ASEANにおける産業人材育成ビジネスの実態と可能性
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.9
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はじめに
近年、日本企業のアジア進出が急増するなかで、進出日系企業からは実践的な技術や知識を身に付けた人材の必要性が高まっている。一方、ASEAN各国にとっても、更なる産業発展のためには、実践的でより高度な技術や知識を持った中堅人材を養成することが急務となっている。とりわけベトナム、ミャンマー、カンボジアなどのASEAN後発国では実践的職業訓練の重要性が益々認識されつつある。特に、メコン地域での職業訓練の重要性は、2010年10月のハノイにおける第2回日メコン首脳会議の共同声明にも盛り込まれている。
また、タイ、インドネシア、マレーシアなどASEAN先発国では既にいくつかの中堅産業人材育成のための専門学校、高等職業訓練校などが外国の支援だけでなく民間レベルでも設置されているが、さらなる教育内容の高度化が求められている。
そこで、日本がこれまで取り組んできた各種の人材育成方法をASEANで展開できないかという視点の下に、日本の産業人材育成機関(企業)の海外展開の可能性を探る。
アジアにおける産業人材育成の現状
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インドネシアを例として
インドネシアにおける職業訓練教育は公的機関や学校で主として行われ、民間による技術訓練教育は少ない。約150のポリテク(専門学校)があり、大半は政府系の公立学校である。特にここ1~2年で70校が新規で開校されていることからも、政府が実践的な人材教育の重要性を認識していることの表れと言ってよい。しかし一方で、新規に開校されるものは医療介護などのサービス系のポリテクがほとんどで、製造業の実践人材教育を目的とするところは少ない。なかには非常に評価を得ている民間の技術者養成の専門学校もあるが、インドネシアにおいては、(1)大学卒の学歴を重視する傾向が強く、卒業後の給与がポリテク卒に比べ倍の格差があることから学生を集め難いこと、(2)学校経営には機械設備、教材、教員などのコストが非常に大きい一方で、授業料を低めに設定しないと学生が集まらないため、相当余裕のある資金力が無いと経営できないこと、などが挙げられる。
こうしたなか、実践的な職業訓練に対する民間企業のニーズが高まっている。ある専門学校では、外資系(日系)を含む一般企業の従業員の受託研修を受け、この収益を学校経営の資金源としている。1985 年に日本政府の無償援助で設置、1987年から1997年まで10年間JICAの支援がなされた公共職業訓練機関(現在は労働省の管轄)である「The Center for Vocational and Extension ServiceTraining(CEVEST)」でも、この受託研修事業を次年度以降積極化するとしている。さらに、進出日系企業(特に中小企業)の立ち上げ時に従業員教育(日本のビジネスマナー、5Sなどの基礎的な社員教育)を行う人材派遣企業や、進出日系企業向けに、ある程度の技術訓練を実施したうえで派遣社員として人材を送り出す企業もあり、実践的人材育成のニーズは現状でも極めて高いと言える。 -
ベトナムを例として
ベトナムにおける職業訓練教育は工学系大学、短大、公立の職業訓練学校で主として行われており、民間の専門学校は少ない。近年の海外からのベトナムへの投資が増加するなか、進出企業からは優秀な人材確保が困難であることが指摘される。製造業の実践人材を教育する機関が不足していることが主な原因であるが、ベトナム政府は実践的な人材教育の重要性を認識しており、特に民間教育機関の活用を検討している。
このように実践的な職業訓練に対するニーズは高まる一方、ベトナムでは学費収入による学校運営は望めない状態であり、資金的に運営が厳しい状況のなか、進出日系企業に評価されている学校の例としてハノイ工業大学がある。日本の無償資金協力で、高度人材育成のための越日センターが2000年に設置、工場内の機材をプログラミング、メンテナンス、ラインでのトラブルシューティングが出来る人材を育成している。JICAは2000年よりハノイ工業大学内での高度人材育成支援を行っている。
一方、日本語教育の充実や、設備を近隣の大学施設を借りることによるコスト削減、卒業生の紹介手数料、企業からの受託研修などの収益を学校経営の資金源とし、卒業生の質の高さから進出日系企業に評価を得ている専門学校もあるが、その数は少ない。その理由は、(1)大卒の学歴を重視する傾向が強く、専門学校には学生が集まりにくいこと、(2)学校経営には、機械設備、教材、教員などのコストが大きい一方、授業料を低めに設定しないと学生が集まらないこと、(3)就職後、企業側の教育面、キャリア形成面、給料面での待遇が悪く、ベトナム人は専門学校に入ることにメリットを感じていないことがある。
こうしたなか、現地に進出している日系企業向けに従業員教育(日本のビジネスマナー、5Sなどの基礎的な社員教育)を行う日系の専門学校が出てきてお り、進出日系企業からの実践的人材育成への期待が大きい。
日本の産業人材育成機関のASEAN展開の可能性
大学など高等教育機関は政府の補助金を受ける一方で様々な監督措置を受けるが、民間専門学校は都道府県知事の認可で設置されることもあり、国レベルでの補助金は受けておらずその監督からはフリーであり、柔軟な学校経営が出来るため、時代時代のニーズにあった学科の新増設を行ってきた。また留学生の取り組みもいち早く行ってきた学校が多く、なかには100%が留学生という学校もある。留学生の出身国も従来は中国が圧倒的であったが、近年ではベトナム、インドネシアなどのASEANからの留学生も目だって増えてきた。
日本国内で、各分野の有力な専門学校のヒアリングを行ったところ、多くの専門学校は、アジアからの留学生の取り込みが今後の学校経営の要になると位置づけており、各校が独自に海外から学生獲得に乗り出している。先鋭的な事例では、アジアの教育機関との連携により、講座の開設や教員の派遣、カリキュラムの提供など、一歩踏み込んだ展開を始めた学校も存在する。日本国内での急速な少子高齢化に伴って、専門学校の海外進出のニーズは今後高まるものと思われる。さらに、こうした専門学校のASEANへの海外展開は、人材育成に課題を抱えるASEAN各国に即効的な効果を生むことが期待される。
ヒアリングした専門学校のなかには、これまで中国やベトナムから学校設置の強い要望を受けたところがいくつか見られた。しかしノウハウ保護や資金的な面等、各種事情により実現していないケースが多い。一方、専門学校による単独での学校開設は、資金力、人材の面でハードルが高く、現地の有力大学などへの講座の開設、教員の派遣、カリキュラムの提携などにとどまっているケースが多い。 専門学校が本格的にアジアに展開するためには、現地の有力パートナー(実践的教育に理解があり資金力に余裕がある)の発掘、進出に際しての制度上の問題をクリアすることの他、現地政府の理解も必要。日本の公的機関の支援措置も必要となるだろう。