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開催報告

アジア経済研究所オンライン講座
連続オンラインセミナー「途上国の環境問題を多様な分野から理解する」
第1回「脱炭素」(2022年10月13日(木曜))

アジア経済研究所では、地域研究、開発経済、法・制度、国際交渉・国際協力など様々な観点から、『環境』というテーマに取り組んできており、2022年10月から12月にかけて『途上国における環境問題』をテーマとした全3回のオンライン連続セミナーを開催しました。

このページでは、第1回「脱炭素」における講演の要旨を公開しています。ぜひご覧ください。

はじめに:環境連続セミナーについて
(小島道一(ジェトロ・アジア経済研究所 新領域研究センター 上席主任調査研究員))
  • アジア経済研究所では環境問題に関する研究を1970年代に開始し、1990年頃から継続的に研究を行っている。研究テーマも、大気汚染、水質汚濁、森林破壊、環境資源勘定、水資源管理、気候変動、リサイクル、海洋プラスティック、など多岐にわたっている。
  • 鄭さんは国際政治を専門とし、特に地球温暖化・気候変動に関する国際交渉についての研究に取り組んできている。孟さんはグローバル・サプライチェーンの研究をしており、サプライチェーンのどの段階で温室効果ガスが排出されているかについて研究をしている。堀井さんは1996年から2007年までアジア経済研究所に所属、中国を中心とした石炭産業について研究をしてきた。途上国のエネルギー事情を踏まえて気候変動について論じていただく。
  • パネルディスカッションでは脱炭素に向けてどのような取り組みが必要か、課題は何かを議論する。
気候変動の国際交渉と米中関係:協力から競争へ
(鄭方婷(ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センター 法・制度研究グループ))
  • 2019年の排出量を見ると、米中による排出量は世界全体の44%、インドを含めると51%。これらの国をいかに国際枠組みに入れるかが大切。
  • 米バイデン政権は、気候変動対策で国際リーダーシップを取り戻す意思が明白。低炭素、クリーンエネルギー、環境に関する技術革新を強調し、外交、安全保障、金融、通商政策に取り込んでいる。
  • 中国でも、2030年に全体の排出量がピークに達した後、次の30年間で実質ゼロにしなくてはならないという「30・60目標」が、第14次五か年計画(2021年~2025年)に取り入れられ、削減に関する数値目標が設定されている。また、「1+N」政策体系で、「30・60目標」を達成するための具体的な行動計画が述べられている。
  • 米中は対立しつつも、国内的には脱炭素について積極的に取り組もうとしている。バイデン政権は脱炭素をリードしようとしており、中国に対して、気候問題を政治・経済的な対立と切り分けるべきと主張。中国は気候変動交渉を「戦略的協力」テーマとして位置づけている。2022年8月の米下院議長の台湾訪問後、「中米気候変動協力ダイアローグ」が中断されるなど、これまでの米中関係と気候変動協力は「振り子」のような関係。
  • 「脱炭素」をめぐる競争をエネルギーの側面から見ると、クリーンエネルギー優位性の獲得が重要視されている。そのうち水素では技術開発、普及、コスト削減などで競争が始まっている。一方、太陽光発電では太陽光パネルの7~8割は中国で作られており、中国への依存度が高まれば、中国の地政学的な優位性も高まっていくと考えられる。電気自動車については、中国、EU、アメリカが主要な市場。昨年の販売台数では、上位5社で世界シェアの51.3%を占めており、米国、EU、東アジアによる戦国時代が到来。
  • 「米中競争」の構造は変わらない。米中気候協力が再開されるとしても、今後は低炭素エネルギー・製品・技術などでの「競争」に主眼が置かれる。これは必ずしも地球全体にとって悪いことではないと考える。
脱炭素の現状把握ーグローバル・バリューチェーン(GVC)の視点からー
(孟渤(ジェトロ・アジア経済研究所開発研究センター 主任調査研究員))
  • 専門はマクロ経済学だが、特に最近グローバル・バリューチェーン(GVC)という新たな経済の専門領域が注目されている。GVCはグローバル・サプライチェーンと考えてもよいが、学問では供給サイドだけではなく需要サイドも考える。サービスの流れだけではなく、裏側にある価値がどのように創造・移転・分配されているかに注目する。価値が作られる際には副産物(汚染、二酸化炭素など)も生まれる。こういった副産物についても同じフレームワークで解決策を考えたほうがよいのではないか、というのがGVCからの気候変動・脱炭素への研究アプローチ。
  • 先進国は既に排出量のピークに達しており、今後削減すべき量は国によって異なる。一方、中国などの新興国・途上国は排出量が多く、目標達成には相当の努力が必要。
  • GVCとは、人、モノ、情報、金銭のグローバルでの流れを言う。「個人、企業、国が参加する価値の創造、移転、配分に関するグローバルゲーム」のこと。GVCによって価値、所得、雇用機会が作り出されるが、その副産物として温暖化ガス、汚染も作り出される。
  • GVC上で、価値の追跡のみならず温暖化ガス排出の追跡も行うことが可能。例えば、中国の生産者は生産過程で温暖化ガスを排出するが、中国国内・国外のいずれかの消費者がその生産物を消費している。つまり消費者は排出の誘発者となる。さらに、途中に国内もしくは第3国での部品生産を挟むかどうかによって、様々なGVCのルートが出来上がる。このような様々なルートで、温暖化ガスの発生、移転、吸収(消費)を追跡する。
  • 途上国は、自国での消費のために出しているCO2も、他国のために出しているCO2も多い。1995年から2015年までの20年間で、中国が他の国や地域のために出したCO2の量が非常に増えている。加えて、途上国が中国のためにCO2を排出もしており、排出の方向が非常に複雑になっている。これから南南問題が非常に重要になる。
途上国のエネルギーと開発ー求められる現実的な気候変動対策ー
(堀井伸浩(九州大学経済学研究院准教授))
  • 2020年のCOP26では、インドが石炭などの化石燃料の「段階的廃止」(phase out)という文言を拒否し、「段階的削減」(phase down)に修正。脱炭素への圧力に途上国が反旗を翻す契機となった。
  • 発展途上国の経済発展には産業化が必要だが、そのためには安定した電力供給が重要。再エネ(風力・太陽光)は安定した電源とはなりえず、割高でもある。やはり化石燃料を利用する大規模電源が必要。
  • 2021年時点で、世界で使われるエネルギーの82.3%は化石燃料により供給されており、途上国では先進国より化石燃料への依存度が高い。
  • 中国における石炭火力の環境への影響を見てみると、石炭消費量は2013年から2020年にかけて15%ほど増加しているが、SO2、NO2、PM2.5、PM10などはかなり改善されている。経済発展すれば技術的対応が可能となり、環境問題はかなり改善できる可能性がある。
  • SDGsの目標13には「気候変動に具体的な対策を」とあるが、目標7には「すべての人々に手頃で安定した、持続可能な現代的エネルギーへのアクセスを確保する」ともある。具体的には、「再エネ割合を大幅に拡大させることを目指しつつ、高効率かつ環境負荷の低い化石燃料利用技術もクリーンエネルギーとして技術開発と投資が奨励」されており、SDGsは決して化石燃料を排斥するスタンスを取ってなどいない。それどころか、途上国の人々にクリーンな化石燃料へのアクセスを支援する国際協力を強化することを求めている。
  • 環境経済学では、汚染削減対策にかかる費用と、汚染の被害とのバランスで最適な点を考える。汚染は削減しすぎても社会的には望ましくない。その対策費用を経済発展に資する投資に回せば経済発展を加速できるため。
  • 気候変動は長期的課題なので、時間を味方につけてイノベーションに向けた種を蒔くべき。また、経済発展が災害などへの対応力を飛躍的に引き上げる。
  • 世界のCO2排出量は中国、米国、インドの3か国で48.7%を占める。こういう状況で、経済規模が小さな国々がその小さなエネルギー需要を支えるために化石燃料を利用することが世界のCO2排出削減をどれだけ遅らせるか?
パネルディスカッション
  • 今後の国際交渉はどうなっていくか?ウクライナ危機はどのように影響を与えるか?
    • (鄭)COP27がエジプトで開かれる。資金問題が一番大きな課題。特に適応策の実施にどのように資金を回していくのかが大きな課題。ウクライナ戦争はエネルギー戦争でもある。石油価格が高騰し、再エネの後押しになるのではないかと言われているが、むしろ目先のエネルギー供給不安への対応が緊急に問われている。石炭の利用が増加している。
    • (堀井)太陽光パネルは規模と継続的な投資が勝負を握るフェーズに入っている。中国がトップシェアを持つだけでなく中国企業の中でも寡占化が進んでいる。
  • EUが提唱する炭素国境調整措置(炭素の排出量により、輸入の際に関税をかけるという措置)についてはどう考えるか?
    • (孟)現在研究中。EUは国境調整税を2026年に実行段階にする。輸入品、とりわけハイ・カーボンのものはコストが高くなる。従来のWTOの仕組みと矛盾があるという指摘もある。途上国からの輸入品にはハイ・カーボンのものが多いので、争点になる。
    • (堀井)気候変動対策ではフリーライダーの問題が大きい。米中対立のもとで中国企業が、欧米より途上国との貿易を増やしていくようになった場合、カーボンリーケージがおこらないかが気になる。
    • (孟)2種類のフリーライダーがおこりうる。1つは規制が弱い国で生産する、もう2つは途上国間が競争して規制を緩くして中国からの融資を呼び込む。従って、GVC上での排出責任を明確化し、そこから交渉を始めるべき。
    • (鄭)民間主導の取り組みや、自国の権限で行う取り組みが多く、国連での合意に結びつけるのは非常に時間がかかる。企業は自分の排出量を把握することがまず大切。
  • 再エネの限界に関して、今後人口が減っていく日本では地域の電源の小型化・最適化が課題ではないか?
    • (堀井)規模の経済性を考えると、大規模な電源の優位性は残ると思われる。日本の場合は送配電の遠距離のデメリットを考えても、大規模な電源のメリットは大きいと思う。人口が減っても電気の消費量は伸びている。
  • 適応が気候変動の影響を受ける人にとって重要なことは理解できるが、緩和への資金が減少すれば、将来的な温暖化抑制にはマイナスになってしまう。全体的な資金に限りがある中、COPではどのような整理になっていくか?
    • (鄭)先進国の気候変動対策の資金は全体で830憶ドルくらい。そのうち2~3割くらいが適応に使われている。今後は緩和から適応に徐々に資金を流していくことになる。今までは政府資金が主流で民間資金が少ない。今後はいかに民間(企業、銀行)から資金を引き出すかが重要になる。もっとも重要なのは担保。
  • 気候変動対応に関して途上国からはJust Transitionの必要性が主張されている。COPではこのJustを途上国の具体的なカーボンニュートラルに向けた移行過程として具体的にどのように織り込んでいくことになるか?
    • (鄭)国際交渉の場ではまだ議題としては上がっていないが、各国では仕事を失った人をどのように再エネ産業に転職させていくか、という議論はある。
    • (堀井)切実な問題。中国は2030年まで排出量を減らすつもりはない。それまでは石炭火力も温存。それが途上国の本音だと思う。他国からすると、中国はCO2を多く出しつつ、太陽光パネルでグリーン成長も行っている、という感情的なしこりがおこるのではないか。
  • (孟)企業にとっては気候変動、地政学的な緊張、COVID19、の3つのリスクが目の前にある。分散投資を行うとコストが上がるが、いずれ今後コストは上がっていくので、Just in timeではなくJust in caseを考えて早急にリスク分散をするべき。
  • (堀井)ウクライナ危機は、エネルギーのコストが上がることの社会へのインパクトを人々に突き付けた。変数がかなり増えたと感じる。途上国はさらに「開発」という変数がある。
  • (鄭)「公正な移行」に悩まされているのは途上国だけではない。先進国にとっても課題。日本は減災・防災の技術を様々なプラットフォームを通じて途上国に有意義に提供できるのではないか。

※肩書および解説はすべて講演時点のものです。

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