東南アジアの自治体サーベイ:比較のための解題とデータ作成

調査研究報告書

船津 鶴代・籠谷 和弘・永井 史男 編

2018年3月発行

表紙 / 目次(297KB)

第1章
本章では、東南アジア3カ国(インドネシア、フィリピン、タイ)において2011年~2013年に実施された地方自治サーヴェイ調査の学術的背景、研究目標、共同研究の背景と経緯、その意義について説明する。本サーヴェイ調査は、地方自治体レベルのローカル・ガバナンスの現状、中央・地方関係の変容を捉えることを目的に2009~2012年度、2013~2017年度の2期に分けて実施・分析を進めてきた。さらに2017年度、アジア経済研究所にて研究会を立ち上げ、東南アジア自治体の3カ国比較を行うための解題とデータ加工を進めている。東南アジアの地方自治体についての研究には量的な実証研究が少なく、地方自治に関する統計の整備公開も必ずしも十分ではない。こうした実情を踏まえ、探査的な分析を行い既存の仮説を見直すためにサーヴェイ調査を行うことの意義を振り返る。
第2章
本章は、東南アジア自治体エリートサーヴェイ調査研究の対象となったタイ、フィリピン、インドネシア3カ国における中央・地方関係を理解するためのモデルを、日本をはじめとする先進国で理論化された中央・地方関係に照らして検討する。さらに、本章は、東南アジア地域研究において東南アジア3カ国それぞれにおいて中央・地方関係がどのように論じられてきたのかを、特に地方政治研究を概観することにより検討し、この作業を通じて東南アジア自治体サーヴェイ調査が中央・地方関係を分析するうえで、どのような特徴や可能性をもっているのか論じることを目的としている。
第3章
東南アジアにおいて、とりわけ、民主主義体制が成立しているところでは、一族による長期的な地方の政治経済的統制が起きているケースがあり、政治王国(political dynasty)という言葉がよく使われる。典型的にはフィリピンであり、また、最近ではタイ、そしてインドネシアでも政治王国の誕生が議論されてきた。本章では、この政治王国の誕生の経緯を植民地時代の国家経験も踏まえて、フィリピンとインドネシアで比較する。また、政治王国論を一つの主題として両国の地方政治についての先行研究の違いを指摘し、今後の政治王国論研究の方向性を示唆した。
第4章

タイ、インドネシア、フィリピンは、東南アジア諸国の中で最も本格的な地方分権化を経験した。この3か国の政治体制の変容過程はそれぞれ異なるが、いずれにも共通するのは、自治体(首長)への権限の移譲とともに、自治体の政策過程への住民参加が制度化されたことである。本章では、地方分権化が進展しているこれら3か国における自治体の計画作成過程の様相について、2011年から2013年にかけて実施されたエリート・サーヴェイの結果をも参考にしつつ検討を加えた。その結果明らかになったことは、以下の点である。第1に、3か国ではいずれも自治体の計画策定過程への住民参加が一定程度進展した。第2に、自治体の官僚制の重要性も無視することはできない。第3に、政治的、経済的エリートの地方政治行政に対する支配は、根強く続いている。以上のような相反する傾向の存在は、今後の自治体の政策過程のあり方について、注意深く観察を続けなければならないことを示すものと考えられる。

第5章
本章は、基礎自治体がさまざまな機関や団体との間で行う行政活動を取り上げ、東南アジア地方自治サーヴェイの結果から、タイ、フィリピン、そしてインドネシアの基礎自治体のネットワークがもつ特徴を定量的に比較する。各国の基礎自治体は、国や上位自治体との関係など行政機構という階層構造がベースになった関係のほか、学校や保健所、福祉施設などストリートレベルの行政との関係、住民との関係、さらに地域内の企業や利益団体、他の自治体との関係を取り結び、ネットワークを構成している。これらの関係性は基礎自治体をめぐるネットワークとして包括的に考えられ、基礎自治体がある組織や人物と関係をもっていることは、それ自体を一つの資源としてとらえることができる。本章の分析では、基礎自治体のネットワークとその資源の分析において、自治体の規模や種別、都市・農村の違いなどが影響を与えている可能性を指摘する。
第6章

東南アジア自治体における「予算の政治」過程への注目は、分権化の進行・揺れ戻しの動態を把握し、地方の政治・行政ネットワークの特徴を捉えるために有効なアプローチである。本章では、インドネシア、フィリピン、タイにおける財政分権化の制度的な背景と類型を概括的に整理し、そのうえで自治体サーヴェイの「予算の政治」にかかわる項目から、分権化の制度と政治行政ネットワークの関連について検討している。この作業から、インドネシアではダイナミックな分権化と行政的調整がセットで進む実態が特徴的であること、フィリピンでは親族ネットワークを通じた予算をめぐる政治的調整の重要性、そしてタイでは小規模自治体が地方行政・政治家と日常的に交渉し、運営に住民参加を交えた形が主であることが浮かび上がった。これらの制度的特徴を踏まえたデータ分析が、今後の課題である。

第7章
2014年に成立した新たな地方行政法と村落法により、インドネシアの中央と地方の関係は大きく変わろうとしている。新地方行政法は2004年地方行政法が進めた再中央集権化への歩みをさらに推し進めるものとなった。教育、林業、エネルギーと鉱物資源、海洋と漁業等、多くの重要分野で県・市は権限を剥奪され、代わりに中央政府の代理人でもある州の機能が強化された。さらに新村落法では、村落レベルへの財政の分権化が進められ、県・市はブロックグラントを村落に交付することを強いられた。こうした大きな制度変化に加えて、予算管理の電子化や議員予算枠の定着による変化もあり、自治体の予算・プロジェクト獲得競争は激しさを増している。
第8章

Local Government Survey in Southeast Asia 2012-2013 (321KB)/ Fumio Nagai, Masaaki Okamoto, Kazuhiro Kagoya, Kenichi Nishimura, Masao Kikuchi, Jun Kobayashi, Tsuruyo Funatsu, Wahyu Prasetyawan