党四中全会の経済的意義(2)

中国経済レポート

新領域研究センター 田中 修

2019年12月25日


7.経済関連部分(第5章)

社会主義行政体制整備のうち、「政府の職責体系の最適化」の部分を抜粋する。

「政府の経済調節、市場監督、社会管理、公共サービス、生態環境保護等の職能を整備し、政府の権限・責任リスト制度を実行し、政府と市場、政府と社会の関係を整理する。

行政の簡素化・権限の委譲、開放と管理の結合、サービスの最適化を深く推進し、行政審査・許認可制度の改革を深化させ、ビジネス環境を改善し、各種市場主体の活力を奮い立たせる。

国家発展計画を戦略上の導きとし、財政政策と金融政策を主要な手段とし、雇用・産業・投資・消費・地域等の政策が協同で力を発揮する、健全なマクロ・コントロール制度体系を整備する。国家重大発展戦略と中長期経済社会発展計画制度を整備する。

基準が科学的で、規範が透明で、制約が有力な予算制度を整備する。現代中央銀行制度を建設し、ベースマネーの放出メカニズムを整備し、基準金利と市場化した金利の健全な体系を整備する。

市場監督管理・品質の監督管理・安全の監督管理を厳格化し、違法への懲戒を強化する。公共サービス体系を整備し、基本公共サービスの均等化・可及性を推進する。インターネット・ビッグデータ・AI等の技術手段の健全な運用を確立し、行政管理の制度ルール化を進める。デジタル政府建設を推進し、データの秩序立った共有を強化し、法に基づき個人情報を保護する。」

8.留意点
(1)「ガバナンス」がテーマになった理由

習近平総書記が党4中全会で行った説明(以下「説明」)によると、2013年党18期3中全会の段階で、すでに「国家ガバナンスシステムとガバナンス能力の現代化推進」が提起され、それが改革全面深化の総目標とされていた。今回は、その総目標自体がテーマとされたわけである。

ガバナンスが今回強調されたのは、現在経済に下振れ圧力が増大し、米中経済交渉になかなか進展が見られない状況下で、党内を引き締め、党中央の核心である習近平総書記の権威を擁護し、党の団結を強化する必要があったからであろう。「説明」によれば、今回の「決定」案の意見徴求は、党の長老からも行っており、これも党の団結を重視したためと思われる。

だが、この時期にガバナンスが議論された背景として、2019年が建国70周年であったことも見逃してはならない。ロシア革命においてボルシェビキが政権を獲得したのが1917年、ソ連が崩壊したのは1991年、政権担当期間は74年である。すでに中国共産党の政権担当期間は、ソ連共産党の担当期間に接近しているのである。いかにガバナンスを強化し、建国75周年を迎えるかは、指導層の最大関心事と考えられる。

(2)「中国の特色ある社会主義制度」の優位性を強調

「決定」の総論では、中国の特色ある社会主義制度の優位性として、13項目が掲げられた。このように、中国の特色ある社会主義制度の優位性が強調されているのは、米国やEUの中国批判の中身が、単に貿易・投資といった経済レベルにとどまらず、既に体制批判にまで及ぶなかで、改めて自国の体制の優位性を確認する必要があったからと考えられる。

ただ、この優位性についても、ここで挙げられた13項目が、同時に今後進めていくべき政策の各論と多くの内容が重複しており(表参照)、今現在優位性が確立しているというよりは、むしろ優位性の形成過程にあるといってよい。

表 「中国の特色ある社会主義」制度の優位性と政策各論

優位性の13項目

政策各論
  1. 党の集中・統一的な指導を堅持
  2. 人民を当主とすることを堅持
  3. 全面的に法に基づき国を治めることを堅持
  4. 全国の一体的把握を堅持
  5. 各民族を一律に平等に扱うことを堅持
  6. 公有制を主体とし、多様な所有制経済が共同で発展するとともに、
    労働に応じた分配を主体とし、多様な分配が併存することを堅持
  7. 共同の理想信念・価値理念・道徳観念を堅持
  8. 人民を中心とする発展思想を堅持
  9. 改革・イノベーション、時代と共に前進することを堅持
  10. 徳と才能の兼備、有能な者を選抜・任命することを堅持
  11. 党による銃の指揮を堅持
  12. 「一国二制度」を堅持
  13. 独立自主と対外開放を統一することを堅持
  1. 党の指導の制度体系を堅持・整備
  2. 人民を当主とする制度体系を堅持・整備
  3. 中国の特色ある社会主義の法治体系を堅持・整備
  4. 中国の特色ある社会主義の行政体制を堅持・整備
  5. 社会主義の基本経済制度を堅持・整備
  6. 社会主義の先進的文化の制度を堅持・整備・繁栄・発展
  7. 都市・農村の民生保障制度を堅持・整備・統一的に企画
  8. 共に建設し、共に治め、共に享受する社会ガバナンス制度を堅持・整備
  9. 生態文明制度体系を堅持・整備
  10. 人民軍隊に対する党の絶対的指導の制度を堅持・整備
  11. 「一国二制度」の制度体系を堅持・整備
  12. 独立自主の平和外交政策を堅持・整備
  13. 党・国家への監督体系を堅持・整備

しかも、興味深いのは、今回の優位性は、中華文化・14億余りの人口・5千年余りの文明史・中華民族といった、中国自身の特徴と結び付けられており、2017年19回党大会のように、「世界において急速な発展又は自身の独立性を維持することを希望する国家・民族に対し全く新しい選択を提供」するといった、発展途上国が普遍的に模範とできる「中国モデル」を提起してはいない。これは、米国を刺激することを避けたのであろう。

(3)改革の新たな措置は盛り込まれず

新たな改革措置がこの党4中全会で打ち出されなかったのは、党18期3中全会で提起された336項目の重大改革措置が、2020年までに「決定的成果」を出さなければならないとされていたにもかかわらず、「説明」によれば、「なお未完成のものがあり、甚だしきは相当長期の時間をかけて実施を必要とするものもある」とされており、このような現状では、新規の措置を打ち出すことは困難であったためと思われる。

また、これまで改革が停滞したのは、既得権益勢力の抵抗によるものも大きく、これを排除し岩盤部分の改革を進めるには、強いガバナンス能力が必要とされるため、これが先行して議論されるのは、やむを得ない面もある。新たな改革措置は、第14次5カ年計画(2021~25年)の策定過程で検討することになるものと思われる。

ただ、重要なことは、ここで党18期3中全会での改革の方針が再確認されたことである。たとえば、「資源配分における市場の決定的役割を発揮させる」という表現が再度盛り込まれた。この表現は、党18期3中全会後、2015~16年に改革機運がやや後退した時期には強調されなくなっていたが、改めて盛り込まれた意味は大きい。

また、国有企業改革において、国有企業を強大化するのではなく、国有資本を強く・優れた・大きいものにするとし、管理する対象は国有企業ではなく国有資本であることが、2017年の第19回党大会に続き再確認されている。国有企業改革の議論は、これまでも前進と後退を繰り返しており、常に改革内容を再確認することは重要である。

(4)所得再分配を強調

 「決定」では、税制・社会保障・移転支出による所得再分配、税制による所得の調節強化、税制における直接税比率の引上げとともに、「合法所得を保護し、低所得者の所得を増やし、中等所得層を拡大し、高すぎる所得を調節し、隠れた所得を整理・規範化し、違法所得を取り締まる」と、所得再分配を強調している。

習近平総書記は2014年、「中国経済は新常態に入った」とし、成長は高速成長から中高速成長へとダウンしたことを正式に認めた。高成長の際は税収の伸びが高いため、成長のパイの切り分けは、増分の一部を低所得層に回せばよいので、比較的容易である。しかし、経済が中成長に陥ると、増分はもはや望めないので、パイそのものを切り分けざるを得ない。

習近平総書記は、19回党大会において、2035年までに所得格差を顕著に縮小し、21世紀中葉までに「共同富裕」を実現するとしている。これを実現するには、所得再分配政策を本格化することが不可欠となる。

(5)「小康社会の全面実現」の意味

「決定」では、全国民をカバーする社会保障システムの整備と脱貧困が重視されている。

「2020年までに小康社会を全面的に実現する」という党の重要目標の意味は、以前は2020年のGDPを2010年の倍にすることとされていた。これには、2019年と20年の成長率を6.2%以上に保つ必要があるが、最近の経済下振れ圧力の増大により、これは容易ではなくなっている。

習近平総書記は、2017年の19回党大会において、「経済成長を高速成長から中高速成長に転換する」という従来の成長率中心の考え方から、「質の高い発展」に転換することとし、同時に農村の脱貧困を2020年までの重要目標と位置づけた。この段階で、「小康社会の全面実現」の意味は、GDP倍増から農村の脱貧困に実質的に転換されたといってもよい。ただ、これだけでは対象は5500万人にとどまるため、全国民をカバーする社会保障システムの整備が追加されたのであろう。

(6)政府の職責

政府の職責については、李克強総理の持論である規制緩和とビジネス環境の整備が強調されている。この点につき、何立峰国家発展・改革委員会主任は、『「決定」輔導読本』1において、「市場に対する政府の直接資源配分を最大限度減らし、市場活動に対する政府の直接関与を最大限度減らし、市場参入を一層緩和し、企業の生産経営・投資への自主権を実施し、資源配分が市場ルール・市場価格・市場競争に依拠して、収益の最大化・効率の最適化を実現しなければならない」と解説している。

財政については、「基準が科学的で、規範が透明で、制約が有力な予算制度を整備する」とし、引き続き予算制度改革を進めることを明らかにしている。何立峰は、『輔導読本』において、「財政支出構造を最適化し、構造調整・改革促進・脆弱部分補強を保障し、民生優遇等の重点分野の支出需要を保障し、財政資金配分の効率を不断に高め、財政政策の役割を更に好く発揮させなければならない」としている。

これに対し金融は、「現代中央銀行制度を建設」と、中央銀行改革について言及している。これについても、何立峰は同書で、「ベースマネーの放出メカニズムを整備し、健全な基準金利と市場化された金利体系を整備し、流動性の合理的な充足を維持し、金融政策の伝達メカニズムを改善し、金融政策とマクロプルーデンス管理政策と金融監督管理の協調を強化しなければならない」としている。

(7)対米配慮

対外開放政策では、より大きな範囲、より広い分野、より深層レベルの全面開放が強調されており、米中経済交渉を意識しているものと思われる。また、保護貿易主義に反対するといった、事実上米国を批判するような表現も避けられている。また、米国からの批判が強い「一帯一路」共同建設については、「質の高い発展を推進する」としており、今後の質・効率の向上のためプロジェクトの再検討が行われる可能性がある。

  1. 『「中国の特色ある社会主義制度を堅持・整備し、国家ガバナンスシステムとガバナンス能力の現代化を推進することの若干の重大問題に関する党中央決定」輔導読本』人民出版社、2009年11月。