台湾総合研究II —民主化後の政治—

調査研究報告書

若林正丈 編

2008年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
若林正丈 編『 ポスト民主化期の台湾政治—陳水扁政権の8年— 』研究双書No.582、2010年発行
です。
はしがき (383KB)
第1章
陳水扁の政権運営 (510KB) / 小笠原欣幸
陳水扁政権は,間もなく2期8年の任期を終了するが,その評価は厳しいものが多くなるであろう。陳水扁の政権運営は,2004年夏から暗転した。憲法修正,立法院の議員半減と選挙制度改革,党主席兼任問題,次世代リーダーたちの動き,不十分であった選挙対策が重なり,2004年12月の立法委員選挙で過半数獲得に失敗し,その後迷走を続けていく。

陳政権は,発足以来陳水扁派と新潮流派を支持基盤としていたが,2006年の陳水扁辞任要求運動の際に政権基盤の組み替えがあり,独立派が支柱の一つとなった。この時の意見の対立が民進党内の主導権争いへと発展し,陳水扁の後継争い,そして,党の路線論争にまでつながっていった。2008年総統選挙を前に,民進党は台湾ナショナリズムの方向に移動した。

第2章
台湾の陳水扁政権では,とりわけ二期目以降,次々と金銭スキャンダルが発覚した。陳水扁政権と民進党の腐敗ぶりや,当初のクリーンなイメージとその後の現実とのギャップは,あまりに衝撃的であった。そのためか,ここ数年間に,新興民主主義国・台湾では腐敗が拡大したような印象を受ける。それはメディアの報道が増えたことや,台湾住民の腐敗に対する眼が厳しくなったためなのか。そうした印象が実質的な変化を反映しているとすれば,腐敗が拡大した背後にある要因とは何なのか。それはまた台湾の新興民主主義にどのような影響をもたらすのか。本章では,近年の腐敗のめぐる議論を整理して,陳水扁政権期の腐敗の問題に取り組むための準備作業を行う。

第3章
台湾の税制に関して (386KB) / 佐藤幸人
台湾の税制をめぐっては税収の伸び悩みと財政赤字,所得分配の悪化という2つの問題点が指摘されている。税制の種々の減免措置がその主たる原因と考えられている。政治はそれを改めていかなければならないが,実際には台湾には分配政策に関する左右の軸が欠如していること,与野党の対立によって政策の策定が進まないこと,利益団体の政治的介入などの問題を抱えている。

第4章
台湾ナショナリズムの現在 (407KB) / 若林正丈
台湾の民主化過程は台湾ナショナリズムの台頭の過程でもあった。陳水扁政権実現はその高揚の証しでもあったが,その陳政権が終わろうとする時,台湾ナショナリズムはどのような状況にあるか。第一に台湾ナショナリズムは諸帝国の周縁に位置付けられてきた台湾の歴史に根拠を持つ防衛的な性格の周縁ナショナリズムである。第二にそれに最大綱領(「法理独立」)と最小綱領(「台湾前途の住民自決」)があるとすると,前者の突出は民主体制(政党システムと民意)に牽制されているが,後者は民主選挙の実践に基礎付けられ支持は定着している。第三位台湾ナショナリズムは台湾の多重族群社会の再編に際して台湾社会の多文化社会としての統合理念を提供した。第四に台湾の国際環境(「七二年体制」)は台湾ナショナリズムの台頭を助長する政治空間であったが,台湾ナショナリストの政権到達後にはその最大綱領追求を抑制する政治空間としての側面を強くしている。

第5章
陳水扁政権は再選戦略を始動させた時期から,台湾の主権に関する主張において,台湾人民による自決権を主張するミニマリストから,台湾を前面に押し出して法的な「主権独立」を主張するマキシマリストに変わり,中国が主導する「一つの中国」のレジームに挑戦を始めた。他方中国は胡錦濤政権になって,逆に従来の「統一促進」を追求するマキシマリストから,最低限の「独立阻止」を追求するミニマリストの政策をとるようになった。この結果,中国は台湾こそが現状変更を追求するトラブルメーカーであるという印象づけに成功し,米国および台湾の野党の抱き込みを実現し,民主進歩党政権の孤立化を進めることができるようになったのである。

第6章
台湾の国際参加 (408KB) / 竹内孝之
蒋介石政権時代の1971年に国際連合から追放されて以来,台湾は主要な国際組織からも追放され,国際的に孤立した。蒋経国政権はアジア開発銀行での加盟資格を維持して孤立化に歯止めをかけた。次の李登輝政権はより積極的に実務外交を推進し,複数の国際組織への加盟を実現させた。陳水扁政権も当初,その路線を世襲しつつ,自由貿易協定の締結により中国を含む主要国と関係を政府間のものへ高めようとした。しかし,具体的な成果を出せず,台湾名義による世界保健機関や国際連合への加盟を主張した。