり、5%成長すれば1.99倍に接近する。いずれも予期目標に非常に接近する。1人当り所得は、もし1.75%増加すれば、予期目標を実現できる」と説明している。

ところで、財政報告によれば、2020年度の財政赤字は3兆7600億元とされている。これを今年の財政赤字の対GDP比率の下限とされている3.6%で割ると、2020年のGDPは104兆4444億元となり、2019年のGDPは99兆865億元であるから、2020年の名目成長率は「5.4%以下」と想定されていることが分かる。

消費者物価(CPI)は「3.5%前後」と想定されているが、工業生産者出荷価格(PPI)は国際原油価格の下落によりマイナス傾向にあるので、GDPデフレーターは3.5%より低くなる可能性がある。加えて、国家発展・改革委員会主任が、1人当り所得を倍増するには1.75%成長が必要だとしていることからすれば、これを最低ラインとし、現時点では実質1.75%~2%程度の成長を念頭に置いているのではないかと考えられる。

(2)貧困について

李克強総理は会見において、「わが国の1人当たり可処分所得は3万元であるが、6億の中低所得及びそれ以下の層があり、彼らの毎月の平均所得は1000元前後に過ぎず、1000元では中等都市で家を借りることは困難である」と、「脱貧困」後も、中国にはまだ相当数の相対的貧困層が存在することを明らかにした。これが波紋を呼んでいる。

人民銀行の易綱行長も、5月26日の「金融時報」「中国金融」のインタビューで「2020年の後に続く政策の検討を展開し、相対的貧困を解決する長期に有効なメカニズムを確立する」としており、2020年で貧困対策が終了するわけではないことを強調している。

この李克強総理の発言は、国家統計局の所得統計と矛盾する。6億といえば、おおよそ人口の40%程度であるが、中国の人口を低所得層から高所得層まで5等分し、5つの集団の平均可処分所得を低い方から並べていった場合(表)、Ⅱの「中の下」所得層は、当然この6億に含まれることなる。月の収入が1000元ということは、年収では1万2000元であるが、2019年のⅡの平均可処分所得は1万5777元であり、1万2000元を大きく上回っている。過去のデータを見ると、平均が1万2000元を下回るのは、2015年の1万1894元であるが、これは平均値なので、1万2000元を超える者も相当含まれているはずである。

そこで、ⅡとⅢの境界線の目安として、両者の中間値を算出し、それが1万2000元前後の時期を探すと、2013年の値が概ねこれに相当する。2012年以前は、農民の所得統計の方法が異なるので、合算は難しい。つまり、6億の人口の月平均収入が1000元を下回るとみられるのは、2013年の時点ということになるのである。

表 人口を5等分した場合の平均可処分所得

表 人口を5等分した場合の平均可処分所得

(出所)『中国統計年鑑2019』、2019年は「統計公報」。

このことは、李克強総理の発言は、別の組織の試算を論拠としていることになり、その試算と国家統計局の統計のどちらがより信ぴょう性が高いか、比較検討が必要となる。

では、現在年収が1万2000元を下回っているのはどれくらいの人口であろうか。『中国統計年鑑2019』で、都市・農村別に人口を5等分した統計を調べると、2018年において平均可処分所得は低所得層のⅠでも1万4386.9元であり、1万2000元を超えている。1万2000元を下回っているのは、農村のみで、下からⅠ・Ⅱの集団は1万2000元を下回り、中間のⅢの平均可処分所得は1万2530.2元となっている。これは平均値なので、これからすると、都市の最下位10%程度と、農村部の50%程度が1万2000元以下ということになろう。2018年の都市人口は8億3137万人、農村人口は5億6401万人であるから、ざっくりと計算すると、3億6500万人は1万2000元以下ということになる。これでも大きな数字には違いない。

なお、この問題については、所得分配問題の専門家である、北京師範大学経済経営学院の李実教授は、

「この点については、この一部分の個人所得には高いものも低いものもあるということを把握する必要がある。6億人の毎月平均所得が1000元前後ということは、6億人という集団全体について言ったもので、6億人の中には所得が1000元より高い者も、1000元より低い者もいることを意味しており、6億人全部の所得が1000元より高い、あるいは低いということではない」

「構成情況から見ると、この6億人には、就業し所得がある人口のみならず、老人・児童・学生等の被扶養人口のような、無就業、無収入の人口が含まれている。このことは、6億人の中に、一部に個人所得が1000元より相当高い者、相当低い者がいるということを示している」

とし、「ただ、いずれにしても、これは、十分わが国が世界最大の発展途上国であり、発展のアンバランス・不十分という特徴がかなり明白であり、14億の人口の少なからぬ個人所得がなお引上げを必要としており、個人所得水準を高めることが重要であり、任重く道遠しだ、ということを説明している」と解説している(中国経済報2020年6月1日)。

(3)景気対策の規模

李克強総理は、6月1日山東省で座談会を開催し、財政赤字1兆元増と、疫病対策特別国債1兆元の計2兆元の資金を直接市・県の末端に交付して、直接企業・国民に恩恵を及ぼすことは「マクロ・コントロール方式の刷新である」とし、「今回、疫病の衝撃がより大きく、より顕著なのは中小・零細企業、個人工商事業者であり、出稼ぎ農民、非正規雇用者、一般サービス業従業員等の低所得層であり、貧困家庭、失業者、最低生活保障と臨時救済の対象者等の困窮大衆であり、数億人に及ぶ。新たに増えた財政資金は、主として彼らのために用いる」としている。

したがって、この2兆元の大半は、貧困・失業対策や末端地方政府の財政補填にかなりの部分が用いられ、投資に用いられるのは、失業者救済のための投資プロジェクト、疫病対策特別国債の一部の疫病関連の研究開発投資や施設建設である。

これに対し、地方特別債の増加分1.6兆元は、その多くが重大プロジェクトや新しいタイプの都市化建設に用いられるものと見られる。中央予算内投資は19年の5776億元から20年は6000億元と若干の増である。また、鉄道建設資本金を1000億元増やすので、この一部は鉄道建設資金に用いられることになろう。

以上を総合すると、「投資の増加は2兆元規模になる」と李克強総理は会見で述べている。

これに、減税・費用引下げ2.5兆元増を加えた計4.5兆元が、従来型の財政による景気刺激策の規模ということになろう。残りはむしろ、新型肺炎に直接起因した救済策である。

金融面では、易綱人民銀行行長が、5月26日のインタビューで、これまでに行った金融支援額は累計5.9兆元であるとしている。

これをリーマンショック時の景気対策と比べてみると、まず4兆元の追加投資は、2008年11月から10年12月まで、2年余りの期間に投下された。このときも構造的減税は行われたが、大規模なものではないので、1年の財政面での対策総額でみれば、今回はリーマンショック時の規模を大きく上回っている。

しかし、2008年のGDPが31.9兆元であったのに対し、19年は99.1兆元と3倍以上になっているので、経済規模に対する対策規模は比較的抑制されている。金融面においても、2009年の人民元貸出は9兆5942億元と08年の4兆9041億元から倍近くに急増し、M2も09年は前年比28.5%増と急増しているが、今年の1-4月の人民元貸出は8.8兆元で、前年同期より伸びが2兆元近く増加し、4月のM2も11.1%増にとどまっている。また、貸出先も、民営企業、中小・零細企業、個人工商事業者、「三農」に傾斜している。

さらに、マクロ政策についても、「持続可能性を考慮し、情勢の変化に応じて見直してよい」とし、投資プロジェクトについても、「優良なプロジェクトを選定し、後遺症を残さないことにより、投資に持続的に効率・収益を発揮させる」と、安易な投資拡大にクギをさしている。李克強総理も会見で、「我々が打ち出した規模の大きい政策は、困難を緩和し、市場の活力を奮い立たすものであり、重視しているのは、雇用の安定・民生の保障であり、インフラプロジェクトに主として依存してはいない」と明言している。

これらからすると、今回の対策は、リーマンショック時の大型景気対策が、生産能力過剰・債務過剰・住宅価格高騰といった大きな副作用をもたらしたことを踏まえ、かなりマクロの債務比率とのバランスを考慮しながら慎重に検討されたものといえよう。

とはいえ、今回の対策で政府の債務比率は確実に上昇することになり、加えて前述の人民銀行行長インタビューは、「不良債権のリスクの顕在化には一定のタイムラグがあり、加えて疫病発生以降銀行業が企業に対して元本償還・利払い猶予の政策を行っているため、今後銀行はかなり大きな不良債権比率の上昇、不良債権処理増加の圧力に直面する可能性がある」としている。マクロの債務比率の上昇は避けられない。

李克強総理も、全人代終了後の記者会見で、過去に述べてきた「バラマキはしない」という考えは、現在も変っていないとしながらも、対策が行き過ぎて資金供給が過剰になれば、バブルを形成し、利鞘稼ぎや、どさくさに紛れて金儲けをしようとする者が出てくことを認めている。今後のマクロ政策は、四半期ごとの内外経済動向を見ながら、慎重な運営が求められることになろう。

(4)露店経済

李克強総理は、会見で、「西部のある都市は、現地の規範に基づいて、3.6万の露店スペースを設け、その結果一夜にして10万人の雇用を生み出した」と発言しており、「露店経営」はこれを踏まえて、「政府活動報告」に追加されたものと思われる。

また、6月1-2日、山東省の烟台・青島を視察し、烟台では露店の店主と言葉を交わし、「国家は人民で構成されている。皆が奮闘すれば、企業が活性化し、壮大になる。国家は発展のためにより大きな空間を切り拓く」と店主との写真入りで語った。

それ以後雇用の支えとして「露店経済」が1つの話題となっているが、これに対し、6月6日の北京日報アプリは「露店経済は北京にそぐわない」という論評を掲載し、「北京は国の首都で、北京のイメージは首都のイメージ、国家のイメージを代表するものだ。首都都市の戦略的位置づけにそぐわない、穏やかで住みやすい環境づくりにマイナスとなる経済業態を発展させるべきでなく、また発展させることもできない」とし、露店が戻ってくれば、偽物・不良品、騒音公害、あふれる行商人、交通渋滞、不衛生・不文明などかつての都市の持病がたちまち戻ってきて、これまでの管理の成果は水の泡となり、「好ましい首都のイメージ、国家のイメージを築くのにマイナスで、経済の質の高い発展の促進にマイナスである」と反駁している(「中国通信」東京発2020年6月8日)。

この問題は、新しいタイプ都市化のあり方にも関わっており、第14次5カ年計画策定プロセスの中で、しばらく議論が続くものと思われる。

(5)海南自由貿易港

韓正副総理は、3月31日海口で、これに関する領導小組を主催し、「海南に建設中の中国の特色ある自由貿易港は、習近平総書記が自ら計画し、自ら手配し、自ら推進する改革開放の重大措置であり、党中央が国内・国際の2つの大局に着眼して行った戦略・政策決定である」と、これが習近平プロジェクトであることを強調した。

そして、極めて簡単な審査・認可、公平な競争の制度、財産権保護、貿易・投資の関税ゼロ、市場への参入承諾即参入などの制度を、段階的に導入することを明らかにした。

人民銀行の潘功勝副行長・国家外貨管理局長も、6月8日の記者会見で、以下の方針を明らかにしている。

①クロスボーダー貿易・投融資の自由化・円滑化に金融でサービスする

ハイレベルの経常項目開放・資本項目開放政策、クロスボーダー資金流動管理政策は、海南自由貿易港建設で最も重要であり、最も核心の金融政策である。

②海南の対外開放のための金融サービス体系と金融サービス能力の建設に奉仕する

率先して、海南自由貿易港で金融サービス業の開放拡大政策を実施する。

③海南での現代産業システム建設のための重点産業政策を軸に、金融支援と改革・イノベーションを強化する

海南の重点発展産業の産業集積規模と産業競争力を向上させる。

④海南自由貿易港建設のための金融リスク防止・コントロールシステムを構築する

クロスボーダー資本流動のモニタリングと評価体系、マクロプルーデンス管理システムを建設する。

構想では、2025年までに貿易・投資の自由化・円滑化を重点とする制度体系を初歩的に整備し、2035年までに中国の開放型経済の新たな高地にし、今世紀半ばまでに比較的強い、国際的影響力のある、ハイレベルの自由貿易港を完成させるとしている。

なお、海南は、習近平総書記の腹心である王岐山国家副主席が、かつて党書記をつとめた場所でもある。

  1. 本稿は、新華社北京電2020年5月29日で公表された、全人代修正後のバージョンを参考にしている。
  2. 下線は、筆者のコメントないし補充事項である。また、太字は報告の中で注意すべきフレーズである。
  3. 政治意識・大局意識・核心意識・一致意識。
  4. 中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化への自信。
  5. 習近平総書記の党中央・全党の核心としての地位の擁護、党中央の権威と集中・統一的な指導の擁護。
  6. 経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態文明建設を一体的に進める。
  7. 小康社会の全面的に実現、改革の全面深化、法に基づく国家統治の全面推進、全面的な厳しい党内統治。
  8. 基本年金のうち、個人の積立金からではなく、政府から給付される部分