「ビジネスと人権に関する国連指導原則」行動計画(NAP)策定を日本ブランド向上に活かす

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.105

2018年3月19日発行

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  • NAP策定の動きは欧州のみならず、ラテンアメリカ、アフリカそしてアジアにも広がっている。
  • 各国のNAPは、投資、通商、産業、開発援助、金融政策に指導原則を活かし、自国内外におけるレベル・プレイング・フィールドを形成することを促している。
  • 日本政府は、日本企業が人権に関して直面する課題の現状とニーズを把握し、NAP策定を日本企業の競争力の向上、ブランド力の向上に活かすべきである。
『ビジネスと人権に関する国連指導原則』(UN Guiding Principles on Business and Human Rights、以下指導原則)が2011年国連人権理事会で承認されてから、各国政府、企業、市民社会は様々な取り組みを加速している。すべての人々の権利向上のために掲げられた持続可能な開発目標(SDGs)が2015年国連本部で採択され、2016年末に策定された日本政府のSDGs実施指針には、「ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定」が明記された。日本政府には、指導原則を実行すべく、日本企業がその企業活動において人権を尊重することを促進する政策が早急に求められている。
世界で進む "Race to the Top"

指導原則を実行する行動計画(National Action Plan: NAP)の策定が各国政府によって進められている。2013年英国を嚆矢として、続いてオランダ、デンマーク、フィンランドなど、2016年にはスイス、イタリア、米国、ドイツ、2017年にはフランス、スペイン、ベルギー、チリなど、現在19か国においてNAPが策定され、公表されている。それらの政策内容は他国の前例を学びながら、よりイノベーティブになっている。そして日本を含む22か国が策定へのコミットメント表明済みもしくは策定中である。その動きは、欧州のみならず、ラテンアメリカ、アフリカそしてアジアにおいても広がっている。

たとえば日本企業にとって重要な生産拠点であるタイでは、首相のトップコミットメントの下、タイ国家人権委員会、外務省、商務省、法務省、商業会議所、工業連盟、銀行協会、グローバルコンパクトネットワークタイの間で指導原則を促進する協力宣言に署名がなされ、NAP策定作業が進められている。そしてASEANにおいては政府間人権委員会を中心に、ビジネスにおける人権尊重を促進する地域戦略が議論されている。日本企業のサプライチェーンの重要なパートを担う同地域において、指導原則は「なぜ」ではなく「いかに」実現するかが議論されていることを理解する必要がある。

投資・通商・産業政策・開発援助に指導原則を活用する

企業活動における人権尊重を自国企業そして自国のブランド戦略としているのがドイツである。同国NAPでは、輸出信用、投資保証など対外貿易・投資を促進する制度において人権への尊重を申請の査定対象に入れこんでいる。政府による貿易投資促進に関する制度を利用しようとする企業に人権デューディリジェンスの実施、そしてNCP(National Contact Point)への参加を確実にさせるためである(注:NCPはOECD多国籍企業行動指針にもとづき署名国が設置する紛争処理機関であり、指導原則が掲げる救済へのアクセスの確保のためその機能強化が求められている)。開発援助については、同国経済協力開発省の戦略ペーパーに指導原則が導入され、開発援助政策を実行する機関(資金供与機関を含む)は人権デューディリジェンスを行う。政府および関係機関は、途上国への開発プロジェクトにおける企業との連携に関して、指導原則に合致すべく、その契約において企業に対し人権に関するデューディリジェンスを要求する。さらには、相手国の人権機関を支援するなど、途上国および新興市場国のNAP策定プロセスを促進する政策をとる。これらの政策のめざすところは、自国企業のみならず相手国企業にも人権を尊重することを促し、当該地における自国企業のビジネス環境を改善し、レベルプレイングフィールドを形成することにある。

金融における指導原則の重要性が増している

企業による人権尊重を促すレバレッジとして金融機関の役割がますます重要視されている。金融機関が融資先、投資先である企業が人権を尊重する操業を行っているのかを見極める、人権デューディリジェンスの在り方が模索されている。金融機関の顧客である企業は様々なサプライチェーンにおいて活動しており、金融機関はそのレバレッジを活かして責任ある持続可能なサプライチェーンの実現に貢献することができる。そして金融監督機関は金融機関をその方向へ導くことができる。たとえば、オランダの銀行セクター協約は、オランダ銀行協会、財務省、対外貿易・開発協力省、労働組合そして市民社会組織の合意にもとづき、政府、銀行、市民社会組織が協働で人権尊重を促すものである。コーポレートレンディングおよびプロジェクトファイナンスを対象とし、協働で人権に関するデータベースを構築し、人権への実際のそして潜在的なインパクトに関する情報を提供し、ハイリスクセクターにおけるバリューチェーンのマッピングなどを行い、透明性とリポーティングを推進する。人権への負のインパクトを回避し、人権へのプラスのインパクトを最大にする金融を促す政策・規制が求められている。

NAP策定は企業が直面する課題の正確な現状とニーズの把握を

アジア経済研究所は2017年度「日本企業の責任あるサプライチェーンに関するアンケート調査」を実施し、西欧、アフリカ、ASEAN、南西アジアに所在する日系企業814社から回答を得た。在西欧日系企業の77%がCSRに関する方針を有しているのに対し、在ASEAN日系企業では55%であった。また大企業の8割が方針を有しているのに比し、中小では54%であった。「貴社が事業活動を展開する上で(調達先・顧客も含む)、人権に対する具体的なリスクが考えられますか」との問いに、27.8%が「考えられる」、72%が「不明」と回答した。

グラフ1

人権に関する懸念や課題については、進出先によって高い関心を集める問題は異なる。課題への取組みには情報が必要と全体の77%が回答している。そのためNAP策定では、日本企業が直面する課題の正確な現状とニーズを把握し、企業がリスクを特定し軽減できるような仕組み、すなわち人権デューディリジェンスを促進する政策、特に中小企業への支援が必要である。
まとめ

「質高インフラ」輸出において人権尊重を盛り込んだ責任あるビジネスを日本政府が推進することが、日本企業の競争力そして日本のブランドを高めることにつながる。日本が開発に関わる経済特区においても然りである。日本企業のグッドプラクティスの発信は、日本企業のプレゼンスを高め、海外での企業活動に資する現地パートナーとの信頼醸成につながる。そして人権課題に直面する国に対する手本となる。すべての人々の権利向上のために掲げられたSDGsへの貢献のベースラインは官民連携における人権尊重にある。責任ある企業行動を実行する企業こそがSDGsに貢献できる。日本ブランドの向上、日本の競争力向上にNAP策定の好機を活かすべきである。

(やまだ みわ/新領域研究センター 法・制度研究グループ長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。