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レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.163 在日外国人コミュニティのCOVID-19 感染拡大に備えるための情報ネットワーク調査(5)
「「社会的再生産」の場としての地域社会 17時から9時までの移民の暮らしと当事者団体」

田中 雅子

2022年3月30日発行

PDF (651KB)

  • 地域社会は、移民が家庭生活や交友関係を育む「社会的再生」の場である。
  • 移民は「経済的生産」の担い手だけでなく、消費者であり、社会保障の支え手でもある。
  • 移民の当事者団体には、自治体や町内会、地域の NPO を補完できる可能性がある。

移民は「経済的生産」を維持する労働者としてのみ捉えられがちだが、日本で家族を形成して定住する人も少なくない。彼らは、不動産の借り手、買物する消費者、税や健康保険料を支払う社会保障の支え手でもある。地域で清掃や防災活動に参加する移民もいる。自治体や地域社会組織は、移民の当事者団体とつながることで職場ではわからない「社会的再生産」のための彼らのニーズを理解できるのではないか。

私たちの暮らしを維持する二つの場

私たちの生活は、財やサービスを生産する労働に対価が支払われる「経済的生産」と、日々の休息、週末の交友、家族の形成など「社会的再生産」によって維持されている。就労目的で来日した移民も、9時から17時までの経済的生産をするためには、17時から9時までの社会的再生産が不可欠である。

地域社会における社会的再生産は、税を徴収する自治体が住民にサービスを提供する「再配分」と、町内会やNPOなどの地域社会組織による相互扶助など「互酬」で維持されている。

移民が自治体のサービスや地域の社会資源を利用する際に立ちはだかるのが「法の壁」や「制度の壁」である。住民基本台帳に記載されていない非正規滞在者は排除されがちである。生活保護は「永住者」など一部の在留資格者しか受給できない。外国籍のままでは参政権がないため、これらの制度を変える過程に参加できない。 一方、町内会やNPOなどの活動も、「言葉の壁」や「心の壁」によって、移民には参加しづらく、地域のセーフティネットにもアクセスしづらい。そこで、移民による当事者団体が地域的な「互酬」の役割を補完している

移民の当事者団体

出身の国や地域、民族、宗教など共通のアイデンティティを基盤として移民が自らの設立した組織を移民の当事者団体と呼ぶ。2018年末に国連で採択された「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」は、「完全な包摂と社会的結束を推進するために移民と社会をエンパワーする」ための担い手として「移民、地域社会のメンバー、移民の団体、移民の協会と地方自治体」に着目している。

移民の集住地域では、出身国だけでなく民族や出身地単位の団体が結成されている。散在地域には、国や民族を越えた横断的な団体や宗教を基盤とする団体がある。移民が少ない点在地域では、インターネット上などバーチャルな空間でつながろうとしている。

写真 ネパール・フェスティバルに介護施設の利用者を招待したネパール人当事者団体の女性リーダー

写真 ネパール・フェスティバルに介護施設の利用者を招待したネパール人当事者団体の女性リーダー

(2018年、群馬県邑楽郡大泉町、筆者撮影)

移民の当事者団体の長所として、まず、組織内で言語や文化、宗教の壁がない点があげられる。他に、メンバー間の相互扶助を目的としていること、組織化によって移民の存在を可視化できること、自治体などホスト社会とのパートナーシップを組みやすいことが特徴と言える。

複数の団体が設立されると移民社会が分断されやすいという短所もある。また、当事者団体には全員が参加するわけではなく、あえて距離を置く移民もいることを留意する必要がある。

近年、自治体の会合に移民の当事者団体が招かれるようになってきた。2021年末、宮崎県で開かれた外国人材受け入れに関する会合には、宮崎県ベトナム人協会の代表らが参加した。

2021年7月、群馬県は在日ネパール人サーザ福祉協会(以下、サーザ協会)との連携に関する覚書を締結した。「学びやすい、暮らしやすい、働きやすい環境」を創るための情報共有、災害時等における迅速な情報提供、ネパール人県民のネットワーク化、ならびに課題の把握、市町村と連携したネパール人県民に対するコミュニケーション支援がその主な内容である。

パンデミック下での当事者団体の役割

移民の当事者団体は、出身国の祭りや親睦イベントを実施することで結束を高めてきた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大とともに対面型の行事を実施できなくなった。サーザ協会のリーダーらは、コロナ禍で生活困窮に陥った仲間への食料援助や帰国支援、自宅で隔離や療養する人への食料と医薬品配布、自治体からの諸連絡の翻訳およびSNSによる拡散、電話や同行による医療通訳支援を行った。自治体や地域のNPOを補完する役割を果たしていた。

彼らは、在留資格を問わず群馬県内のネパール人とつながっており、非正規滞在者からワクチン接種の要望を受けていた。予防接種法には国籍条項はなく、厚生労働省も在留資格の有無に関わらず接種の対象であるという見解を示しているが、2022年1月末現在、群馬県下の自治体は、非正規滞在者のなかでも超過滞在者は入管に相談するよう指示している。しかし、彼らは、入管への収容や国外退去を恐れて入管に行こうとしない。また、入管が彼らに接種券を発行することはないため、群馬県では超過滞在者へのワクチン接種は進んでいない。

一方、茨城県大洗町は、茨城県が開設した大規模接種会場で2021年10月から超過滞在者にもワクチン接種を行っている。町の健康増進課によれば、その実現には移民の当事者団体も関与している。同町にはインドネシア人が多く、インドネシア語で礼拝が行われる教会が複数ある。2021年にはこれらの教会を含む「大洗町インドネシア連絡協議会」が結成され、ワクチン接種の際、超過滞在者に代わって手続き代行をした。入管への通報を恐れる者もいたが、協議会を通して手続きができたことで心理的負担が軽減され、ワクチン接種率向上につながった。町役場にとっても、この協議会を通じて超過滞在者に対してワクチン接種ができたことは防疫を優先する点で有効であった。

移民の権利保障の担い手としての当事者団体

群馬県のサーザ協会のリーダーたちは、県と覚書を交わしたにもかかわらず、超過滞在者のワクチン接種において、うまく連携できていないことをもどかしく感じている。

自治体が移民の当事者団体とつながることは、多様性の推進など利点があるが、最も重要なのは、直接つながりにくい非正規滞在者へもアウトリーチが可能になることではないか。当事者団体が複数あるとパートナー選びが難しい、移民が少ない地域には当事者団体が存在しないという課題もあるが、そんなときは移民に尋ねてみるとよい。困ったときに助けを求めたり、週末に仲間と会ったりするのはどこかと。彼らの17時から9時までを支えるネットワークとそれらの特徴がわかるはずだ。

移民の当事者団体側は、エスニック料理や音楽、ダンス、ファッションなど文化面のみ注目され多文化共生の飾りとして扱われることに懸念をもっている。彼らを移民の権利保障の担い手として迎えることが、自治体だけでなく、地域のNPOなどにも求められている。

まとめ

自治体や地域のNPOだけではSDGsの理念でもある「誰ひとり取り残さない」社会の実現は難しい。移民の当事者団体と連携することは、彼らの「労働者」以外の側面を理解につながる。彼らが地域で家族を形成し「生活者」として暮らしていくことは、地域社会全体の「社会的再生産」のためにも歓迎すべきではないだろうか。

(たなか まさこ/上智大学)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。