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「グローバル・サプライチェーンにおける責任ある労働慣行の実践と持続可能性向上――タイにおける日本の自動車部品企業の事例」

プログラム:グローバル・サプライチェーンにおける責任ある労働慣行の実践と持続可能性向上――タイにおける日本の自動車部品企業の事例

2021年2月4日アジア経済研究所は、国際労働機関(ILO)駐日事務所とともに(自動車部品工業会協力)「グローバル・サプライチェーンにおける責任ある労働慣行の実践と持続可能性向上――タイにおける日本の自動車部品企業の事例」をオンライン形式で実施しました。本セミナーでは、EU拠出金による「アジアにおける責任あるサプライチェーンプロジェクト」の一環として、アジア経済研究所とILOの協力覚書にもとづき実施してきた調査結果を報告するとともに、タイを中心としたアジアのサプライチェーンにおける日本の自動車部品業界の役割を中心に、COVID-19がサプライチェーンに及ぼす影響、2020年10月に発表された日本の「ビジネスと人権」に関する行動計画の実践・推進のための方策などを議論しました。ステークホルダーが一堂に会した対話を通じて、経験を共有し、企業の社会的責任に関する国際的な基準を維持、向上していく取り組みや方法論をめぐり闊達な意見が交わされました。事前登録者は562名、当日は436名の参加を得ました。

主催者を代表して北川浩伸(ジェトロ理事)の開会の挨拶では、グローバル・サプライチェーンにおいて日本企業が重要な役割を担っていること、新型コロナウィルス危機によってデューデリジェンスと責任ある企業行動(RBC)の必要性を改めて認識されていることが話された。アジアにおける責任ある企業行動の推進には、政府間および関連機関間の協力、取引先企業との対話の重要性を指摘し、ジェトロではASEAN事務局と対話を重ね、労働慣行や関連する仕組みに関する諸課題について議論していること、ジェトロとしても、引き続き企業をサポートしていくことが話された。

続いてフレディ・グアヤカン氏(ILOアジア太平洋地域総局プログラムマネージャー)は、企業のサプライチェーンの強靭性およびリスクへの対応のために、労働CSRと責任ある企業行動は企業にとって選択肢ではなく必須であると述べた。ILO創設100年宣言では、グローバル・サプライチェーンにおけるディーセントワークの促進は、貧困撲滅、誰一人取り残さない持続可能な発展の基礎として極めて重要であるとしている。国際的労働基準、中核的労働基準そして多国籍企業宣言はそのための文書である。アジアにおける責任あるサプライチェーンプロジェクトは、EU、ILOおよびOECDのパートナーシップであり、アジアにおけるサプライチェーンにおいて責任ある企業行動と社会的に責任ある労働慣行の促進を目的としている。これは正しいというのみならず、企業がより競争力と生産性を高めるためである。

冒頭スピーチとしてガブリエレ・ロ モナコ氏(駐日欧州連合代表部通商部参事官)は、アジア経済研究所に対して、本イベントで報告される研究だけでなく、他の多くの活動や市民社会のパートナーとの対話を促進しているなどの貢献を評価した。次世代のEUは、本質的な復興計画であり、COVID-19危機からの持続可能な回復の重要性を強調している。持続可能性と人権の原則は、日本とEUの二国間協力にも表れており、例えば、EUの貿易政策の戦略的パートナーシップ協定では、開かれた透明性のある非差別的なルールに基づき、世界経済の結びつきを強め、人権の尊重と高い労働・環境基準の遵守の促進という目標を設定している。 EUにとって日本はビジネスと人権の分野で緊密な同盟国である。日本のNAP採択を歓迎し、日本がアジアで果たす政治・経済的役割と、サプライチェーンを通じた企業相互の結びつきの強化を図ることで、今後戦略的パートナーシップの中での日本の地位はますます大きな存在になると話した。

山田美和(アジア経済研究所 新領域研究センター 法・制度研究グループ長)が「日本の自動車部品産業 タイにおける責任あるサプライチェーン その取り組みの現状と課題」を報告した。調査結果調査の目的および分析手法、事例分析の基礎となるILO多国籍企業宣言について説明した。同宣言は、強制労働、児童労働、差別、結社の自由に関する指針を含む労働分野で多国籍企業に推奨される原則を規定している。また、安全衛生、受入地での雇用、調達に関する指針もあり、それらも含めてサプライチェーンにおいて企業が果たすべき役割を示している。

続いて井上直美氏(ILO コンサルタント)がタイの自動車部品サプライチェーンにおいて日本企業がCSR方針をどのように浸透させているのか、また、事業活動が社会に与えるインパクトに対する責任をどのように果たしているのかを調査分析した詳細を報告した。本社CSR方針をタイ現地子会社にどのように浸透させるかのグッドプラクティスの鍵概念は、ローカル主導、対話、安全・安心、地元文化の尊重、政策立案の際のボトムアップ・アプローチ、トップ・管理者によるコミットメントであった。本社CSR方針をサプライヤーに推進するためにどのようにエンゲージメントするかのグッドプラクティスの鍵概念は、QCD、信頼関係、現地社会への貢献、CSR調達ガイドラインの横展開であった。被雇用者とのエンゲージメントをどのように行うかグッドプラクティスの鍵概念は、ローカルの尊重と対話であった。それぞれについて機会とさらなる課題を示した。 最後に調査結果に基づく政策・施策の提言として山田が、労働 CSR、ディーセントワークに関する課題を解決するためには、日本の企業だけでなく、他の関連するステークホルダーによる責任ある慣行の推進が必要であると報告し、ステークホルダーである、日本政府、企業、産業別労働組合、タイ政府、ILO、その他関連する国際機関に対して提言を行った。

調査結果を深堀りするために、パネルディスカッション①では、井上氏がモデレータとなり、本調査に協力頂いた、高山陽康氏(Business Management Head Office Division Manager, Thai NOK)永田健氏(Executive General Manager, Denso International Asia)テーラポーン・スリーウドムスリップ氏(General Manager, TDS Procurement, Denso (Thailand))深谷豊氏(Executive Vice President, Denso International Asia)を招き、調査報告で紹介したグッドプラクティスについて現場から詳細が話された。本社のCSR方針の浸透、労働者が意見を言えるような環境づくり、それが生産性向上へつながる実態、QCD改善とCSR、被雇用者とのエンゲージメント方法、労働組合の活動と安定経営、地域に根ざした労務管理戦略と競争力などが議論された。COVID-19パンデミックの影響に対し、これまでの労働者そしてサプライヤとの信頼関係によって克服することができ、外資や現地企業との競争力の差別化につながっていると意見が交わされた。

パネルディスカッション②では、田中竜介氏(ILO 駐日事務所プログラムオフィサー)をモデレータとして、政府、労働組合、企業というマルチステークホルダーをパネリストとして招き、調査報告を基にアジアのサプライチェーンにおける労働 CSR 推進に関する日本の役割と今後の方向性について議論した。

千谷真美子氏(厚生労働省大臣官房国際課 国際労働・協力室室長)は、本セミナーのテーマに沿って、厚生労働省の関わるNAPの関連施策、国内外のサプライチェーンにおけるディーセント・ワークの促進、ILOへの活動支援について説明した。報告書の提言に含まれていた多国籍企業宣言の普及啓発や投資本国-受入国の拡大三者構成対話の実施は、厚生労働省も開発協力の中で重視してきている点であり、社会的に責任ある労働慣行は、現地の労働者やサプライヤーだけではなく、多国籍企業との間でもwin-winの関係となることから、今後、本日紹介されたような好事例が他国、他の業界でも広がっていくことを望むと話した。 中島基史氏(自動車総連(全日本自動車産業労働組合総連合会)国際局局長)は、自動車総連の国際活動である2017年に策定した「20・30ビジョン」を紹介した。日系自動車企業の全ての国におけるサプライチェーン全体を含めた労使を対象として、2030年までに目指すビジョンとしては、「建設的な労使関係」が理解・共有され、労使対話の仕組みが実践されていること、また現地労組が課題に直面した際に、日本の労働組合が最も信頼できる相談相手とみなされるようにしたいと考えている。報告書で提言のあった労働組合同士の協調は、まさに「20・30ビジョン」を通じて取り組んでいるところであり、今後も継続していく。NOK、デンソーの事例はこれまでの長年にわたる積み重ねとローカル尊重の下に成り立っていると考える。今後に向けて、変化点にどう対応するかが大切である。 現時点では、日本の本社と日本の労働組合が、海外事業体の労使関係について協議し具体的行動をとることは標準的ではないが、今後これが当たり前になるように取組みを進めていきたいと述べた。神戸千隆氏(株式会社デンソー広報・渉外部長)は、デンソー社の責任の重要性を論じた。タイなどでは建設的な労使関係を構築するための労働組合連携を支援してきており、自動車総連の活動は日本のグローバルな競争力維持を下支えしてきたと認識している。重要なのは、社員の中に人を思う心を育む文化を確立し、長期的な視点での事業運営を継続することである。COVID-19危機において、短期的な利益の確保ではなく、いかに長期的な視点で現場の舵取りができるかが現場の運営や危機後の労働組合の運営に大きな違いをもたらす。国際レベルの基準や原則は難しく種類も多くあり複雑である。自動車部品企業のように、顧客も仕入先も複数の国に跨り取引関係がある場合には、各国の法制も含めて何に準拠すればよいのかわからないということになりがちである。そこで、業界団体にはそれらを最大公約数的に満たすガイドラインを、わかりやすく平易な文章で、且つ各社事例などを盛り込んだ実践的なものとして作成・展開することを望むと結んだ。 山田は、責任あるサプライチェーン、責任ある労働慣行の重要性は昨今特に高まっており、企業としてもリスク管理や、持続可能開発目標に沿った事業遂行の役割が求められている。日本の国別行動計画では、すべての日本企業が人権デューデリジェンスとステークホルダー対話を実施することが期待されている。本日共有された優良事例は、企業がこれらの期待に応える際の土台になるものであると考える。これまで取り組んできた企業の実践を普遍的な言葉で伝えるために、多国籍企業宣言と関連づけるようにした。多国籍企業宣言に加え、国連のビジネスと人権に関する指導原則や、OECD多国籍企業行動指針は、従業員や他のサプライヤーとの関係において、普遍的な原則を伝えるための共通言語を提供するツールとして使用できる。建設的労使関係は、日本では大切にされているものであるが、これを普遍的に説明することが大切であり、この関係を可能にする環境づくりも国の役割として求められている。現代アジアにおいて、団結権や団体交渉の自由に基づき良好な労使関係を構築することの重要性は皆が認識していることである。日本企業にこそ、アジア社会の中でこれらの権利を守り、尊重していってほしいと論じた。浅野義人氏(経済産業省政策局欧州課・課長補佐)からは、本セミナーおよび報告書の内容を参考にしながら、欧州委員会、OECD、ILOと一緒に、企業の持続可能な成長を支援していきたいと考えていると発言された。

本パネルでは、企業の労働CSRについて、なぜ、何を、どのように進めていくのかについて優良な事例が示された。労働CSRに関して政労使それぞれが役割を果たしていること、また信頼関係に基づく長期的視点での取組みがサプライチェーンを通じた強靭性(レジリエンス)を生み出していることが理解できた。重要なステークホルダーのそれぞれの取り組みを進めている。ステークホルダー間で情報を共有し、連携してその相乗効果最大限の効果が発揮されることが望ましい。経営的な視点やビジネス的な視点での一貫した政策視点が必要であり、省庁の枠を超えた協力を期待する。気候変動やパンデミックによる仕事の世界の変化に合わせ、好事例を共有し協力関係を議論できるプラットフォームの構築等の取組が望まれる。

閉会の挨拶において高﨑真一氏(ILO駐日代表)は、ビジネスと人権の分野では状況は刻々と変化しており、企業には明確なコミットメントと発信がこれまで以上に求められていると述べ、駐日事務所としても支援していきたいと話した。

サマリーレポート
日本語版

ウェビナー「グローバル・サプライチェーンにおける責任ある労働慣行の実践と持続可能性向上 ――タイにおける日本の自動車部品企業の事例――」(2021年2月4日開催報告)

English Version

Webinar: Advancing Responsible Labour Practices and Sustainability in Global Supply Chains - Learning from Japanese Vehicle Parts Companies in Thailand - (4 Feb. 2021 seminar report)