南北経済格差の拡大

中国経済レポート

新領域研究センター 田中 修

2019年8月14日


はじめに

最近北京では、高成長から中成長への移行に伴い、地域間の経済格差が、これまでの東部・中部・西部・東北地方の格差から、南北格差へと変化したことが話題となっている。この問題を指摘したのは、中国人民大学経済学院の周暁波と陳璋、中国国家発展・改革委員会マクロ経済研究院国土開発・地域経済研究所の王継源による共同論文「中国南北経済分化の現状、原因と対策――重視する必要のある新たな趨勢」(『河北経貿大学学報』第40巻第3期、2019年5月)である(以下「論文」)。

本稿では、論文のポイントを紹介する。

1.南北分化の実態

改革開放がもたらした全国同歩調の高速成長時代が終結するに伴い、中国経済の発展は2013年以降、徐々に成長のギアチェンジ、構造の最適化、動力の転換を特徴とした新常態に入った。これと同時に、わが国の地域経済に南北のGDP成長率の分化という新たな変化が出現し、それは経済成長が「南が速く、北は遅い」、経済のウエイトが「南が上昇し、北は低下」として際立って現われている。具体的には、工業付加価値、投資、純輸出等の方面に現れている。

(1)GDP

2007-12年の南北GDP成長率は、基本的に一致を維持し、北部の成長率が南部よりやや速かった。しかし、2013年にこの現象にかなり大きな変化が出現した、南北のGDP成長率は、2013-17年に、不断に差が開く傾向が現れた。2013年の南北GDP成長率格差は0.41%に過ぎなかったが、16年には既に1.7%に拡大し、17年の格差はある程度縮小したものの、依然1.4%に達した。2013-17年の北部の年平均経済成長率は7.4%であり、南部の8.5%より低く、北部は南部より1.1ポイント落後している。全国に占める北部経済のウエイトは42.6%から39.0%に低下し、1980年以来の最低値となった。2018年1-6月期のGDP成長率は、南部が7.6%、北部が6.3%であり、北部が南部より1.3ポイント落後しており、南北経済分化問題は依然軽視できない。

具体的には、2007-12年の期間、天津市・内モンゴル自治区・重慶市・陝西省・吉林省は、それぞれ16.0%、15.8%、15.4%、14.5%、13.4%という年平均成長率で、全国1-5位であり、うち北部省が4席を占めた。同時期に、成長率が最も遅かった5省は、それぞれ上海市・北京市・浙江省・広東省・新疆ウイグル自治区であり、南部省が3席を占めていた。しかし、2013-17年、全国成長率上位5省は、貴州省・重慶市・チベット自治区・雲南省・江西省に変化し、全部南部省となった。同時期に、成長率が最も遅い5省は、全部北部である。

2013-17年のGDP年平均成長率は、2007-12年と比べて、遼寧省・内モンゴル自治区・吉林省・天津市が、それぞれ9.1%、8.6%、7.6%、7.2%低下し、低下幅1-4位を占め、その他の省より低下が大きい。より深刻なのは、遼寧省・内モンゴル自治区・吉林省等の北部省(区・市)の低下傾向が依然存在しており、とりわけ天津市は、2017年のGDP成長率が3.6%に低下し、16年に比べ低下幅は5ポイントを超えた。しかも18年1-3月期のGDP成長率は1.9%に低下し、低下幅は非常に驚くものだった。これに対し、GDP成長率の低下幅が比較的上位の省である四川省・広西チワン族自治区・湖南省等の省(区・市)は、この2-3年GDP成長率にいずれも安定化の兆しが現れている。

注意すべきは、2013年以降、経済成長率低下が最も顕著であった省である東北3省・内モンゴル自治区・天津市・陝西省・山西省等は、地理的位置がかなり接近しており、経済の失速現象は東北地方から外へ拡散する兆しがあり、蔓延傾向が存在する可能性があるので、これを重視する必要がある。

(2)産業

北部・南部の第1次産業付加価値の名目成長率は、2010年・11年に持続的低下を開始したが、南部の1次産業の伸びは2013年に4.4%の最低点に達して以降、反転上昇を開始し、16年には8.0%に回復した。しかし北部は、2010年の16.5%から引き続き低下し、16年には0.2%となり、反転上昇の兆しは見られない。16年には、南北の第1次産業成長率の格差は、7.8%に達した。  

南北の第2次産業付加価値の名目成長率は、2010年に持続的な下振れ傾向が始まった。同時に、南北格差は12年から持続的に拡大し、12年の0.3%から16年には7.4%に拡大した。しかも北部の名目成長率は、2015・16年と連続2年マイナスとなった。

第3次産業の伸びは2016年まで明瞭な分化現象はなかったが、16年は伸びの格差が5.1%に達した。一般的に言えば、経済発展水準が高まるに伴い、国民経済に占めるサービス産業のウエイトは上昇傾向となり、サービス業のウエイトも徐々に経済発展水準を測る重要指標となっている。もし南北サービス業の成長率格差が将来依然として持続的拡大傾向を示せば、北部経済は、より深刻な問題をはらんでいることを意味する可能性がある。

具体的に見ると2013年以降、北部の大部分の業種の対南部比が低下しており、とりわけ農業・工業・不動産業と交通運輸・倉庫・郵政業の低下が最も激烈である。

(3)投資

中国経済が新常態に入り、伝統的な動力が弱体化し、資源・エネルギーのボトルネック、生態環境のプレッシャーが際立ち、投資牽引に依存していた旧成長モデルは継続し難くなった。この大背景の下、南北の投資の伸びは顕著な低下傾向が現れた。

2007-13年、北部の資本形成総額の名目の伸びは、南部より速かったが、総体としての格差は大きくなかった。しかし、14年から南部の伸びが北部を上回り、16年は格差が11.4%に拡大した。  

2007-16年、南部の資本形成総額の伸びが20.3%から10.9%に低下したのに対し、北部は23.6%から-0.4%と24ポイント大幅に低下し、マイナスの伸びが出現した。  

10年間、北部の資本形成総額は南部を3.3%リードから、11.4%落後に転換し、南北投資は巨大な分化が出現した。

(4)消費

投資の伸びが大幅に低下したのに比べ、南北の消費の伸びは相対的に安定している。2007-16年の絶対多数の年は、南北の最終消費の名目成長率はいずれも2ケタの成長を維持できており、かつ南北には顕著な分化傾向はなかった。最終消費の構成から見ても、都市住民消費と農村住民消費に分化現象は出現していない。ただし、政府消費は2014年以降分化が顕著であり、2007-13年の平均格差が2%に満たなかったのに対し、2014-16年は格差が7%前後に拡大した。

農村住民1人当り消費支出も2006-12年は南北格差が439元から705元に拡大した程度であったが、13年以降両者の格差は急速に拡大し、2016年には1745元に上昇した。  

南北の消費分化は、主として政府消費と農村住民1人当たり消費に現れている。

(5)純輸出

米国金融危機が誘発した世界経済の収縮の影響を受けて、中国は2008年以後の純輸出は極大の衝撃を受け、影響の程度からすると、北部は南部に比べより深刻であった。

南北財・サービスの純輸出格差は、2007年に分化が始まり、2007-13年で南北純輸出格差は7547億元から3兆元余りに急速に拡大したが、2013年以後分化傾向はある程度好転している。

2.経済成長率の変動構造の分析
(1)全体的傾向

2007-12年と2013-17年前後の2段階でGDP成長率の構造を分析すると、第1段階(2007-12年)の全国経済成長率は3.23%鈍化し、うち2.09%は南部がもたらしたもので、1.14%は北部がもたらしたものである。この段階では、南北の経済成長の鈍化程度は接近しているが、南部の経済総量が北部より大きいため、全国経済成長率の鈍化に対する影響は、南部の方が北部より大きく、寄与率は-64.70%に達している。  

第2段階(2013-17年)は、全国経済成長率が3.11%鈍化し、うち0.38%は南部がもたらしたもので、2.73%は北部がもたらしたものである。この段階では、南部の経済はすでに基本的に安定化傾向にあったが、北部はなお急速に低下し、全国経済成長率の鈍化に対する寄与率は、-87.88%に達した。つまり、第2段階の全国経済成長率の鈍化は、北部のみがもたらしたものと考えてよいことになる。

(2)省別動向

第1段階の南部のGDP成長率は3.17%鈍化し、北部は3.31%鈍化した。この段階では、南部の経済成長率の鈍化をもたらしたのは、主として広東省・浙江省・上海市・江蘇省等の東部沿海大省であり、この4省はそれぞれ南部の経済成長率を1.99%、1.53%、1.21%、0.4%引き下げた。2016年のこれらの省の1人当たりGDPは、それぞれ7.40万元、8.49万元、11.66万元、9.67万元であり、いずれもかなり高い水準にある。  

これは、この段階での南部の成長が鈍化していることを反映しているが、本質は経済のウエイトがかなり大きい東部沿海地域の生産性水準が一定の段階に達して後、高速成長が中高速成長にギアチェンジしたことがもたらしたものである。

他方、北部の経済成長率の鈍化をもたらし、かつ寄与率のマイナス幅が-10%よりも大きい省は、北京市・河北省・山東省・河南省・山西省・黒竜江省・新疆ウイグル自治区であり、山東省と北京市の1人当たりGDPがかなり高い水準に達しているほかは、その他の省の1人当たりGDPは4万元前後であり、この段階の北部経済の成長率鈍化は、南部と異なっており、かつ全部が、経済発展が一定の段階に達したことによるものでもない。  

この段階では、全国の成長率の鈍化に対する資源型省の役割は際立ったものではなく、内モンゴル自治区・陝西省・吉林省等の省は、自身の良好さによって一定程度北部経済の成長率低下を阻止してすらいたのである。  

第2段階の南部のGDP成長率は2.37%鈍化し、北部のGDP成長率は4.13%鈍化した。この段階で南部の経済成長率を鈍化させた主要省は、依然として広東省・浙江省・上海市・江蘇省であったが、経済成長は既に安定化が顕著であり、合計寄与率は第1段階より大幅に48.04%増加(マイナス幅が減少)し、南部の経済減速への影響は既に大幅に低下した。重慶市は第2段階で依然として南部の経済成長への寄与率が最大の省であり、寄与率は13.90%に達した。しかし、第1段階で寄与率第2位の四川省は、第2段階の寄与率は-8.34%に低下し、南部の経済成長に一定のマイナス影響をもたらした。  

これに比べて、北部の経済成長率鈍化に影響を与えた主要省は、既に変化が発生し、東北地方が経済の重大被災地域となった。特に、遼寧省は北部の経済成長率を2.08%引き下げ、寄与率は-50.29%に達した。その他の山西省・河北省等の資源型・重工業省もかなり悪かった。このほか、第1段階で北部の経済成長に累を及ぼした山東省・新疆ウイグル自治区・河南省は既に北部の経済成長鈍化を反転させる主要なパワーに転換し、北部の経済成長率を0.38%引き上げた。北京市は依然として北部の経済成長にマイナスの作用を及ぼしていたが、寄与率は既に第1段階の-40.72%から大幅に増加して-9.81%となっており、経済の安定化の兆しは顕著である。

注意すべきは、天津市・内モンゴル自治区等の北部省は、第2段階の寄与率が第1段階より顕著に低下しており、経済の減速が明白な省は東北地方から外部に拡散する兆しが見え、経済の失速現象に蔓延傾向が存在する可能性があり、これを重視する必要がある。  

GDP成長率の変動の省ごとの寄与を分解して分析することを通じて、我々は2007-12年と2013-17年前後の2つの段階の全国の経済成長率の下振れ原因が異なることを容易に発見した。第1段階は、主として発展程度がかなり高い経済大省の経済成長が自然にギアチェンジしたことによってもたらされたものである。しかし第2段階に至ると、これらの省の経済成長ギアチェンジは既に末期に入り、経済成長率は安定化し、そのうち一部の省は現段階で経済成長を牽引する主要な動力になってさえいた。2013年以後は、発展程度がかなり高い東部沿海省は既に経済が底入れし反転上昇する段階に入っているが、東北3省・内モンゴル自治区・山西省・河北省等の資源型・重工業省の成長率は、かえって下落を開始した。  

上述の分析を通じて、南北の経済分化問題の本質は既にクリアとなっており、実質的には東部沿海省と伝統的資源型・重工業省が、この時期に異なる姿を見せたことによるものである。

3.大口商品価格の予想を超えた下落が今回の南北経済分化の短期的な直接原因である

中国経済が「新常態」に入って以後、過去のエネルギー・非鉄金属・鉄鋼等の産業の過度な建設がもたらした生産能力過剰問題が日増しに際立ち、生産能力利用率は合理的水準をはるかに下回り、産業全体の利潤率水準が大幅に下落した。

経済データから見ると、原油・石炭・天然ガス等の大口商品の生産は、主として北部に分布しており、2015年の北部の原油・石炭・天然ガスの生産量は全国の90%、85%、70%を占めていた。しかし工業生産者出荷価格(PPI)が2012年から16年まで連続して下落し、そのうち2013-16年、石油・天然ガス採掘業のPPIは51.5%下落し、石炭採掘・洗浄業のPPI、石油加工・コークス・核燃料加工業のPPI、鉄金属採掘・洗浄業のPPIは、いずれも30%を超える下落であった。  

投入産出表の試算によると、もし石油・天然ガス価格が50%下落すると、北部のGDP総量は0.4%引き下げられ、もし価格下落と同時にこれに伴う需要量の減少を考慮すれば、北部のGDPへの影響は0.4%を超える。同時に、これは北部の工業利潤に深刻な影響を与え、後の工業の投資拡大に極大のマイナスの影響をもたらした。これも、2014年に北部の投資の伸びが南部と不断に拡大した重要な原因である。

このほか、南部の原油生産量が2000万トン不足し、92%以上の原油が外部からの購入であり、石油価格の下落が南部のGDPに及ぼす影響は0.01%にすぎなかった。さらには国際石油価格が低迷したことにより、南部はこの年2700億ドル(約1.8兆元)近いエネルギーコストを節約し、転換の中にあった南部の製造業にとっては疑いなく助け船となった。

これで分かることは、このエネルギーに代表される大口商品価格の大幅な下落が、北部のGDP成長率にかなり深刻な打撃を与えたのに対し、南部はかえってこの大口商品の下落プロセスから受益したのである。世界経済が回復するにつれて、石炭・石油・天然ガス・鉄金属・非鉄金属等の大口商品価格は全面的に反転上昇し、関連のPPIは2016年以降、既に連続十数カ月上昇ルートにあり、上昇の勢いは既に鈍化しているものの、一定程度南北経済の分化傾向を遅らせたはずである。

4.中国の長期にわたる(海外からの)導入式の技術進歩方式の南北分業構造が、南北経済分化の根本原因である

南部は北部に比べ、自然資源の豊富さの程度で一定の劣勢があったが、より重要な優位性――地理的位置を有していた。南部の多くの省は沿海にあり、輸出企業にとって、大部分の輸送コストを節約した。これが、国家統計局が財・サービス純輸出データの公表を開始して以降、南部の純輸出額が常に北部をはるかに上回っていた主要な原因である。北部は地理的位置では比較劣勢が存在していたが、自然資源が豊富という比較優位性を備えていた。このため、市場メカニズムの作用の下、南部の外向型経済と異なり、大部分の資源型・重工業省は北部に集中し、南部地域の加工業のために川上製品を提供した。中国の過去30年余りの発展プロセスにおいて、この南北の地理的な相違による分業構造が徐々に形成されたのである。  

導入式技術進歩方式の下で形成された分業メカニズムは、北部の重工業のウエイトが長期に過大となり、さらにはその他の産業の健全な発展を抑制する結果をもたらした。重工業製品の需要が旺盛な時期は、この弊害は顕在化せず、さらには過去の一時期は北部の経済成長が南部を上回った。しかし、北部のこのようなモデルは持続不可能であり、中国の生産技術水準が世界の先端技術に接近するにつれ、導入式技術進歩と国際産業移転速度は不断に低下し、中国の技術進歩方式は技術導入から自主的なイノベーションへと転換し、過去の輸出志向を主とした産業構造は徐々に転換・グレードアップした。

しかし、2008年の米国金融危機の勃発に伴い、世界経済が収縮し、外需の突然の低下をもたらし、南部・北部はともに転換の歩みの加速を迫られた。北部は主として資源型経済であり、伝統産業がかなり多く、産業構造が全体として重工業に偏し、市場の発育度が十分ではなく、構造転換の難度は南部と比べ大きい。現在に至るまで、北部地域はなお少なからぬ省が工業化の中期にあり、工業とりわけ重工業を主とし、経済構造の転換プロセスは十分緩慢である。他方で、北部は現在資源価格の大幅下落の衝撃に直面しており、経済に不利な局面が激化している。

これに対し南部は、総体として産業構造が比較的軽く、多くの東部沿海都市は早くから「ポスト工業化時代」に達し、サービス業が既に経済発展の主要動力となっており、製造業さえも徐々にハイテク・精密・先端産業に転換し、総体として転換にかなり成功しており、全体としてかなり良好な発展態勢を示しているのである。

5.結論

南北の経済成長率の分化現象は具体的に、産業付加価値・投資・純輸出等の方面に現れており、1次・2次・3次産業の成長率から見ると、第1次産業と第2次産業では比較的早く分化現象が出現し、第3次産業はむしろ2016年以後分化が開始した。各産業の付加価値から見ると、北部の農業・工業・不動産業及び交通運輸・倉庫・郵政業の低下が最も激烈である。他方で、南北の投資の伸びと純輸出額は巨大な分化が出現し、投資の分化現象は現在なお引き続き悪化しているが、純輸出の分化傾向は2013年以後既に停止している。南北の消費の伸びは、明白な分化傾向が現れていないが、北部の農村住民1人当たり消費支出の格差の拡大傾向が現れている。  

時間的に見ると、2007-12年、全国経済が鈍化したのは、主として広東省・浙江省・上海市・江蘇省等経済発展水準がかなり高い省の経済発展が、一定段階に達して後、高速成長から中高速成長にギアチェンジしたことによってもたらされたものである。しかし2013年以降に出現した南北経済分化現象は、主として北部地域の資源型・重工業省の経済成長が低下したことによってもたらされたものである。我々は、エネルギーに代表される大口商品価格が予想を超えて下落したことが南北経済分化の直接原因であるが、中国の長期にわたる(海外からの)導入型の技術進歩方式の下で形成された南北の分業構造が、その根本原因と考えている。

6.政策建議

我々の研究の結論に基づき、以下の政策建議を提起する。

(1)現在の良好な外部環境・機会を利用して、転換・グレードアップを加速する。

現在、世界経済の回復に伴い、エネルギー等の大口商品価格は底をうち反転上昇を開始しているが、将来の大口商品価格の動向がどのようであろうが、中国経済がグリーン・低炭素・持続可能な発展の方向に向かうことに変わりはなく、汚染の大きい伝統産業の地位は不断に低下する。経済成長の質の高さと持続可能性は、引き続き断固としてイノベーシを主線とし、経済構造を最適化し、産業の転換・グレードアップしなければならないと我々に要求している。  

我々は現在大口商品価格が反転上昇し、北部経済へのプレッシャーがある程度緩和されている時に乗じて、北部の資源型省と産業衰退地域の構造転換を推進し、初級レベルの鋼材・セメント等の落後した生産能力を淘汰し、ハイテク製造業と現代サービス業を主とした新興動力エネルギーを育成し、過度に資源に依存した経済と経済構造が重すぎる局面から脱却し、質の高い経済成長を実現しなければならない。  

このプロセスにおいて、北部経済が合理的区間から滑り出ることを回避するため、固定資産投資の程度を適度に増やし、既に計画に組み込まれているインフラ建設、省エネ・環境保護プロジェクト等大型投資プロジェクトを前倒しで実施し、経済の転換がもたらす下振れ圧力を補填してもよい。

(2)発展の歴史的チャンスをしっかりとらえ、北部の体制メカニズムの変革を推進する。

現在、北部の経済成長率の低下が比較的顕著な省は、市場化の程度がかなり低く、制度の障壁がかなり多いという特徴が普遍的に存在しており、これは改革の一層の深化、経済構造の最適化、新旧動力エネルギーの引継ぎ・転換に不利である。

このため、市場参入のネガティブリスト制度を整備・貫徹し、統一市場と公平な競争を妨げる各種の規定と方法を整理・廃止し、資源配分における市場メカニズムの役割を可能な限り発揮させ、経済効率を高めなければならない。

同時に、民営企業の発展を支援し、企業の市場における地位を尊重し、知的財産権制度を一層整備し、企業家の才能と企業家精神を十分奮い立たせ、各経済主体がモバイル・Eコマース等の現代化した手段とイノベーション・プラットホームを利用することを奨励し、良好なイノベーションの雰囲気を作り上げ、経済の活力を高める。

(3)南部が過去に累積した経験・技術を十分利用し、北部の新たな経済発展推進を援助す る。

①東北地方は、新たな重要戦略内陸都市の建設を計画する。  

北部地域は比較的強い産業の基礎と経済の実力を備えた省都以外の都市を選択し、1、2のリーディング産業を際立たせ、社会主義の「パワーを集中して大事を成し遂げる」という制度の優位性を通じて、より大きな程度の改革・イノベーションと開放拡大措置を実施し、東南部の沿海地域の産業と超大都市及び中心都市の一部機能を移転し、製造業を中心とした都市を建設し、北部の実体経済の発展をリード・支援する。

②青銀、哈大経済発展基軸ベルト建設を早急に計画し、南北経済の交流と地域の協調発展を一層促進する。  

青銀貫通高速道路(山東省[青島]―河北省―山西省―陝西省―寧夏回族自治区[銀川]をつなぐ高速道路)、京瀋(北京―瀋陽)鉄道、哈大(ハルピン―長春―瀋陽―大連)鉄道等の重要交通ネットワークに依拠し、北部内陸の統一的な発展企画を強化し、内陸の開放された新基軸ベルトの形成を加速し、「一帯一路」における北部内陸の地位・役割を強化する。

おわりに

筆者は南北経済格差の根本原因は、「北京=中央」からの距離と考えている。中国の首都北京の位置は、北に大きく偏っており、北部の中心に位置しているといってもよい。

中国は1980年代までは計画経済を採用していた。計画経済では、中央が地方に対して細かに指導するので、地方政府は中央の意向をうかがいながら、自身の経済政策を調整することになる。

しかし、中国には「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があるように、地方政府は中央に指示に従う姿勢を示しながら、地元の事情に合わせて中央の指示を換骨奪胎してしまう傾向があり、それは北京から遠い上海や広東では、依然から顕著であった。

市場経済に移行しても、重工業中心の北部では主役は国有企業であり、中央の目も近いので、市場経済への移行は比較的ゆっくりしたものであった。これに対し、南部では政府の規制が相対的に緩やかだったこともあり、新しいサービス産業や民営企業が急速に勃興した。これが、イノベーションの担い手となったわけである。

李克強総理が、就任直後から「大衆による創業、万人によるイノベーション」を訴えているように、イノベーションの推進には、国家による上からの政策だけでは不十分であり、民営企業の活力を活用した「下からのイノベーション」が不可欠である。

現在、深圳がイノベーションの拠点として注目されているが、深圳は北京から最も遠い位置にあり、それゆえに民営企業の活動の空間が広く、様々な実験が可能であったと思われる。2018年、習近平総書記は東北地方から広東省を順に視察し、その直後の11月1日に「民営企業座談会」を開催し、民営企業の発展支援を強く支持した。この視察は、これまでとかく国有企業の強大化にこだわってきたとされる習近平総書記に、南北経済発展格差とその原因を実感させるための、改革派による巧妙な演出であったかもしれない。1992年の鄧小平「南巡講話」以来、改革派の巻き返しの拠点は、常に南部であった。

今後中国がイノベーションを促進し、潜在成長力を高めるには、規制緩和と民営企業の発展支援を強化し、北部の市場環境を南部と同様に改革していくことが必要である。逆に南部に対し、中央の行政指導を強化すれば、イノベーションの芽をつぶし、一層潜在成長力を低下させることになろう。