「人身取引」問題の学際的研究

調査研究報告書

山田 美和  編

2014年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
山田 美和 編『 「人身取引」問題の学際的研究——法学・経済学・国際関係の観点から—— 』研究双書No.624、2016年3月発行
です。

表紙 / 目次 (231KB)
第1章
2000年に国連総会で国際組織犯罪防止条約の補足議定書のひとつとして採択された「人、特に女性および児童の取引を防止し、抑止しおよび処罰するための議定書」(パレルモ議定書)において、「人身取引」がどのように定義されているか。そしてそれがメコン地域においてどのように解釈され運用されているか。人身取引問題の国際法学者であるGallagherに依拠し、定義を再考すると同時に、Kneebone and Debeljakを題材としてメコンにおける具体的取り組みにおける人身取引の解釈について論じる。

第2章
通信・運輸手段が発達した現代において、人身取引(human trafficking/ trafficking in persons)はしばしば国境を跨ぐ形で行われる。その場合、被害者や加害者の出身地、金銭の授受、暴力行使や脅迫、欺罔や誘拐といった具体的な行為の行われる場所が複数の国に亘り、一つの国の警察権の範囲を超えて展開する。人身取引が違法薬物取引や資金洗浄、環境破壊や疾病などと共に越境的課題(transnational issues)と呼ばれる所以である。このように国家主権の及ぶ領域を越えて展開する問題に対処するためは、国家間での協力が必要となってくる。ここに地域的あるいはグローバルな単位で問題対策のための制度づくりや調整を行う契機が発生する。
本稿では、こうした越境的問題に対処するための地域的な国家間協力の例としてASEAN地域における人身取引対策協力を紹介する。

第3章
人身取引課題は、2000年に採択された国際組織犯罪条約を補足する「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書」(以下、人身取引議定書)による刑事司法の枠組みと、人身取引は犯罪であると同時に重大な人権侵害との認識から国連人権高等弁務官事務所が2002年に国連経済社会理事会に提出した「人権および人身取引に関して奨励される原則と指針」(以下、人権指針)に代表される人権保護の枠組みの両輪で人身取引対策が講じられている。
本稿は、5Pの保護と防止、および3Cの被害回復と再統合に焦点を当てる。そして、日本をはじめ外国で人身取引の被害に遭ったタイ人女性の人身取引後の被害回復と生活再建(再統合)に必要なニーズと支援、ピアサポートグループおよび支援的政策環境を分析し、人権指針6の「人身取引された人々の権利とニーズへの留意なくして人身売買のサイクルを壊すことはできない」を実現するための社会再統合の課題を考察することを目的とする。

第4章
人身取引と経済学 (761KB) / 坪田 建明
本章では、経済学における人身取引に関する研究のレビューを行うことで、経済学における論点の整理を行うことを目的としている。まず、マクロ的分析として、人身取引に関する国ごとの政策の違いと人身取引における被取引者などの指標の関係を扱った論文を取り上げる。次に、ミクロ的分析として、人身取引に関係する人々の決断やインセンティブに関する実証分析と理論分析を取り上げる。

第5章
歴史からの視座 (311KB) / 久末 亮一
各種のリソースやネットワークを集散するバザール的な「場」では、集うヒトの社会的活動によって、常に「ヒト」、「モノ」、「カネ」、「情報」が行き交う。こうした中では、奴隷や娼婦が代表するように、「ヒト」そのものですら交易・流通が可能な「モノ」=「商品」となる。それらの都市が単なる都市ではなく、バザール的な「場」であることが、きわめて象徴的である。
現実におけるバザール的な「場」での「ヒト」の商品化と交易・流通は、どのように形成され、作動していたのであろうか。それは、バザールが結び付ける広範囲な市場圏のなかで、どのように連動しながら意味を持ったのであろうか。そして、経済活動や市場圏での現実のなかで、どのように秩序が形づくられ、どのような差異が生まれていったのであろうか。それらの歴史が、現代における人身売買問題への対抗を考える上では、どのような示唆を与えてくれるのであろうか。ここでは一つの事例として、19世紀半ば~後半におけるアジア広域経済圏、特にそのポイントとなった香港を軸としながら、簡単な考察を試みたい。