総選挙を迎えるラオ政権:経済自由化とインド政治
トピックリポート
No.14*
CONTENTS
エグゼクティブ・サマリー
第1章 総選挙を前に揺れるインド政局
- 会議派の一党優位から多党化へ
インド政治は国民会議派の一党優位体制から多党制への転換のなかにある。96年4月に予定される第11次連邦下院選挙でも、会議派の単独過半数は困難であるとみられる。
現在インドの政治地図は3つの大きな勢力からなっている。そのうち中道の会議派とインド人民党を中心とする右派勢力が最有力であるが、ジャナタ・ダルと共産党(2派)を中心とする左派勢力にも、地方政党との連携しだいでは政権獲得の可能性がある。 - 経済政策よりは汚職、外交が選挙の争点
国民の目は、内政よりも次第に経済開放政策の方向へと向けられている。経済開放政策に関しては一応のコンセンサスが確立している。政権党にかかわりなく開放路線に大きな変化はないだろう。
そのなかで、今回の選挙の最大の論点となっているのは、腐敗、汚職、政治家の犯罪の問題である。96年1月に入り、ラオ首相は現職閣僚3名、さらには、最大野党のインド人民党党首アドヴァニーまでも絡む外国為替法違反事件で大々的な起訴にふみきった。事件が与野党の壁を越えた広がりをもつために、その影響はインド政界全体にひろがっている。
この他の論点としては、「後進カースト」に対する留保問題とならんで、外交問題がある。対パキスタン政策、核開発問題などについて、「外圧に屈しない」強いインドという主張が各党の選挙戦のなかで強調されよう。 - 過渡期にあるインド政治
インド政治は現在過渡期にある。そのなかで、政治腐敗の問題が一般国民の政治への疎外感を強めており、ひいてはインドの議会制民主主義に対する正統性が傷つけられる可能性もある。
一党優位体制から多党制への移行の過程で、一時的な不安定性は予想されるが、長期的には、インド型民主主義の確立の方向を展望できる。たとえば地方政党の役割である。多党化時代においてキャスティング・ボートを握る地方政党の役割が重要である。インドの国土と風土、それに政治文化に見合った政治体制が現在の不安定な政治状況から生まれてくることも展望できよう。
第2章 自由化政策とインド政治
- 物価と汚職に向く国民の関心
選挙を控え、国民の関心は汚職、物価、政治的安定という3点に集中している。物価については、卸売物価は下降気味であるが、消費者物価は依然として二桁台にあり、選挙のイシューとなる充分な理由がある。また、投資活動の集中する先進工業地域における物価問題、都市問題などが顕在化しており、とくに都市の社会資本充実が求められる。
汚職問題への国民の強い関心を背景に、政府の関与するインフラ部門の民間開放策などについては、運用上の「透明性」がインドの財界団体などによっても強く要求されている。多党化政治のもとでの頻繁な政権交替を予想すると、「透明性」のあるルール作りは不可欠のものである。 - インド政治の多党化が与える経済政策への影響
経済自由化政策の安定性は、連邦政府および州政府にたいする財界団体の政策的指導性がたかまったことで可能となった。今後も連邦政府や各州政権が財界団体と緊密な関係を維持し続けるかぎり、政策のおおきな変更はみられない。
また、州政権の多様化は、州レベルの経済政策の多様化ではなく、逆に産業政策の画一化と州間協力の推進という動きをもたらしている。州レベルでの税制改革、電力部門の改革などの面でみられる州間協力は、連邦下院選挙後に本格的に進むであろう。
第3章 経済自由化と国際環境 —自由化は後戻りできない—
- 経済自由化を必然化した国際環境
インドの経済自由化政策は国内的な要因だけでなく、冷戦終焉後のインドをめぐる国際関係の変化に規定されるものであり、自由化路線は近年の歴史の流れと同じく不可逆のものである。
冷戦の終焉によってソ連寄り外交は破綻し、インドは対米外交の緊密化をはじめとする新たな対外関係の確立に迫られた。また、東、東南アジア諸国の経済発展と、地域協力の進展に孤立感を深めたインドは、アセアンとの関係の強化をめざし、95年末には対話相手国(フル・ダイアローグ・パートナー)としての地位をうることに成功した。 - インドと主要国の関係
(イ)インド・パキスタン関係では、カシュミール帰属問題、核兵器およびミサイル開発などをめぐって緊張した関係が続いており、軍備拡張競争が両国の経済を圧迫することは避けられない。
(ロ)対中国関係では、国境問題、通商問題での緩和・進展がみられるいっぽう、パキスタンへの中国によるミサイル提供が伝えられるなど、両国間には矛盾した関係がある。また、インドは経済的にも対外開放政策によって、中国に対抗しようとしている。(ハ)旧ソ連・ロシアとの関係では、貿易関係の急激な縮小がみられたが、兵器生産を中心に両国関係を再構築する動きがある。
(ニ)アメリカはインドにとって、ソ連に変わる戦略パートナーとして、また経済近代化の鍵となるハイテク技術や資本の供給源として重要性を増した。アメリカもインドとの経済関係を有望視しているが、パキスタンとの関係では等距離外交路線をとっている。