アフリカの自生的なものづくりの可能性――ケニアにおけるソファのインフォーマル製造の事例

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.121

高橋 基樹

2019年4月18日発行

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  • 野外のソファ製造に象徴されるインフォーマルなものづくりがアフリカで活発化している。
  • そこには無償の技能の伝授、工程間分業の形成、内発的な機械化などの動きがある。
  • 産業構造転換に向けてその活力を生かすため、各国政府や日本の果たすべき役割は大きい。
TICAD(アフリカ開発会議)でも議論となってきたように、アフリカ諸国が資源・一次産品依存から脱却し産業構造を転換するには、工業化を進めなければならない。しかし、その手段として取りあげられるのは外国直接投資の振興ばかりで、アフリカの内部から育ちつつあるものづくりの可能性にスポットライトがあてられることはあまりない。これは奇妙なことで、過去の欧米にしても、東アジアにしても、国内の主体によるものづくりの発展なしに工業化に成功した国はほぼ皆無だろう。ましてや誰もとりのこさない包摂的な開発をめざすのであれば、多数の人びとが参加する内発的な工業化がすすめられなければならない。日本ではまだ十分に認識されていないが今日のアフリカでは、多数の零細小規模事業者によって行われる、インフォーマルなものづくりが急激に拡大しつつある。それはどのような可能性と問題点をはらんでいるのか、その発展のためには何がなされるべきか、ソファ製造を例として考えてみたい。
ケニア・ナイロビのソファ製造

アフリカの幹線道を車で走っていると目を引くのは、路傍で展開されるものづくりである。壺や鉢などの陶磁器、門扉や鉄格子などの金属製品、タンスやベッドなどの家具等、実にさまざまなものが作られているが、ほぼ例外なく年々販売量が拡大し、また見た目が立派になっている。なかでもソファは、ひとめでは日本の家具売り場にあるものと違いがわからないほど見映えがよいことがある(写真参照)。

写真:ケニア・ナイロビのソファ

(出所)筆者撮影
ケニア・ナイロビの路傍など野外で展開するソファ製造はおそらく東アフリカで最もさかんで、品ぞろえも豊富だろう。市内のいくつかの拠点のうち、とりわけ所得の低い層向けのソ ファ製造業者が集積しているウルマ地域には、100を超えるソファ販売の店舗がひしめいている。そのほか、別の種類の家具の店舗や作業場を入れると、600近い家具の販売・製造の建物がウルマで軒を連ねている。建物といっても屋根も壁もトタンづくりのいわば掘っ立て小屋が多い。ウルマで活動するソファ・家具業者のほとんどが、政府に登録していないインフォーマルな存在である。
ウルマにおけるソファ製造の展開

長老格のソファ業者ジェームズ(66歳、仮名)が職業訓練学校を経て1982年に開業したころ、ウルマには5、6軒の店舗・作業所しかなかったという。40年足らずの間にソファほか家具の製造・販売および需要の急速な拡大があったことがわかる。またジェームズの若いころは、ソファを作るにあたり、部品の準備から、木の枠組み作り、そしてクッションやカバーの取り付けを経て販売に至るまですべてのプロセスを、同じ人ないしグループでおこなっていたという。そのころはカバーを縫うミシンを除いて、機械をあまり使わずほとんどの工程が手作業だった。

ジェームズは数えきれない人にソファの作り方を教えてきた。何人かはその後自分のために最低限の報酬で働いてくれたが、そのためというより、敬意を持たれるうれしさでソファづくりのノウハウを、惜しみなく伝えてきたという。ベテランの業者は皆同じように、無償でソファづくりを教えてきたと話す。そしてソファ業者は、ソファ職人を抱え込むことはなく、職人たちはどの業者のために働くかは自由だった。職人の中の才気があり、資金を調達できた少数の者は店舗を構え、ソファ業者に成長していった。

そうしたウルマの状況が大きく変わり始めたのは、2013年から翌年にかけてのことである。ウルマに、ケニア製の電動帯鋸盤が導入されたのである(写真)。これは帯状の鋸刃をモーターの回転で回る円盤にかけて木材を切断する機械である。ナイロビ市内の金属加工業集積地で、外国製中古モーターを再利用し、インフォーマルに製造されている。

写真:ケニア製の電動帯鋸盤

(出所)筆者撮影

この電動帯鋸盤の登場以前は、ウルマのソファ業者は、別の材木業者集積地に行って、木材を購入し、そこで設計した部品の大きさ・形に裁断させるか、自らの手で鋸を用いて切っていた。帯鋸盤が開発され、多数がウルマで稼働しはじめ、さらには木材を販売しに来る業者も登場して、そうした不便さは大きく解消された。  

帯鋸盤はそれなりに高価である。ソファ業者の中で帯鋸盤のオーナーはまだ限られている。そこで、オーナーの中からソファ業者による帯鋸盤の使用に料金を課す者、さらには委託を受けてソファの木の枠組みを生産する者が現れた。枠組みの委託生産の開始は、ウルマのソファ製造でそれまではなかった明確な工程間分業が生じたことを意味する。

ソファ製造の可能性と問題点

さらにウルマのソファ製造は、製品の形、色、柄、飾りなどで多様化を遂げている。アフリカのインフォーマルなものづくりは、けっして低い技術のまま、昔ながらの作り方のままであるわけではない。製品の仕様や生産方法を決めているのは基本的にソファ業者であるが、中にはインターネットで新しいソファのあり方を探り、専門のソファ・デザイナーを雇って製品の革新に取り組む者も現れた。  

かつてアフリカのインフォーマル部門で暮らす人びとは、職を転々とし、一つの業を着実に発展させることはないと見られた。しかし、ジェームズをはじめナイロビ・ウルマのソファ業者は数十年にわたってソファ製造にいそしみ、多くの後進を無償で育て、職人、さらには同業者を増やしてきた。そして製品の多様化と革新、機械化、分業にも対応してきた。これらの営為が現在のソファ製造業の活性化のもととなった。  

他方で、ソファ製造には、他のインフォーマルな活動に共通する問題点がある。占有する土地は実は自治体など他人のもので、近年の都市再開発ブームのなか、ソファ業者は常に立ち退きの恐怖におびえている。建物が掘っ立て小屋なのは、業者が立ち退きのために失う財産を最低限に抑えているためと推測できる。安全で安定した配電もできず、機械化は送電線からインフォーマルに入手した電力に頼っている。

まとめ

ソファ製造に限らず、アフリカ諸国におけるインフォーマルなものづくりの拡大は目覚ましい。その振興が将来の工業化につながる可能性は、世の常識に比べて相当に大きい。これまでのアフリカ諸国の政府は、その活力を産業構造の転換に役立てることに失敗してきた。しかし、ジェームズの出発点が学校での職業訓練だったこと、また資金へのアクセスや土地の使用権の確保が業者の投資意欲を増進させ、電力などの供給を円滑にし、機械化を促すことを考えると、政府がなすべきことは相当に大きい。日本もまた自国企業の投資だけにこだわらない多面的支援を心がけるべきである。

(たかはし もとき/京都大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。