資料紹介: ガーロコイレ ——ニジェール西部農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌——

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介:佐久間 寛 著 『ガーロコイレ ——ニジェール西部農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌——』
■ 武内 進一
■ 『アフリカレポート』2014年 No.52、p.37
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興味深い著作である。本書は、民族誌という体裁を取りつつ、「ガーロコイレ」という名の行政村の分裂事件について、徹底的な読み解きを試みている。そのための準備は周到である。植民地期の行政文書や研究論文を丹念に読み込み、長期のフィールドワークで得た膨大な資料を駆使してそれらを批判的に検討したうえで、村の分裂という事件が持つ意味を様々な側面から考察している。

本書の分析は事実の発掘に留まらない。ニジェール西部農村社会の親族構造、政治体系、土地制度の実態と変容、そこで展開された農業政策などの事実が、村の分裂の背景として詳細に記述されるものの、筆者の視線はあくまでも人々をそうした行動に駆り立てた要因と、その情動的契機へと向けられる。そしてその情動の根元を問うていくとき、筆者は(そして読者も)自分自身の存在を問い直さざるを得なくなる。

徹底した資料の読解、高いソンガイ語能力に裏打ちされた膨大な語りの収集と分析、そして自らを含めた多種多様な声を混淆させる実験的な記述。こうした点が評価され、本書は2014年度の日本アフリカ学会研究奨励賞と発展途上国研究奨励賞を受賞した。

本書が、広く読まれるべき素晴らしい著作であることに疑いはない。それを前提として、評者が感じた不満を率直に述べるなら、村の分裂という事件の読み解きから得られる現代アフリカ国家に関わる含意について、もう少し議論してほしかった。アフリカ国家をめぐる諸問題について本書導入部で議論しながら、結論部分でほとんど総括がないのは残念である。行政村の分裂を「国家と社会の葛藤」(p.19)という観点から分析することの重要性には完全に同意するが、本書の記述の中心は社会構造であり、植民地期後期や独立後のニジェール国家や法制度についての分析は厚いとは言えない。「国家と社会の葛藤」を説得的に描くために、もう少し国家に関わる分析がほしいと感じた。

筆者は人類学を専門としており、人類学は基本的に社会の側を研究対象とするから、評者の批判は難癖に過ぎないのかも知れない。ただ、こうした難癖を付けたくなるほど、社会科学の立場からアフリカの国家をめぐる問題に関心を抱く評者にとって、本書は刺激に満ちていた。筆者には今後、狭い学問領域にこだわることなく、アフリカの国家と社会に関する議論を深めてほしい。

武内 進一(たけうち・しんいち/アジア経済研究所)