激動する湾岸アラブ諸国を読み解く:君主制、移民、湾岸経済の展望

2014年9月17日 (水曜)
ジェトロ本部5階展示場

>>開催案内・プログラム

主催:宇都宮大学国際学部多文化公共圏センター、ジェトロ・アジア経済研究所

趣旨説明・セッション1  |  セッション2  |  セッション3

セッション2:湾岸の経済と移民の今
   「アラビア半島の国際都市における移民と労働力、そしてビジネス」

米ピュージェット・サウンド大学 社会学・人類学部准教授 アンドリュー・ガードナー氏

本報告ではいくつかの事例を取り上げ、今日の湾岸アラブ諸国を特徴付けるいくつかの習慣、通念、関係を説明するが、これらの事例は湾岸産油国全体を明らかにするというよりは、これまでの私の人類学的関心に基づいて行った研究をまとめてお話しする。

1.湾岸諸国の歴史と人口

最初に湾岸産油国の歴史と人口について、お話ししたい。湾岸各国について語る際には、GCC(湾岸協力会議)を構成する各国の非常に独特な歴史的経験を理解することに多大な努力が払われてきた。しかしこうした努力は時として、豊富な天然資源を持つ、オスマン帝国や大英帝国の植民地主義的支配を受けたといった共通性によって編み出されてきたもう一つの歴史を隠してしまうことがある。各国の違い、特殊さばかりを言うのではなく、各国の共通点を述べる方が有益なこともある。

その一方で、部外者から見れば、湾岸各国の国民は均質で画一的だと思われているが、実は人類学的に言うと、かなり多様である。遊牧民族に遡ることができるバドゥと、都市部の商人や海上貿易商人に起源を持つハダル、あるいはアフリカから連れて来られた奴隷の子孫のアブドゥ、ペルシャ移民も存在する。また、アラブ民族を自称する者もいる。スンニー派やシーア派という分け方もある。こうした多様性の中にあって、アラブ社会と国家の中心的特徴は、ナショナリズムと、支配一族・部族の正統性を同時に維持しようとしているところにある。華やかな国際都市の建設は世界に対するアピールでもあり、ナショナリズムを活気づけるものだ。博物館等々に見られる伝統文化産業の活況は、単一のナショナリズムを作り上げようとする手の込んだ試みだ。これらの活動は世界中の人々を意識して、国際的で近代的なイメージを作り出そうとするものであり、これを実施した支配者の寛大さを示すものである。

2.開発と都市開発

開発はこうした湾岸諸国のシステムを支えるものである。都市開発こそ最重要なものである。GCC諸国では公的部門で働いている人が多数を占め、公共事業は富の分配であると言える。GCC諸国は、国家主導の開発の結果、文化資本を作り出すことに成功した。インフラ開発への支出は、国家から国民への富の移転である。

つまり、湾岸アラブ諸国の法制度によれば、例外を除いて「国民」だけが土地と不動産を所有できる。こうした法制度に加え、「国民」が外国人労働者のスポンサー(身元引受人)となるカファーラ制があらゆるビジネス・シーンに盛り込まれている。カタルでは、サッカー・ワールド・カップ等の招致によるスタジアム建設等のインフラ開発にかかる国家の支出は、上述の諸制度や開発を請け負う地元企業が獲得する利益を通じて「国民」に還元される。このため、開発は、国家の富が市民に割り振られる結節点とみなされることになる。そして、権威主義的な指導者の正統性の基盤へとつながる訳である。

3.アラビア半島への移民現象

湾岸諸国は大量の労働力を必要としており、そうした労働力は南アジアや東南アジアからの供給に依存することになっている。こうした労働力の国境を超える移動を分析することが民俗学者としての私の基本的な研究対象である。また、単純労働者の視点から見たGCC諸国のシステムについても研究している。国境を超える移民労働者のパスポートは、通常、違法ではあるが雇用者に取り上げられてしまう。また、送り出し国でブローカーに約束された賃金は、しばしば実際に払われる賃金と異なる。しかし、就労ビザの発給と労働契約によって、カファーラ制は移民を1人のスポンサーに縛り付けるので、彼らには頼る手段が何も無い。カファーラ制では、移民を管理する責任について、スポンサーを務める国民と、代理人たちに配分していることになる。移民とその家族は送り出し国のブローカーに借金を抱えたまま帰国することになり、しばしばこうした搾取に晒されることになる。このように、GCC諸国のシステムは、低開発地域の労働力を吸収している。労働者、つまり移民の側からいえば、スポンサーとの関係に彼らの立場が規定される。

4.「ゲートキーパー」、「イマジニア」とビジネス関係

近々発表される私の著作の中で、ディヴェンドラというカタルに移民した人のエピソードがある。移民労働者には賃金の不払い問題、あるいは給料の天引きなどの問題がある。また罰せられることもあるが、これは雇用主であるパレスチナ人との対話が欠如したことが問題であった。私の研究では出自が異なる様々な人の関係を扱い、湾岸諸国の国境を越えた存在をどう捉えればよいのかと考えてきた。アラビア半島の労働環境をよく理解しようとしたが、抵抗に逢った。そこには「ゲートキーパー」(門番)の役割を果たす人々がいたため、労働者に直接話をすることは難しかったからである。それに対して「ゲートキーパー」の後ろに居る湾岸アラブ諸国の人々は協力的であった。カファーラ制というヒエラルキーの中で、労働者とそれ以外の人々との連絡を管理する「ゲートキーパー」の存在があるのは社会的事実である。スポンサーの代理人が彼らの窓口となる。窓口係という存在は大事な存在である。この種の窓口係は湾岸の環境から必然的に生まれてきたものである。「ゲートキーパー」は窓口係だけではなく、コミュニケーションの結節点であり、自分の上司にとって社会的に何が適切か判断する役割を果たすことができる「イマジニア」(想像の具現者)なのである。彼らは湾岸地域とのつながりは希薄であり、湾岸社会の実態をそれほど知っている訳ではないが、自身の関心や欲望に基づいて概念を想像している。「イマジニア」によって作られた現地のアラブ人の関心や通念と、実際の現地の国民の関心や通念との間には、非常に大きな乖離があることも重要である。

以上、私は4つのテーマに焦点を当てた。湾岸アラブ諸国の独特な人口構成、都市開発、移民労働者、ビジネスにおけるイマジニアなどである。冒頭申し上げたとおり、これは今日の湾岸アラブ諸国を完全に描こうとしたのではなく、私の経験に照らして、今日の時代に支配的な社会的、文化的、政治的、経済的な関係を特徴付ける断片について取り扱ったものであるとご理解いただければ幸いである。

米ピュージェット・サウンド大学 社会学・人類学部准教授

米ピュージェット・サウンド大学
社会学・人類学部准教授
アンドリュー・ガードナー氏

セッション2:湾岸の経済と移民の今
   「湾岸アラブ諸国のエスノクラシー:移民に依存する労働市場と体制の安定性」

宇都宮大学 国際学部准教授 松尾昌樹氏

エスノクラシーとは「国民と移民という国籍の違いに基づいて格差を生成・維持することで、権威主義体制の柔靱性を高める統治制度」。湾岸では移民人口が国民人口を上回っており、労働力ではその傾向はさらに顕著になっている。移民は政治的・経済的に欠かすことができないにも関わらず、国民に対して低い地位にある。これが湾岸アラブ型エスノクラシーである。

本報告では、なぜ移民を大量に受け入れている湾岸アラブ諸国は安定しているのかについてお話ししたい。これまでは石油等の天然資源による収入を国家が国民に配分するレンティア国家仮説がよく知られていた。しかし、こうした単なる配分政策は国民人口の増加、天然資源の国内消費の増大による輸出余力の低下等により、徐々に機能しなくなっている。また、エスノクラシー体制では、国民の特権意識を作ることによる国民間の格差や区分(宗派)の隠蔽、アラブの部族性など国民の特徴に注目する研究が多かったが、移民という要素はこれからの湾岸諸国の統治を見ていく上で重要である点をお話ししたい。

まず湾岸アラブ諸国の労働市場の分析についてお話しする。湾岸アラブ諸国は高分業諸国(クウェート、カタル、UAE)と低分業諸国(バーレーン、オマーン、サウジアラビア)に分けられる。エスノクラシー体制が確立している高分業諸国では反体制運動が弱く、低分業諸国では反体制運動が強いことが予想される。低分業諸国では、石油収入の伸びが期待できない事、また、若年人口の増加により、全ての国民を公的部門に吸収することが不可能になっている。例えば、クウェート、カタルは公的部門で国民の労働人口を吸収することが可能(財政的に余剰)であるが、バーレーンでは既に予算に占める人件費の割合が45%となっており、財政的に分業体制を維持できない状態となっている。これは構造的な問題であって、政策的解決は困難な問題である。また、サウジアラビアもバーレーンとほぼ同様の状況である。

次に、クウェートとバーレーンの比較をしたい。まず公・民の賃金格差についてであるが、図示したとおり、民間部門に押し出されたクウェート国民は、賃金面で決して移民とは競合しない。しかし、バーレーンでは特に民間部門において、公的部門で働く国民より低く、移民と同様の賃金となっており競合してしまう。これがバーレーンでのアラブの春以降の強い政府批判につながっていると考えられる。

最後にサウジアラビアについてであるが、サウジアラビアも分業体制はできていないが、全土でのデモは発生しなかった。クォータ制度(ニターカート制度)を導入し、企業に対して高賃金で自国民を雇用することを要求しており、雇用しない場合、移民雇用に必要な書類を許可しない等のペナルティーを課す。これによって、民間部門で働く「国民」は、公的部門で働く「国民」より賃金は安いものの、移民と比べて高い賃金のまま雇用にありつけることになった。企業は大量の移民を労働力として雇用しているので、サウジアラビア人を雇用することで発生するコストを移民に転嫁することでこの制度に対応している。この結果、国民と移民の格差を生み出す状況、すなわちエスノクラシー体制が確立され、国民の不満を抑えることが可能となっているのである。

エスノクラシー体制は必然ではない。では、なぜ湾岸アラブ諸国はこれを導入せねばならなかったのか。それはレンティア国家だからである。例えば、普通の国では移民を導入することで得られる利益を課税を通じて再配分することができる。しかし、湾岸諸国では税金をとらないため、税制度を用いた富の再配分機能を持っておらず、貧しい国民に配分できないから、エスノクラシー体制を導入した。すなわち、石油依存経済がもたらす、(1)経済成長による移民依存、(2)「オランダ病」、(3)レンティア国家化が、エスノクラシー体制をもたらす。これは湾岸諸国が奴隷の文化を持っているといったことに関係なく、エスノクラシー体制が構造的に必要であることを示しており、今後もこの体制は継続していくと考えられる。

宇都宮大学 国際学部准教授 松尾昌樹氏

宇都宮大学 国際学部准教授
松尾昌樹氏

趣旨説明・セッション1  |  セッション2  |  セッション3