CLMV諸国の新産業開発 課題と展望
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.15
植木 靖 ・巻島 稔
2012年9月20日
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労働集約型製造業が成長の原動力
カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)は農業国として知られる。国連統計によれば、1990年のGDPに占める農業の割合は、ベトナムでは建設・サービスを下回っていたが、カンボジア、ラオス、ミャンマー(CLM)では半分を占めた。しかし、2010年には各国で建設・サービス産業が最大の産業部門になっている。この背景には、建設・サービス産業のシェアは40%強で安定するなか、工業部門のシェアが高まり、農林水産業のシェアが低下したことがある。
このような発展過程を反映して、CLMVの主要産業は農林水産品・加工品と縫製、製靴といった労働集約型製造業から構成される。日本のベトナムからの輸入では電気・電子製品も重要であるが、CLMからの輸入は、こうした製品に集中している。2011年には、カンボジアからの輸入総額の97%が履物(HS64)と衣類(HS61、62)で占められた。ラオスの場合はコーヒー(HS09)、無機化学品等(HS28)の2品目が51%、ミャンマーの場合は衣類(HS62)、履物(HS64)が73%を占めた。
主要輸出産業としての労働集約的産業は、現在、バングラデシュをはじめとする低所得国との競争に直面している。しかも、経済発展に伴い、CLMVでも特に都市部では労働条件の悪い産業では労働力の確保が難しくなっている。さらに、2015 年にアセアン経済共同体(AEC)が成立すると、域内での競争も激化する。このため、一部の輸出産業への過度な依存を脱して持続的な経済成長を達成するために、CLMVでは既存産業の競争力強化の一方で、新産業の育成が急がれている。
新しい事業環境下で期待される産業分野
新産業育成政策の立案に際しては、AECの成立、急速な都市化の進展、環境意識の高まりの3点を考慮する必要がある。AECにより、企業は工場立地を再編し、サプライチェーンを効率化できる。都市化の進展と所得増に伴い、新たな財・サービスに対する内需の創出が期待される。ミャンマー・ダウェーでの火力発電所開発計画の事例にあるように、CLMVでも環境に配慮した開発が求められている。
上記のような新しい事業環境を考慮すると、以下の産業分野の成長が期待される。
(1)軽工業(縫製、製靴、手工芸品等の高付加価値化)
(2)国産原料を使った食品加工、ゴム、その他加工業
(3)資源賦存に応じた鉱物、天然資源ベースの産業
(4)グローバル生産ネットワークへの参画(製造業)
(5)再生エネルギー、バイオマス用作物の栽培
(6)都市開発、インフラ開発および建設材料
(7)観光業(エコツーリズムを含む)
(8)現代的な都市生活と不可分なサービス産業
既にカンボジアやベトナムでは、日本企業の進出も活発化している。都市開発では、東急電鉄が現地ディベロッパーと協力して、ホーチミン市北部に隣接するビンズオン省で「東急多摩田園都市」開発の経験を生かした都市開発を検討している。流通業では、高島屋がホーチミン市へ、イオンはプノンペンとホーチミンへの出店を表明している。上下水道関連では、北九州市水道局が国際協力に積極的で、カンボジア、ベトナムでは官民協力による技術支援事業の受注に成功している。本格的な給水関連事業への参画が待たれるところである。
製造業開発に寄与するインフラ整備と技術移転
製造業開発においても日系企業を中心とする海外直接投資(FDI)が重要な役割を果たしている。FDIの重要性は先発ASEAN諸国の発展パターンと重なるが、CLMVの場合は日系企業による投資であっても、タイやマレーシア、中国といった先発工業国の生産拠点からの技術支援が増えている。
この背景には、先発国における賃金上昇に対応した自動化プロセスの導入と高付加価値化の推進がある。同時に、中国からベトナムやカンボジア、タイから周辺国へ労働集約的工程の移転が進展している。交通インフラの整備がこうした動きを後押ししている。投資フローの変化に伴い、技術移転の経路(や担い手)も、日本(人)から中国(人)、タイ(人)、マレーシア(人)等に多様化している。
例えばベトナム・ハイフォンに進出した日系電子部品企業の場合、ハイフォン工場を中国・華南の工場のサテライト工場と位置づけ、華南から中国人エンジニアを送り込み、ベトナム人ワーカーを指導している。華南とベトナム北部間のヒトの移動には、安価な国際定期運行バスも利用できる。プノンペンに進出した日系電子部品企業の場合は、中国、タイ、マレーシア工場から生産移管した製品の製造のため、各工場のエンジニアを受け入れて、カンボジア人ワーカーを指導している。陸路により部材をタイから調達し、製品をタイに輸送し、タイの工場で最終検品を行い、海外に輸出している。ハノイ近郊にある日系医療器具企業では、ベトナム工場の子会社としてヤンゴンとビエンチャンに工場を設立し、日本本社・工場は、R&D に専念し、ベトナム工場がミャンマー、ラオス工場に技術支援する新たな国際分業体制を構築しつつある。
産業開発に向けた課題
新産業開発の潜在性はあるが、実現に向けた課題も多い。第一に低生産性の問題がある。CLM縫製業の労働生産性は中国の1/3~1/2とも言われるが、都市部では賃金が高騰している。第二に、支援産業が未発達で、外資系企業と地場産業、特に中小企業とのリンクの欠如がある。そのため、外資から地場への技術伝播は限定的である。第三に、道路網、鉄道網、電力供給、通信といったインフラ開発が不十分な点がある。労働力確保のためには既存産業集積地の通勤圏外に産業集積地を広げる必要があり、産業インフラの国際ネットワークに加えて国内ネットワークの整備も急がれる。第四に、サービスの低品質がある。観光業も含めてサービス産業への投資は人的・物的インフラとも不足している。都市化の中で公益サービスも不足している。良質なサービスなくして、新産業の担い手を集めることは困難である。
以上のような課題を克服し、新産業を開発するためには、中国、タイを含むメコン川流域国間のFDIを促進し、域内での企業内技術移転を促進することが重要である。そのために、特別経済開発区、道路、発電・送電、通信、排水処理、灌漑、上下水道を含むインフラの戦略的な開発が必要である。灌漑設備の整備や洪水対策は、バイオ燃料を含む農業だけでなく、製造業振興にも有益である。同時に、人材開発に向けた一層の努力が必要である。中等・高等教育と職業訓練、教育機関の質を向上し、中長期的観点から技術移転の受け手を育成することが求められる。長期的産業開発政策に基づき、関係省庁が連携してインフラ開発と投資誘致、その他関連施策を実行することが肝要である。効果的な政策の立案、実施には行政官の能力向上も求められる。
主要輸出産業としての労働集約的産業は、現在、バングラデシュをはじめとする低所得国との競争に直面している。しかも、経済発展に伴い、CLMVでも特に都市部では労働条件の悪い産業では労働力の確保が難しくなっている。さらに、2015 年にアセアン経済共同体(AEC)が成立すると、域内での競争も激化する。このため、一部の輸出産業への過度な依存を脱して持続的な経済成長を達成するために、CLMVでは既存産業の競争力強化の一方で、新産業の育成が急がれている。
新しい事業環境下で期待される産業分野
新産業育成政策の立案に際しては、AECの成立、急速な都市化の進展、環境意識の高まりの3点を考慮する必要がある。AECにより、企業は工場立地を再編し、サプライチェーンを効率化できる。都市化の進展と所得増に伴い、新たな財・サービスに対する内需の創出が期待される。ミャンマー・ダウェーでの火力発電所開発計画の事例にあるように、CLMVでも環境に配慮した開発が求められている。
上記のような新しい事業環境を考慮すると、以下の産業分野の成長が期待される。
(1)軽工業(縫製、製靴、手工芸品等の高付加価値化)
(2)国産原料を使った食品加工、ゴム、その他加工業
(3)資源賦存に応じた鉱物、天然資源ベースの産業
(4)グローバル生産ネットワークへの参画(製造業)
(5)再生エネルギー、バイオマス用作物の栽培
(6)都市開発、インフラ開発および建設材料
(7)観光業(エコツーリズムを含む)
(8)現代的な都市生活と不可分なサービス産業
既にカンボジアやベトナムでは、日本企業の進出も活発化している。都市開発では、東急電鉄が現地ディベロッパーと協力して、ホーチミン市北部に隣接するビンズオン省で「東急多摩田園都市」開発の経験を生かした都市開発を検討している。流通業では、高島屋がホーチミン市へ、イオンはプノンペンとホーチミンへの出店を表明している。上下水道関連では、北九州市水道局が国際協力に積極的で、カンボジア、ベトナムでは官民協力による技術支援事業の受注に成功している。本格的な給水関連事業への参画が待たれるところである。
製造業開発に寄与するインフラ整備と技術移転
製造業開発においても日系企業を中心とする海外直接投資(FDI)が重要な役割を果たしている。FDIの重要性は先発ASEAN諸国の発展パターンと重なるが、CLMVの場合は日系企業による投資であっても、タイやマレーシア、中国といった先発工業国の生産拠点からの技術支援が増えている。
この背景には、先発国における賃金上昇に対応した自動化プロセスの導入と高付加価値化の推進がある。同時に、中国からベトナムやカンボジア、タイから周辺国へ労働集約的工程の移転が進展している。交通インフラの整備がこうした動きを後押ししている。投資フローの変化に伴い、技術移転の経路(や担い手)も、日本(人)から中国(人)、タイ(人)、マレーシア(人)等に多様化している。
例えばベトナム・ハイフォンに進出した日系電子部品企業の場合、ハイフォン工場を中国・華南の工場のサテライト工場と位置づけ、華南から中国人エンジニアを送り込み、ベトナム人ワーカーを指導している。華南とベトナム北部間のヒトの移動には、安価な国際定期運行バスも利用できる。プノンペンに進出した日系電子部品企業の場合は、中国、タイ、マレーシア工場から生産移管した製品の製造のため、各工場のエンジニアを受け入れて、カンボジア人ワーカーを指導している。陸路により部材をタイから調達し、製品をタイに輸送し、タイの工場で最終検品を行い、海外に輸出している。ハノイ近郊にある日系医療器具企業では、ベトナム工場の子会社としてヤンゴンとビエンチャンに工場を設立し、日本本社・工場は、R&D に専念し、ベトナム工場がミャンマー、ラオス工場に技術支援する新たな国際分業体制を構築しつつある。
産業開発に向けた課題
新産業開発の潜在性はあるが、実現に向けた課題も多い。第一に低生産性の問題がある。CLM縫製業の労働生産性は中国の1/3~1/2とも言われるが、都市部では賃金が高騰している。第二に、支援産業が未発達で、外資系企業と地場産業、特に中小企業とのリンクの欠如がある。そのため、外資から地場への技術伝播は限定的である。第三に、道路網、鉄道網、電力供給、通信といったインフラ開発が不十分な点がある。労働力確保のためには既存産業集積地の通勤圏外に産業集積地を広げる必要があり、産業インフラの国際ネットワークに加えて国内ネットワークの整備も急がれる。第四に、サービスの低品質がある。観光業も含めてサービス産業への投資は人的・物的インフラとも不足している。都市化の中で公益サービスも不足している。良質なサービスなくして、新産業の担い手を集めることは困難である。
以上のような課題を克服し、新産業を開発するためには、中国、タイを含むメコン川流域国間のFDIを促進し、域内での企業内技術移転を促進することが重要である。そのために、特別経済開発区、道路、発電・送電、通信、排水処理、灌漑、上下水道を含むインフラの戦略的な開発が必要である。灌漑設備の整備や洪水対策は、バイオ燃料を含む農業だけでなく、製造業振興にも有益である。同時に、人材開発に向けた一層の努力が必要である。中等・高等教育と職業訓練、教育機関の質を向上し、中長期的観点から技術移転の受け手を育成することが求められる。長期的産業開発政策に基づき、関係省庁が連携してインフラ開発と投資誘致、その他関連施策を実行することが肝要である。効果的な政策の立案、実施には行政官の能力向上も求められる。
(うえき やすし/新領域研究センター技術革新・成長研究グループ、まきしま みのる/ JETRO バンコク事務所)
本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。