中東ファミリービジネスの構造と継承の課題

調査研究報告書

齋藤 純 編

2019年3月発行

第1章
日本において中小企業の事業承継を促進するために特例を設定した経営承継円滑化法では、後継者である相続人への承継の阻害要因として挙げられる、遺留分、相続財産における贈与の取り扱い、相続税・贈与税を含む財政的負担への対応がなされている。従来、日本では、会社の所有及び経営の支配の維持するために既存の法制度の中で認められる会社組織の選択や種類株式の活用が図られてきた。家族間事業承継を図る上で、日本で着目されるこれらの法制上の視点について確認し、一部の中東諸国の制定法での同種の規定を概観する。
第2章

エジプトのファミリービジネスには二度の興隆期があった。1920~1940年代のイギリス支配期と1970年代後半以降の門戸開放期である。いずれも経済環境の変化によって民間企業発展の機運が高まった時期だったが,ファミリービジネスの拡大をもたらしたもう一つの要因は外国企業との関わりだった。

第3章

本章では,マグレブ諸国の代表として,チュニジアとモロッコを捉え,主要企業や家族企業の特徴と発展の経路を考察することを目的とする。旧宗主国がフランスである両国では,フランス民法典とイスラーム法が会社法などの法源となっているが,企業の統治構造にイスラーム的要素は薄く,イスラーム銀行の展開も盛んではない。エネルギー供給,電気通信産業,航空産業を除き,主要企業の多くは民営であり,モロッコでは王室によるビジネスも活発である。両国の産業では,家族経営の小規模・零細産業が支配的である一方で,財閥系企業が多数存在しており,農業関連の小規模・零細事業からファミリービジネスが生起する可能性が示唆された。特に,創業者の息子たちや創業者とその兄弟が,グループ内で事業を多角的に展開する例が見受けられた。今後の課題としては,家族企業のプロファイルから得た共通点を基に,その発展経路を導き出すことが必要である。

第4章
従来のサウジアラビアにおけるファミリー・ビジネスでは、男性が中心的なアクターとなってきた。だが近年、女性による小規模ビジネスの起業が盛んになっている。本章では、サウジアラビアにおける女性と起業に関する研究動向を整理するとともに、なぜ女性による起業が活発になったのかを検討する。
第5章

UAE経済の中核を担うファミリー所有の企業グループを対象に、企業内の経営資源の分配と継承がどのように行われているかについて、企業関連法制度、企業ガバナンス構造、事業展開、家族構成などから基礎的な分析を試みる。分析の結果、多くの企業グループで創業者が未だ健在であるが高齢であり、事業の継承の問題に直面している。また、いくつかの企業グループの事例によれば、必ずしも創業者直系(子・孫)への継承が行われているわけではなかった。

第6章
従来のファミリービジネス論では、経済成長や産業発展の道筋に沿って家族経営企業が事業を拡大し、数世代にわたって継承していくことを前提として、その所有と経営の分離や階層組織的経営のあり方が注目されてきた。先行研究において指摘されたイランの企業行動パターンに鑑みれば、少なくともイランのファミリービジネスは産業の成長を前提としない条件下における「家産保全」策、もしくは経営体のレジリエンス(弾力性)を確保するための制度としての意義がきわめて大きいと考えられる。